第55話:再びの牢屋にて。

 ――実験って言った。


 実験って言い切りやがりましたよ、目の前の副団長さまは……。でもまあ問答無用に処刑されるよりも、モルモットとして生きる道もありなのかな。衣食住は王国から保証されるわけだし。ただ、彼女の親類縁者はとばっちりだろう。

 彼の言葉を信じるなら血縁者が魔眼持ちなのか調べるみたいだし、仮に魔眼を所持している人が居れば、魔眼持ちを輩出する家系として保護か監視となるだろうに。ヒロインちゃんの軽率な行動が大事になっている。


 「扉を開けてくださいますか?」


 「はっ!」


 「――聖女さまはそこでじっとしていてくださいね」


 「わかりました」


 一緒にこの部屋へと入っていた騎士が四名が副団長さまより先に牢の中へと入り、そのうちの二人がヒロインちゃんの両腕を掴んで拘束する。


 「な、何? 怖い、やめてっ!」


 「じっとしていなさいっ!」


 「痛いっ!」


 「喋るなっ!!」


 拘束から逃れようとする彼女が暴れると締め上げている腕が余計に締まってた。痛みに負けたのか抵抗するのを止めたのか、どちらかは分からないけれど黙り込むヒロインちゃん。

  

 「さて、じっとしていてくださいね。痛くはしませんし、少し待てばその目隠しから解放されますよ」


 あくまで声色は優しく、でも彼の顔は微塵も笑ってない。ああ、本当に目の前のヒロインちゃんを実験扱いである。


 「ハインツさまぁ……」


 「大丈夫ですよ、怖がらないで。――その人の手を前に」


 「はっ!」


 「――"メディスンは森で撃たれ"」


 副団長さまの詠唱のあと声高い金属の音が短く鳴る。おそらく魔術具の効果を発動させる起動詠唱なのだろう。


 「メディスン?」


 聴き慣れない言葉につい復唱してしまった私の言葉が届いたのか、振り返ってにっこりと笑う副団長さま。


 「ああ、呪術師のことですよ。随分と古い言い方なので、聖女さまが知らなくても仕方ありません」


 「はあ」


 「反応が薄いですねえ。――あまり魔術には興味がありませんか?」


 「いや、それより彼女を放っておいてもいいんですか?」


 「おっと、そうでした。魔術具の効果は発動していますし、目隠しを外して頂いても大丈夫ですよ」


 質問に質問を返したことを気にもせずに、騎士へと目隠しを外すように促す。おもむろに手を伸ばす騎士の人は、少々怯えている様子だった。

 ヒロインちゃんの魔眼が誰に発動するか分からないから、自分の身に降りかかるのは怖い。呪いというよりも洗脳みたいな感じだしなあ、ヒロインちゃんのソレは。


 「ハインツさまぁ!」


 「……」


 「助けに来て下さったのですか?」


 「いいえ、貴女が持つ貴重な魔眼の様子を伺いに来ただけですよ。――ふむ、どうやら一定の効果はあるようですねえ。取り急ぎはこれで良いでしょう。キチンとしたものはまたあとで制作すればいいですし」


 騎士の人たちと一言二言交わしてから、副団長さまが一番先に牢から出てくる。どうやらヒロインちゃんはこのまま置き去り決定のようだ。

 まあ目隠しが外れたのでここで生活するには支障はあるまい。ベッドや机に椅子、そしてお手洗いなどの最低限の一式は揃っているし、食事も運ばれてくるだろうし。


 「先生」


 「お師匠さま」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが階段を降りて出入り口で副団長さまに声を掛けたようだ。


 「おや、こんな所に来ては駄目ですよ。お二人とも」


 副団長さまの言葉に同意する。どうしたってこんな所に貴族のご令嬢が来る場所ではない。

 

 「陛下や家の許可は取りました。そして先生が居るうちに行ってこい、とも」


 「ええ。お師匠さまが居れば心配は必要ないだろうと言われまして」


 どうやら王家や自身の家の人たちの許可は得ていたようだ。手回しが早いなあと感心しつつ、二人と視線が合ったので、黙礼をする。


 「はあ、仕方ありませんね。しかしどうしてこちらに?」


 「あの女には思う所がありますので、少々聞きたいことがあるのです」

 

 「ええ、わたくしもですわ」


 「分かりました。――尋問はかまいませんが暴力は駄目ですよ。貴重な魔眼持ちなのですから。あと時間は限られていますので手短に」


 「有難うございます」


 「感謝いたしますわ」


 貴族の礼をして鉄格子へと進む二人を見つめていると、私の横に副団長さまが並ぶ。


 「大丈夫でしょうか」


 「あの二人なら大丈夫ですよ。むしろ魔眼持ちのあの子の精神が彼女たちの圧に耐えられるかどうかが心配です」


 壊さないでくださいね、と副団長さまが二人にこの場所から声を掛けると、振り返りこくりと頷いたソフィーアさまとセレスティアさま。

 なんだかいつにも増して二人が纏っている空気に圧があるのだけれど、ヒロインちゃんは大丈夫なのだろうか。数日間の牢屋暮らしで少々参っているようだし、精神的にさらに落ち込めば自殺やら命の危険もあるかもしれないし。


 「どうして殿下方に近づいた、目的を言え」


 ソフィーアさまの言葉から始まった尋問に対する答えは、以前と似たり寄ったりであった。

 曰くシナリオの通りになるはずだから、ヒロインちゃんもシナリオ通りに動けば最初は同じように進んだ。

 けれど、ソフィーアさまやセレスティアさまからの嫌がらせやいじめは殆どなかったし、私やリンというイレギュラーも居たこと。どうして自分の思い通りにならないのか、どうして自分が一番ではないのか、と我が儘放題言い放つ。

 

 「どうしようもありませんわね」


 「これ以上は無駄か……」

 

 「ええ。――これならば周囲からの証言を得た方が良いですわね。どうやら錯乱しているようですし」


 二人はヒロインちゃんが言うゲームやシナリオという言葉の意味が伝わらなかったようだ。まあこの世界にゲーム機やパソコンは存在しないし、ましてや乙女ゲームなんてものも存在しない。

 あとで補足説明をしておけば、頭の回転の早い二人ならば乙女ゲームの話を持ち出さなくても理解するはずだろう。


 あまり手ごたえのなかった尋問に二人は顔を見合わせて溜息を吐いたのだった。


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