第74話:予防線。

 伯爵さまからジークとリンに手紙が届いた数日後。


 ――クルーガー伯爵がジークとリンに会いたがっている、らしい。


 意訳だけれど公爵さまといつもやり取りしている手紙にそう書きこむと、直ぐに返事が返ってきた。手紙のやり取りの回数を増やして、妙な事態にならないよう連絡を密にするようだ。

 ジークとリンの意思が大事だから無理矢理に伯爵が行動を起こしそうならば連絡を寄越せと、有難い言葉を頂けた。あとジークとリンが伯爵さまの家に入るなら、貴族間のバランスが崩れる可能性もあるから慎重に行動しろとも。

 

 伯爵さまの奥さま、ようするに伯爵夫人からすれば自身が産んだ子供を嫡子に据えているのに、今更ぱっと出の愛人が産んだ子がその座にすげ変われば、そりゃ伯爵夫人としてのプライドが許さないだろう。


 「ジーク、リン。公爵さまからの返事が来たよ」


 夜、教会宿舎の私の部屋で勉強をしようと集まっていたので、ひと段落がつき話題として丁度良いと切り出したのだった。


 「そうか、公爵さまはなんと?」


 「会うだけなら大丈夫だって。でも伯爵さまが妙な話とか行動に出たりすれば、一旦保留にして持ち帰って相談しろだって」


 「だが、伯爵が無理矢理に話を詰めてくる場合もあるだろう。――その時は……」


 平民がお貴族さまに逆らえる訳がないので、強硬手段に出る可能性はあるけれど、今回は大丈夫じゃないのかなあ。流石に嫌がっている相手、しかも『会いたい』と言っている相手だし無理強いすると心象が悪くなる。関係を良好にしたいのならば下手な行動には出ないはずだし、伯爵夫人という抑止力もある。


 「公爵家の名前を出せって」


 「……――そうか。なら、ある程度はどうにかなるな」


 うん、公爵家の名前を出せるのならばそうそう無茶なんてすまい。安堵したように息を吐きながらジークは目を伏せる。まつ毛長いなあと横目で見ながら、ジークとリンもまだ十五歳で多感な時期。

 今更、親だと名乗り出られたところで困るだけである。既に教会騎士として自立しているから困っていないし。学院に通っているのは、公爵さまの好意を断れなかったことと、せっかく通うならちゃんと目的を持って通うと決め、知識や技術を手に入れて将来の為に役立てようと三人で相談した結果だ。


 ただ血縁者……本当の家族が出来るのならば、それも良いことではないかとも思える。


 前世でも孤児で施設育ちで今世も孤児で親の顔なんて知らないし、親からの愛情なんて一ミリも分かりはしないけれど。


 街で見かける親子が仲良さそうに手を繋いで歩いていたり、一緒にご飯を食べていたりするところを見ると、正直いいなあと感じることがある。

 だから二人が幸せなら、伯爵さまが家族として二人を大事にしてくれるのなら、良いことなのだろう。


 「ナイ?」


 「ん、リン。どうしたの?」


 椅子に座っているのだけれど立っている時と同様に、リンの顔を見上げる形になる。


 「どうしたのって、ナイの方がどうしたの?」


 「……」


 「変な顔してたよ」


 首を傾げると補足するリンに苦笑する。どうやら考え込んでいたらしい。


 「二人が幸せなら伯爵さまの所に行くのもアリなのかなーって考えてた」


 「え?」


 「おい……」


 「家名を名乗れるならやっかみとかは収まるし、今よりも良い生活ができるでしょう」


 ぶっちゃけ教会の宿舎は寒い時期になると隙間風とか入ってくるし、伯爵邸ならキチンとした屋敷だからここよりも環境は数段上になる。

 自立しているから侍従や侍女なんて必要はないけれど、手伝ってくれるならそれはそれで楽である。自分が出来ることを人にやってもらうのは気持ちいいって言われてるのだから。


 「お前をっ! みんなを置いて俺たちだけが行ける訳がないだろうっ!」


 「そうだよ。ナイやあの二人を放って兄さんとだけ行っても意味ないよっ!」


 二人が本気でキレてる。リンがこうして感情を荒げるのは珍しい。それほど彼女の逆鱗に触れるものだったのか。


 「でも、貴族として恩恵を受けられるのは良いことじゃない?」


 まあそれなりに振舞わなきゃいけないけれど、二人なら問題はないだろう。教会騎士として教育を受けているので、それなりにはやっていける。パーティや夜会に出るなら、社交を学ばなければならないけれど。


 「そんなのいらないよっ! だってそんなものがなくても生きてきたっ! みんなと一緒に、どうにかして乗り越えてきたんだっ! それを、それを……!」


 「ちょ、リンっ!」


 思いっきり立ち上がってリンは部屋から出ていき、どうやら自分の部屋に戻ったようだ。少し遅れて扉の締まる音が、こちらまで聞こえてきたから。


 「……お前は……もう少しリンの気持ちも考えてやれ。俺やお前みたいに物事を広く見るには、アイツはまだ少し時間が掛かる」


 ジークも随分と頭にきていたようだけれど、リンが先に怒ったせいでクールダウンしたようだ。


 「いや、ごめん。――あそこまで怒るなんて考えてなかった」


 「暫くは機嫌が悪いぞ、リンは」


 はあとため息を吐いてリンが倒した椅子を元に戻すジークに、後ろ手で頭を掻きながら苦笑いをする。本当にリンがあそこまで怒るのは珍しかった。


 「ちょっとリンの部屋に行ってくる」


 「ああ、頼む」


 そう言ってジークと一緒に部屋を出て、私はリンの部屋の前に立つのだった。

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