第96話:地下室。
翌日。急いでいたのか学院から宿舎へ戻ると、すでにクルーガー伯爵家から迎えの馬車が待っていた。
御者の人が言うにはジークとリンだけではなく、私も同行して欲しいと言伝を伯爵さまから頂いているそうで、二人にどうすべきか聞くと一緒に来てくれとのことだった。
「私、要るかな?」
学院の制服を着たまま伯爵家の馬車へと乗り込むと、馬が歩き始めたのかかくんと体が揺れた。
「後で俺たちから話を聞くより、現場にいた方が状況は正確に把握しやすい」
確かにそうだけれど。妙なことになりそうなら公爵さまや教会を頼ることになるので、正確な情報は大事になる。
先に知るのも後で知るのも一緒だし、ジークの言うとおり場にいた方が正確に状況は把握できる。報告の際に間違ったことを伝える心配は減るから、まあいいかと納得。
クルーガー伯爵家の馬車に揺られ王都の整備された道を行き、貴族街へと入る。最初は騎士爵や男爵家、子爵家の家々が並び建つ景色から、さらに上の階級の人たちが住む区域へと入った。
子爵家と伯爵家では家の規模が随分と違うなと、くだらないことを感じながらクルーガー伯爵邸へと辿り着く。
「よくきたね。――聖女さま。ご足労申し訳ありません」
馬車を降りると、玄関先で執事さんと一緒に待っていた伯爵さまがこちらへとやって来る。以前に会った時と変わらないが、奥方さまとの仲は大丈夫なのだろうか。家の中のことは私が心配すべきではないなと頭を振って、彼に確認したいことを口にする。
「いえ。しかしジークフリードとジークリンデ、そしてクルーガー伯爵家の問題に私が首を突っ込んでも良いのでしょうか?」
「構いませんよ。それにハイゼンベルク公爵家や教会に報告が行くのでしょう。ならば人伝の言葉より自身の眼で確かめてもらい、報告をなさっていただく方が良いと考えまして」
あ、なんだろう。ジークとリンが男爵家へ籍入りしたことを根に持っているのだろうか。……先に二人に目を付けていたのは伯爵さまだ。
公爵さまに横から掻っ攫われる形になってしまったから、なにか牽制の意味でもあるのだろうか。でも、相手はあの伯爵さまだ。彼の言葉通りの意味しかなくて、深い理由はない可能性だって十分ありうる。
「少々、聖女さまには似つかわしくない場所になりますが、ご容赦ください」
「ある程度の耐性はありますので、お気になさらず」
劣悪な環境には慣れて――戻りたくはないが――いるし、凄惨な場面にも――魔物討伐同行時に内臓が出てる怪我人とかザラに居る――ある程度耐えることが出来るだろう。
「ジークフリード、ジークリンデ。君たちもいいかい?」
「はい」
「はい」
伯爵さまの言葉のあと寸分の狂いもなく二人が同時に返事をし、玄関ホールを抜け裏庭へと出る。そうしてたどり着いた先は別館だった。
扉を執事さんが開け中へと入る。伯爵邸より小さい規模だけれど、置かれている調度品や建屋に使われている建材は質の良い物だと、素人が見てもわかる。しかし、ここに連れてこられたならば伯爵さまの『似つかわしくない』という言葉はどこで意味を発するのだろう。
「ごきげんよう、聖女さま」
「ごきげんよう」
何故か別館の中に居た伯爵さまの奥方さまに挨拶をされるので、こちらも返すとにっこりと微笑む。
「ジークフリード、ジークリンデ。――この度はわたくしたちの不手際、申し訳ありませんでした」
「夫人、どうかお気になさらず」
奥方さまが丁寧な言葉で二人に謝罪を伝える。流石に頭を下げたりはしないけれど、立場が下になる人間にこうして謝るのは本当に珍しいこと。
一体、何があったのだろうと疑問を感じながら、執事さんを先頭に伯爵さま奥方さま、私、ジークとリンという順番で長い廊下を進み始めた。
そうしてまたホールを抜け、別館の端へと辿り着くと重々しい扉が目の前にあり、伯爵家が雇っている護衛も数名控えていた。
執事さんが鍵束を腰から取り出し、南京錠の鍵穴へと鍵をさし込んで回すとかちゃりと大きい音が鳴る。しばらく執事さんが扉の前でごそごそ作業をしていると、ようやく重い扉が開きこの場にいる全員の顔を執事さんが伺う。
「足元には十分お気を付けください。――旦那さま」
「ああ、行こう」
執事さんを先頭に地下へと下りていく。そう深いものではなく、直ぐに下へと辿り着いた。地下室だからか、それとももう少しで陽の沈む時間だからか、暗く湿気が多いというのがこの場へ来て最初に抱いた感想だ。
執事さんが持つ明かりだけだと、彼と伯爵さまと夫人が居る周りを照らすのが限界。ようやく目が慣れてくると、石畳の床に鉄格子が見え、その奥には鎖に繋がれた一人の中年男性の姿が。
その更に後ろの壁には拷問器具が奇麗に並べられている。
割と種類がある気がするのだけれど、伯爵さまの趣味なのだろうか。いや、まさかねと頭を振って、繋がれている男に目を向ける。
「う……誰、だ……」
少し弱っているのか目が虚ろで、あまり状況を理解できていない。頬がコケているし、所々に傷がある。おそらくは口を割らなかったので、尋問の果てに拷問へと移行したのだろう。ある程度の耐性があるとはいえ、良いものではないと目を細めて、男の顔をよく見る。
――あの時の……。
じっと見つめ、記憶の端に微かに残っていた記憶を、無理矢理に取り出す。そうだ……この男は。頭を殴られたような衝撃の光景に眩暈を覚え、数歩後ずさる私だった。
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