第65話:婚約破棄宣言後。

 衆目の中で婚約破棄を宣言した第二王子殿下の顔は怒りに染まったままだ。周囲は止めようともしないし、ソフィーアさま本人も黙り込んだまま。


 「……っ!」


 「本日はめでたい日、国王陛下や来賓の方々もいらっしゃる場です。――日と場所を改めて筋を通すべきかと」


 こうした方が派手でインパクトはあるし幽閉されているヒロインちゃんの同情を誘えるのかもしれないが、王家と公爵家に迷惑が掛かるだけである。

 破棄をするにしろ、白紙に戻すにしろ、継続するにしろ、兎にも角にも祝いの席でのこの愚行は止めた方が良い。陛下や公爵家が殿下の話を聞いてくれなかったとすれば、こういう強硬手段もアリなのかもしれないが、多分殿下の独断専行だろう。

 

 「殿下、私も聖女さまと同じ意見です。――日を改め当事者を招集し協議いたしましょう」


 ソフィーアさまも私の横で片膝を付いて殿下へと頭を下げる。私が聖女であると言ってくれたのは、知らない人向けにだろう。

 学院の制服を着ているなら平民扱いとなるので、来賓の知らない人たちの為の説明台詞だ。機転が利くなぁと感心しつつ、感謝も同時に彼女へと抱く。


 そしてこの場で殿下に反論をした所で、どちらにも良いイメージが付かないし、日を改めた方が建設的だ。というか目上の人物を衆目の前で説教するなんて、相手がやっていることと同じ土俵に立ってしまうだけだし。


 「……それでは遅いっ! 今、この場で俺はっ! ――っ、何をする貴様らっ!!」


 ようやく彼の強行を止める為に近衛騎士や衛兵が取り囲むのだった。


 「殿下、失礼いたします! 陛下のご命令が下りました、この場から退場せよとのことです。さあ、こちらへ」


 ですよねえ、と連行される第二王子殿下を横目に立ち上がると、ソフィーアさまも同時に立ち上がった。


 「すまないな、巻き込んでしまって」


 「いえ、私がやりたいように行動しただけですから」


 勝手に行動しただけなので謝ってもらう必要もないけれど、私の後ろで並々ならぬオーラを出しているジークに『無茶をするな』と怒られるのは確実だろう。あと教会からもか。

 王家から不興を買って首ちょんぱされるのは私だけだから、まあいいかという覚悟は持っていたけれど、まだどうなるか分からないなあ。


 来賓席で腰を掛けていた陛下がゆっくりと雅な動作で立ち上がると、学院生が彼へと体を向ける。


 「――皆、我が愚息が騒ぎ立ててすまなかった。詫びと言ってはなんだが、少々の羽目は外しても構わない。今日は無礼講だ、楽しめ若人よ」


 陛下の言葉に拍手喝采が湧きおこるのかと思えば、深々と礼をするみんな。それに遅れること少し私もみんなに倣って礼を取り、顔を上げると静かに笑ってる。

 まあ、楽しい日にこんなことをやられても困るだけだよねえ、と周囲をきょろきょろと見渡していると、一人動きをみせた人がいた。


 「みな、若いな。――私も若い頃に戻るとするか……」


 そう言って陛下の横に座していた――おそらくアルバトロス国王陛下と同格の身分――がこちらへとやってくる。まだ横に居る彼女がぎょっとした顔をしたので、嫌な予感しかしない。

 モーゼの十戒のように学院生たちが道を譲ると、刺さる視線など一切気にもせずに足取り軽くこちらへとやって来た。

 年齢はアルバトロス王と同じくらいだろう。細身で温和そうな顔をして笑みを浮かべているので、人懐っこそうな雰囲気を醸し出している。美中年と表現しても差し支えない程度には、顔が整っていた。


 「初めまして、聖女さま。――私はヴァンディリア王国国王、ミハイル・ディ・ヴァンディリア。どうか見知りおきを」

 

 身長差がかなりあり、腰を直角に折っていて申し訳なさを感じつつ、また両膝を付いて深々と礼をとると、ジークやリンそしてソフィーアさまに、周囲にいる学院生も頭を下げる。

 というかなんで隣国の国王陛下を招待しているのだ。友好国と聞いてはいるけれど、来賓客の中に居るだなんて思ってもみなかった。

 

 「このような格好でヴァンディリア王の御前へ立つことをお許しください。――アルバトロス王国にて聖女を務めさせて頂いております、ナイと申します」


 職業を名乗ったのに正装ではないのは失礼にあたるしなあ。どうせなら王さまらしく偉そうに挨拶をしてくれれば良かったのだけれど、私のことを慮ってくれているのか下手に出てるものなあ。迂闊なことは言えないなあと、顔を下げたまま様子を伺う。


 「いいや、学院生として参加していたのならば、失礼なのはこちらだよ。今回は私の顔を覚えて欲しく、アルバトロス王の許可を得てこちらへと参った。あまり学生たちの邪魔する気はない故、本日はこれで」


 片手を挙げてまたしても軽い足取りで席へと戻るヴァンディリア国王。一体私になんの用事があったのだろうと首を傾げつつ、楽団の演奏が流されてきて建国を祝うパーティーが再開されたのだった。


 ところで第二王子殿下を気にする人が全くいないのだけれど、彼への信頼や忠義心は学院生たちから失われていた、ということで良いのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る