第154話:正体不明。

 視線を上に上げ障壁を張るために、詠唱を唱えようと口を開こうとした瞬間、目に映ったもの。


 ――何、これ。


 一言で表すならば三十センチくらいの光る玉が、馬車の天井近くに浮いている。こちらへと来る様子はなく、とりあえず障壁を張った。


 「障壁を展開させたので、大丈夫だと思いますが……」


 大丈夫、なのだろうか。心霊現象じゃあないよね、コレ。ほら、死んだ人の魂がウロウロしているとか……。科学的に説明のつかないオカルト系は苦手である。魔術とかあるし、ファンタジーみたいな世界だから竜はまだわかるけど、UFOとか幽霊系はご遠慮頂きたい。

 

 「これは……一体……」


 「とりあえず馬車を止めて、様子をみませんか」


 「だね。もう亜人の国へ入っているから、何が起こってもおかしくはないし、私たちの価値観で判断する訳にはいかないから」


 驚いた様子で声を上げるソフィーアさまと、動く様子のない光の玉を凝視しつつとりあえず避難をと宰相補佐さまに、その言葉に同意する第一王子殿下。

 御者の人に声を掛けて馬車を止めると、外の護衛の人たちが動揺をみせている。陽を見て思わず目を細めると、話し込んでいた間で随分と移動していたようだ。景色が一変してる。 外では何も起こっていないようで、一体何事かと護衛の人たちが騒ぎ始めた。


 「どういたしました、殿下っ!?」


 「いや……馬車の中に突然光るものが表れてね。聖女さまが障壁を張ってくれたが……手を出す訳にはいかないし少し様子見だ」


 「はっ!」


 止めた馬車から全員が離れる。暫くすると馬車の中から光の玉が壁を抜けて現れた。その様子に驚きの声を上げる護衛の人たち。

 殿下たちを守る、近衛騎士の人たちの緊張感が一気に高まる。そうして馬車から抜け出て、暫く滞空していた光の玉が動き始めた。


 スピードはそんなに速くはない、ゆっくりと私たちの方へとやってくるので、もう一回全員を守るように障壁を展開させた。

 一本道で、左右は壁というか崖である。道幅が狭いという訳ではないが、逃げ場の選択肢がとても少なく動くのもままならない。

 

 「――……嘘」


 障壁を抜けられた。脅威はなさそうだけれど、何が起こるか分からない。これ、副団長さまが居れば解説してくれたのだろうか。肝心な時に居ないと愚痴りたくなるけれど、あの人も国からの命令に従ったのだろう。副団長さまなら、二つ返事で使節団に組み込まれていただろうし。


 「っ! 逃げてくださいっ! 何が起こるか分かりませんっ!!」


 舌打ちしそうになるのを堪えて、逃げて欲しいと告げる。


 「殿下、こちらへ!」


 騎士の人たちに囲まれながら、光の玉から距離を取る殿下。


 「…………あれ?」


 なんで私の方に、来るの……。ゆっくりとこちらへと寄って来ている為か、ジークとリンが私の前に出る。


 「脅威は全く感じないが……」


 「うん。……え」 


 ふよふよと空に浮きゆっくりと距離を詰めてくるだけ。ジークとリンが警戒を緩めて、何となく一歩前に出た。手を出して良いものか悪いのかが分からなくて、判断に困ってる。周りの人たちも同じ様子で、状況を見守るしかないようだ。


 「ん?」


 「は」


 「え」


 光る玉の中身が見えた。人……羽の生えた小さい人が居る。各々声を上げ、驚きを隠せない。何だろう、妖精っぽいのだけれど。

 マジと思うけれど竜も居る世界だった。しかも亜人も居るし、エルフの双子も見ちゃっているしなあ。見た目で騙される可能性もあるけれど、敵意は全く感じられない。この緊張状態をずっと続ける訳にもいかないなと、右手を伸ばす。


 「――……えーと。初めまして、でいいのかな。言葉、分かるといいけれど」


 右手の先までやって来た光の玉もとい妖精さん。私の右手中指にそっと小さな手を乗せたので、挨拶をしてみた。


 『匂うっ! 匂うっ!』


 臭うって失礼なと鈴が鳴るような声をだしている妖精さんをよく見ると、腰から下げている巾着袋に視線がいっている。

 私じゃなくてこっちかと安堵しながら、袋を手に取って中身を晒すと、竜の卵の周りをくるくると何週か回る。


 『――だ! ――だっ!!』


 恐らく名前を呼んでいるのだろう。不思議なことに名前の部分にノイズが掛かったり、ワザと音が消された動画の修正のような感じで聞き取れない。魔術的なもので隠されているのだろうか。名前を知られると困るとか、そんな感じで。


