第40話 毛受愛沙はバトンが好き

 店員さんに注文を伝えるのは毛受めんじょ愛沙あいさがやってくれた。だから、景子けいこのところに来るはずの「青いの」とは何か、まだよくわからない。

 店員さんが去ったところで、景子がきいた。

 「おうちかた、厳しいの?」

 「いいえ」

 毛受愛沙は軽く首を振った。

 「そういうとこだけ厳しいんです」

 つまり、ひとにおごってもらったりしたら、ということだろう。

 「あとは、夜なかに音楽かけて足踏みしてバトン回してたりしたら怒られますけど」

 うふふっと笑う。

 「うち、建物、古いんで、二階の端っこで足踏みしても響くんですよね」

 いや、そういう問題では……。

 そういえば、この子は、バトンを回して学校の廊下のガラスを割ったのだった。

 三度めで厳重注意だと書いてあった。

 そういう秘密情報を見たとも言えないので

「バトン、好きなんだ」

と言う。

 「あ。はい!」

 毛受愛沙は目を輝かせた。

 「いいと思いませんか? だって、どっちから光が当たってても、一回回るたびに二度は光を反射してきらって輝くんですよ」

 二度……なのだろうか?

 考えればわかるのかも知れないけど、よくわからない。

 それより、光が当たる方向に関係なく輝いてる毛受愛沙本人のほうがよっぽど「いい」と思う。

 「それが好きで、バトン?」

 「はい!」

 何の屈託くったくもなく、毛受愛沙は答える。

 あんまりしつこくきくと、何か否定しているようにとられるのかな、とは思ったが、もうひとつ、きいてみる。

 「自分が輝いて見えるから?」

 「いや、ほら」

 毛受愛沙のテンションは変わらない。

 いや、上がっている。

 「小学校のときにリレーの選手になれなかったんですね。足速いのには自信があったんですけど、リレーの選手四人で、わたしは六番めで、だから補欠の次で」

 「うん……」

 そういうこともあるだろうけど。

 それで陸上に挫折ざせつしてバトントワリングに行った、という話?

 「で、バトンをつなぐ、とかいうじゃないですか?」

 「うん」

 でも、それはバトントワリングのバトンとは違うのでは?

 「で、バトントワリングでバトンを回すとか言うから、あのプラスチックのちゃちいのを回すのかと思ってたら」

 それ、陸上やってる子がきいたら怒るんじゃないかな?

 「あの、きらきらの大きいのを回すって、中学校に来たときに知って。あれ、大きいんですよ。これぐらいあります」

 毛受愛沙は体の前に斜めに手を広げてその「大きさ」を伝えようとするのだが。

 愛沙の体が小さいので、その体に較べれば何でも大きく見えてしまう。

 「それで、ああ、いいな、と思って。陸上では六番だったけど、このバトンなら、って思って」

 大きいのを回したり、振り回したりするのが「いいな」と思った、と。

 「それで中学校のマーチングバンド部に入ったわけ?」

 これも秘密情報に書いてあったことだけど、自分でも言っていたからいいだろう。

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