第41話 マーチングバンド部の菜々について

 毛受めんじょ愛沙あいさは答える。

 「いいえ」

 あ?

 あれ?

 でも、あの秘密資料にはマーチングバンド部と書いてあった。

 自分でもそう言っていた。

 愛沙は顔を動かしながら熱弁する。

 「最初は、自分がバトン回してキラキラって、そんなのになれるのか、って思うと、なれるとはどうしても思えなくて、だから、入部の申しこみ、しなかったんです」

 たしかに、いいな、と思うのと、自分でそうなれる、と思うのとは、別だ。

 「そんなときに、菜々ななが……あ、わたしの小学校のときからの友だちですね。ケーキ屋さんの」

 うどん屋さんの子の友だちがケーキ屋さんの子かぁ。

 小麦粉の取り持つ仲……。

 ……とか、そんなの?

 「だまされて、マーチングバンド部に入っちゃって」

 だまされて、って何だろう?

 「あ、つまり、マーチングバンド部って人数が必要だから、いつも人数不足なんですよ。菜々ったら、お料理部があるものだと思ってて、でも、中学校にはなくて、どの部に入ろう、って迷ってたんですね。そこに、名まえ書くだけでいいから、って言われてマーチングバンド部に名まえ書いちゃって、クラリネット渡されて。で、入る気なかったら、楽器渡されたところで逃げるじゃないですか、ふつう。それが逃げなくて。それで、あとになって、マーチングバンド部に入ったことにされちゃったから、愛沙もいっしょに入ろう、とか、泣きながら言って来て」

 泣くような話かなぁ?

 訪問販売のクーリングオフといっしょで、あとで「やっぱりやめます」って言えばいいのでは?

 ところが、そのケーキ屋の菜々は友だちを巻きこんだ。

 つまり毛受愛沙を。

 「それで、つきあって入ったわけ?」

 「はい」

 なんだか、その……。

 つきあいがよすぎると思うんだけど。

 「で、その菜々って子、どうなったの?」

 その菜々という子が、根性が続かなくてさっさと辞めてしまい、毛受愛沙だけが取り残された、という展開が見える。

 見えるけれど、そんなことを考えているそぶりは見せないように、きいてみる。

 「それが、ひどいんですよぉ」

 愛沙は訴える。

 やっぱり……。

 「菜々、一年のときには超いじめられメンバーだったのが」

 「超」いじめられメンバー、って、何?

 やっぱり、そこって「非行少女収容所」みたいなところなの?

 「ところが、二年のときにはみんなの中心にいて、一年のときのいじめメンバーまで自分の味方にしちゃって、それで、三年生で副部長ですよ! それも、顧問の先生には部長になるように勧められてて、じゃまが入らなければ部長だったんです」

 ぜんぜんひどくないじゃん!

 「超」いじめられメンバーから部長候補へ。

 たしかに、中学生のころには、女の子はそういう「化け」かたをするのだろう。

 景子けいこはぜんぜんそうではなかったけど。

 高校の最後まで地味だった。

 専門学校で「第三位美人」に選ばれたのが景子に日が当たった最高……。

 ……あれ?

 あの専門学校のころが景子にとっていちばんさえない日々だったはずなのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る