 「っ――消えた……」


 騒ぐだけ騒いで姿を消した妖精さん。一体何がしたかったのだろうと、ジークとリンの顔を見る。外の護衛の人たちが、何も気づいていなかった理由の一端を見た気がする。多分、転移で急に馬車の中へ現れたのだろう。


 「二人とも見えた? ……物語に出てくる妖精みたいだけど」


 学院の図書棟に蔵書してある創作系の話に登場し、挿絵も入っていたことを思い出す。面白かったから読んでみなよ、と二人に進めて読んでいたので知っているはず。


 「ああ。何か喋ってるようにも思えたが……」


 「見えたけれど、言葉までは聞き取れなかったね、兄さん」


 困惑した顔で状況を確認する。どうやら二人には妖精さんの姿は見えても、言葉まで聞こえなかったようだ。


 「私は『におう』って単語は確実に聞こえた」


 「他にも聞こえたのか?」


 「うん。卵の名前を叫んでいたぽいんだけど、肝心な名前の部分は聞こえなかった。――多分魔術的なもので聞こえなくしてるのかも」


 「ナイ、平気か?」


 落ち着いたのを見計らって、近くに居たソフィーアさまがこちらへとやって来る。


 「はい、なにもありません」


 「そうか。――……妖精だろうか」


 「おそらくは」


 「こういう時に先生が居れば良かったんだがな……」


 困ったような顔で私を見るソフィーアさま。彼女も国からの命令とはいえ、まだ年若いのに使節団のメンバーに選ばれたのは幸か不幸か。


 「ええ、本当に」


 副団長さまは人選から外れてしまったのだから、嘆いても仕方ない。とりあえずは時間もあるのだから先へ進むべきなのだろう。ソフィーアさまが殿下方に声を掛けて出発を促すと、殿下も先へと進むつもりだったらしい。

 

 「え……?」


 また眼前に妖精さんが、ふっと現れる。


 『一緒、行く』


 そう言って私の服の裾を掴む妖精さんが一匹。多分、さっき現れた個体だろう。顔かたちが同じだった。


 「なっ!!」


 数が増えて再び私たちの前へと表れた妖精さん。ざっと三十匹くらいいるのではないだろうか。いや、三十人……の方が適切なのだろうか。

 

 「……どうしましょうか。一緒に行こうと言われているのですが……」


 ジークとリンは言葉は聞こえないと言っていたので、おそらく彼女も聞こえていない可能性の方が高いので通訳しておく。これ私だけ先行した方が良いのかな。でも殿下たちを放って行くのも駄目だろうし……ソフィーアさまに聞いてお伺いを立てるのが一番だろう。


 「少し待てるか?」


 「恐らくは。服を掴まれていますが、怒る気配や敵意は感じられません。ただ急かされている感じがひしひしと……」


 不思議な感覚だった。言葉を聞いたわけではないのに、相手の感情がなんとなく分かるというか。それに他の妖精さんたちは気ままというか自由というか、私の頭の上に乗ったり肩に乗ったり。

 ジークとリンの周りにもそれなりの数が飛んでいたし、暫くすると私と同じように肩の上に乗ったり、興味があるのか佩いている剣の柄に座ってた。

 

 「話してくる」


 「はい、お願いします」


 そうして私たち三人から離れ、ソフィーアさまが殿下の下へ行くと、協議しているのだろうか。直ぐには戻ってこなかった。


 「うーん。ちょっと待って欲しいかなあ……」


 私の髪や巾着袋の紐に服の裾。急かされてるよなあと目を細めるけれど、一人で勝手に進めないのです。


 待って欲しいと伝えると、仕方ない待ってやろうという感情が流れてきた。う、上から目線……とは思うものの普段は人間が入ることのない場所である。言っちゃ駄目、我慢我慢と自分に言い聞かせていると、ようやくソフィーアさまがこちらへ戻ってきた。


 「どうやら、あちらの集落まであと少しらしい。済まないが歩いて貰えるか?」


 「それは勿論です。私が馬車に乗り込めばこの方たちもついて来るでしょうし」


 殿下の安全を考えると、私たちは歩いて移動一択である。


 「そうして貰えると助かる。――ナイ、殿下たちは妖精ではなく光の玉としか見えていないらしい」


 ソフィーアさまは殿下方の方へ向いて頷くと、合図だったのだろう。殿下と宰相補佐さまは馬車へ乗り込もうとしていた。


 「え……」


 何が違うのだろうか。取りあえず歩きはじめると、ソフィーアさまも歩くようだ。護衛の人たちも殿下方を守る人と、私たちの周りを固めてる人で分かれていた。

 ちなみに最後尾には檻の馬車が見え、銀髪くんたちを乗せている。その前には彼の所属国の使者とギルド長の姿も見える。


 「どうして……ん?」


 「気が付いたか?」


 「…………まさか」


 そう、まさか。でも可能性としては捨てきれないよなあと、私の周りを気ままに飛んでいる妖精さんたちを見るのだった。

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