第72話:手紙の内容。
授業の終わりを告げる鐘が鳴る。とりあえず預かっている手紙を二人に渡しに行くかと、席を立って廊下に出て歩き始める。ぴかぴかに磨かれている床にローファーの靴底が当たって軽快な音を立てながら、特進科の校舎を進んで中庭へと出た。
一定間隔に置かれているベンチは良い素材のものを使っているし、装飾も凝っていた。花壇も職人さんが手入れをしているのだろう。かなり整っており、見栄えも十分ある。
ゆっくりとこうして歩くのは久方ぶりだった。夏の風を乗せ始めた空気を肺一杯に取り込んで、騎士科と魔術科の人たちが居る校舎へと辿り着く。
目的の人物を見つけるべくきょろきょろと、騎士科の廊下を進む。騎士科は二クラスあるのだけれど、二人はどちらのクラスへと編入されたのだろう。
二人ならば大丈夫だろうと気にしていなかったので、聞いていなかったことを今更後悔する。ネクタイの色が違う生徒がちらほらと歩いているので、どうやら廊下には二年生や三年生も混じっているようだ。
一年生の教室であろう一クラスをのぞき込むと、運よく二人をすぐに見つけることができた。実技の為に訓練場へと赴いていることもあるから、二人を直ぐに見つけられたので運がよかった。
「ジーク、リン」
教室の中へ入るべきかどうか迷い、出入り口の扉の所で迷惑にならない程度に声を上げた。お貴族さまの多い特進科よりも賑やかだし、私がこの場で声を上げたことに対して気にする人がいなかった。
「珍しいな、騎士科まで足を運んでくるのは」
「うん。なにかあったの、ナイ」
座っていた席から立ち上がってこちらへとやって来る二人。騎士科の教室は特進科の教室よりも質素というべきか。飾り気があまりなくて、こちらの方が学校らしい雰囲気だった。
「渡したいものがあって」
「?」
「?」
学院にいる間は昼休みくらいしか合流することはないし、渡したいものがあるのなら教会の宿舎でやり取りするのが常である。
不思議そうに顔を傾げる二人なのだけれど、傾げた角度と方向が全く同じ。流石は双子と笑いながら、赤髪くん――もといマルクスさまから受け取った手紙を二人の前に差し出した。
「これ、二人にクルーガー伯爵さまからだって」
「――何故……俺たちに」
「……うん」
差し出した手紙を受け取ってくれないまま、固まっている二人。クルーガー伯爵と繋がりがないから、困惑するのは当然で。でも切っ掛けのようなものはあったのだ。殿下たちに詰め寄られた一度目の時だ。
お貴族さまは平民なんて路傍の石くらいに考えているので気にも留めないものだというのに、マルクスさまが二人のことを気にしていた様子を見せていた。
だから何かはあるのだろうけれど。
「取り合えず中身を確認しよう。――考えるのはそれからでもいいんじゃないかな?」
そういって二人に手紙をもう一度差し出すと、ジークがようやく受け取ってくれたのだった。
「そう、だな。――宿舎に戻ってから確認してみる。内容次第で教会や公爵さまを頼るかもしれん」
珍しく歯切れの悪いジークの姿に嫌な予感を感じつつ、笑顔を浮かべる。まだ伯爵さまの手紙の内容は分からないのだし、事態を重く受け取るにはまだ早いのだから。
「うん」
「ナイ、悪いがこの手紙はお前が持っていてくれ」
「構わないけれど、どうして?」
「お前が持っていた方が安全だ。――面白半分で中を見る奴が居るかもしれんしな」
「どっちが持っててもあまり変わらないと思うけれど……わかった。預かっておくね」
次の授業もあるのでここで時間を使う訳にはいかないと、ジークから伯爵さまの手紙を受け取って来た道を戻る。
ジークの心配性に苦笑いを浮かべながら、特進科の教室を目指す。治安という意味では騎士科よりも特進科の方が良いけれど、流石に警戒しすぎじゃないかなあジークは。
でもまあ、面白半分で手紙を開封して怒られるのは、開けた本人と管理を怠ったジークとなってしまうから、私が持っていた方が良いのかと一人納得する。
――そうして、放課後。
授業が終わり、三人で馬車に乗り込み教会の宿舎へと戻り、兎にも角にも伯爵さまの手紙の確認が最優先だと、教会の人からペーパーナイフを借りて部屋へと戻る。
ジークとリン宛の手紙だから、部外者である私が見てはいけないだろうと、部屋を出ようとしたその時だった。
「ナイ、お前も居てくれ」
「いや、ジークとリン宛の手紙なんだから、私が見ちゃ駄目だって」
「大丈夫だよ、気にしないから」
いや、リン。そこは気にしよう。個人に宛てた手紙なのだし、ジークとリンしか知っちゃ駄目なことを私が知ったとあれば伯爵さまから怒られてしまう。
「お前が見て問題があったとすれば、黙っておけばいい」
「うん、そうだね兄さん」
うぐ。一応手紙の内容は気になっているし、手に負えないことならば公爵さまに助力を願うつもりだ。二人が私に悪影響があると判断すれば黙ってしまうだろうし、内容は一緒に確認した方が得策か。
「わかった、見る。ただ面倒なことになるようならジークが言うように公爵さまや教会を頼ろう。お貴族さまのことはお貴族さまが一番理解してるだろうし」
「ああ」
「うん」
そうしてジークがペーパーナイフを手に取って中身を取り出す。少し緊張した様子の二人を眺めながら、ジークが手紙へと目を通すと次にリンへと渡し。
彼女が読み終わったあとに私へと回ってきたので、手紙へと視線を落として綴られた文字を目で追う。
――ジークフリード、ジークリンデ。我が愛しい子よ……辛い思いをさせてすまなかった。
あまり上手とは言い難い文字で書き出しはそう書かれていた。そのあとはお察しである。
愛人の間に出来た子供を事情で手放さなければならなくなったこと。母親も見捨てなければならなくなったこと。後悔の念が綴られているが、捨てられたジークやリンはたまったものじゃないだろう。
どうやら息子であるマルクスさまから伯爵さまへと伝わったようだ、親父とそっくりな双子が学院にいると。そして会いたい、と書かれてあったのだ。
「これって……ジークとリンが伯爵さまの子供ってこと、だよね……」
「――みたい、だな」
「……」
なんとなくは察していたけれど、現実を突きつけられるとこの状況をどうしたものかと考えてしまうのだった。
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