『クルシェは殺すことにした』四十話までの感想

クルシェは殺すことにした

作者 小語

https://kakuyomu.jp/works/16816927861985775367


〈月猟会〉の縄張りに入るクルシェは五人の構成員らに広場に誘導され、ハチロウと対峙。一対一を望むハチロウは構成員を切り捨て、死闘がはじまる。手傷を追ったクルシェは蹴り飛ばされ、追撃を恐れて立ち上がるもハチロウは攻めてこない。

 殺しを楽しんでいると見抜いたクルシェは、少女連続殺人は冤罪ではないと言い切る。否定するハチロウ。だが刃に映る享楽に満ちた自身の顔を見て頭を抱え崩れそうになる。屑呼ばわりされたハチロウは「快楽で殺さないと決めた」と叫び、正気を取り戻す。

 間合いを詰められ、追い詰めらたクルシェは相手の懐へ向かうと見せかけ後方の樹木に飛び上がって枝を掴み、幹を蹴ってハチロウの頭上へ飛び上がる。刃がクルシェを襲い、脇腹を掠めて落下。振り下ろされるハチロウの一刀に、クルシェは拾った小枝を突き出す。切断された鋭利な先端でハチロウの胸を貫き、勝利する。

 

 ハチロウとの一騎打ちがはじまりました。

 展開が面白いですね。


「途中までは鉄道を利用し、〈月猟会〉の縄張りに入ってからは徒歩で移動しており」というところから、この世界に電車があるのがわかる。

 そもそも、これまで読んでいても月猟会の縄張りや支部がどこにあるのかが今ひとつわからなかった。

 仕事依頼を受けてクルシェ達三人で向かったとき、ひたすら歩いて向かっている感じはあったので、縄張りが遠くにあるんだろうなとはわかったけれども、白鴉屋の近所なのか違うのか、その辺りがはっきりしなかった。なので今回、ようやく離れたところにあるんだ、というのがなんとなくわかってよかったです。


 ついてきた五人の構成員を殺してしまいます。クルシェと二人で戦いたいから、と答える彼。団体行動が苦手なのがわかります。

 思い返せば、彼はいつも一人でいることを好んでいる節がありました。

 推定十五センチほどの短刀と、推定三十センチほどの〈死期視〉を使ってクルシェは戦います。彼女の動きが身軽で、瞬発力があります。若いうちはとにかく動くことが求められます。

 対してハチロウは推定五十センチ強の〈穢幾何〉を愛刀をもって受けるだけで、攻めていかない。おじさんですからね、クルシェほどの若さがないのがわかります。かといって、二人きりで殺し合いたかったというわりには動きが悪いです。

 巡回裁判所相手にしろ、先程の五人の構成員にしろ、彼は一刀のもとに相手を惨殺しています。それだけの剣技があるにも関わらず、クルシェ相手では一振りで斬っていない。

「お嬢ちゃんとは二人だけで戦ってみたかったのでね」

「俺は紛れもなく本気だ。止めを刺さないだけで」

 ハチロウのセリフからも、彼は殺しに来ていないのがわかります。

 狩りを楽しんでいるのです。

 そういえば、巡回裁判所相手に戦ったとき、四人斬ってあまりの手応えのなさに興が冷めてしまいました。巡回裁判所の始末という目的を前にしながら彼は、自身の腕試しを優先させていました。彼にとって大事なのは、組織ではなく自身の悦楽にあったわけです。


 クルシェはそれを見抜き、「あなたはハクランで連続少女殺人を犯した濡れ衣を着せられて」「逃亡してきた。でも」「冤罪ではないのね。あなたが殺したんだわ」ずばり言い当てる。

 言い当てられた人間は往々にして、大声あげて違うと反論してみせるもの。ハチロウも「……違う! 気の迷いだったんだ! 俺は快楽で小娘なんぞ斬りはしない‼」と否定しつつ、自分の顔を見ろといわれて刃に映る自身の顔を見るのです。

 時代劇っぽいような展開です。

 頭を抱え「気の迷いなんだ! 俺は殺したかったわけではない!」と言い放つのは、彼がまだ狂っていない証拠でしょう。

 これはつまり、可愛い子を見てむらむらっときた衝動が抑えられなくなって手を出したら騒がれてしまい思わず斬ってしまったことを端に発し、そのときの感覚が忘れられなくて繰り返してきたのでしょうか。常習犯ですね。

 クルシェは、ここぞとばかりに相手を追い込んでいきます。

「あなたは少女を殺して快感を覚える屑よ。昨夜、すぐに私を殺さなかったのも、今夜一人で出向いてきたのも、私をいたぶって快楽を得たいがため」「そうやって、これからも少女を殺していくんだわ」

 ハチロウが巡回裁判所を相手にしたとき、わざと相手の冷静さを欠くような挑発めいたことを言って斬っていたのを、ここではクルシェによってやり返されているわけです。

 対比になっていてわかりやすく、しかも、巡回裁判所で斃された男たちとハチロウは違うことも描いています。

 こんな事はやめなければと自省しつつも繰り返して来てきたのでしょう。剣士としての心がまだ残っていたから彼、ハチロウから攻めていきます。ここからが本番です。


「クルシェの脳裡で警鐘が鳴った。斬られる、という予感だった」

 とあることから、ハチロウが本気になったことがわかります。

 腐っても落ちぶれても、ハクランで優れた剣士の十人に数えられただけの実力者。並みの相手ではない。

 クルシェとしては相手を追い込んだつもりなのに、かえって冷静さを取り戻させてしまったと、「相手を錯乱させるはずが、余計なことをやっちまったかもしれない……!」口走ります。

 本来なら、こんな事を言っている余裕はないし、こんなことをいうキャラではなかったと思います。

 ソナマナンが深手を負い、ソウイチが人質になって追い込まれたことで、以前のクルシェとは変わったことがわかるところです。

 いままでの彼女は、どちらかといえば寡黙でした。

 自分の状況を実況中継して「余計なことをやっちまった」なんて、客観的に自己分析しつつ、自分にツッコミを入れるまでに成長している。余裕がなく精一杯なんだけれども、それでも冷静さを見失っていない。


 最後のとどめを刺す流れがいいですね。

 背後の木に向かって飛び上がり、枝を掴み、幹を蹴ってハチロウの頭上を飛び超える。このあと、クルシェとしてはハチロウの背後に回って斬ろうと考えたのかもしれない。

 空中に逃げると軌道を読まれて下から攻撃されやすくなる。だからハチロウも垂直に切り上げる。

 このときに彼女が掴んでいた小枝も斬っている。

 左脇腹を切られて体制を崩したクルシェは着地に失敗。

 横倒しに崩れ、切り落とされた小枝が隣に転がると、それを右手に持っては背後に隠し、ハチロウは右手の攻撃が来る前に一刀を振り下ろします。

 刀の長さから、クルシェの〈死期視〉よりハチロウの〈穢幾何〉のほうが長いので、先に斬撃できるとハチロウは踏んだのですが、リーチ差を補おうとクルシェは拾った小枝を突き出します。

 はたしてこの小枝がどれほど長いものだったのかはわかりませんが、五十センチ以上はあったかもしれない。

 小枝を叩き切ると先端が尖り、ハチロウが向かってくる力とクルシェの突き出す力により、ハチロウの胸板を貫いたわけです。

 クルシェは計算してやったわけではないでしょう。偶々近くに落ちた小枝を拾い、戦いに用いた。

 それができたのは、冷静さをもっていたからです。

 点滅を繰り返す古い木製の電柱から落ちる光の中、二人は戦っていました。なので、小枝がどこに落ちたのかを知るのは容易ではないはず。なのにちゃんと見つけて手に取り、しかもハチロウに気取られないよう隠し持っている。彼女が冷静だから勝機を掴めたのでしょう。

 くわえて、ハチロウの見事なまでの斬撃があったから、小枝を叩き落されず、先を切り落とされてもそのまま貫けたのでしょう。

 死に際にグダグダ言っていますが、なんだかんだいいつつクルシェはハチロウの願い通り長脇差を川へと放り捨てている。

 ソナマナンがいたら「クルシェちゃん、やさしー」と言ってくれそうです。

 傷を負いつつ、クルシェは支部へと向かうのでしょうか。


 気になったのは、戦っていたのが「建物に四方を囲まれた」「何十年も放っておかれた広場」だったはずなのに、「死闘の終わった公園」となっていたところです。

 広場だと思って入ってきたら公園だとわかったのか、あるいは単なる間違いかしらん。

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