第22話:準備。
入学から一ヶ月が経った。
相変わらずヒロインちゃんは殿下たちと一緒にくっついているのだけれど、あれだけ憤っていた女子たちの殺気やヒロインちゃんを問い詰めたりする光景はなくなった。
おそらく問題視したソフィーアさまと辺境伯令嬢さま辺りが、貴族の女子のみんなを窘めたか、家から放っておけと告げられたのか。ただ剣呑な空気は漂ったままなので、腹の中ではいろいろと思うことがあるようだ。難しい年ごろだし仕方ないが、時間だけは無情にも過ぎる。
日々変化が訪れるように、学院にもちょっとした行事がある所為なのか学院生たちは浮足立っている。
――全学科合同訓練。
訓練というのは名目上で、魔物や魔獣が出る森に二泊三日の一年生全員でのキャンプである。時期的に親睦を深めましょう的なものなのだろう。
お貴族さまが多い学院だとというのに何故こんなことをするのだろうと頭に疑問符を浮かべていると、担任教諭からの説明があったのだ。
魔物や魔獣が出るといっても軍や騎士団からの護衛と騎士科の先輩方も駆り出されるので、有事の際は彼らが対処する。担任教諭曰く、何事も経験だから一度くらいは外で寝ることを体験しておけ、とのこと。
騎士科や魔術科は自身の実力を試す機会であるし、評価にもつながるので気合が入っているそう。普通科や特進科のお貴族さまたちは、何故私たちがそんなことを……という不満の方が多い。
それ以外の人たちは、楽しめればそれでいいかくらいに考えているらしい。それでもやはりこの一ヶ月間過ごした学院の空気が違うのだから、楽しみな部分もあるのかも。
説明によると二泊三日の訓練は目的の場所近くまでは馬車移動となり、そこから徒歩で目的地へと移動。各々で用意したテントや寝袋で寝床を確保し、食事は学院側が用意したものを調理しろとのこと。それで足りなければ現地調達だそうだ。そして寝床も最低限である。これもまた現地調達をして、自分たちなりに工夫するのならば問題ないと聞いた。
そんなこんなで合同訓練の為に必要な買い出しをしようと、学院が休みの日にいつものメンバーで街へと繰り出している。
外にお出かけするのも久方ぶりだよなあと、まるでおのぼりさんのようにきょろきょろと街を歩く人たちを眺める。石造りの商店の軒先には店員さんが呼び込みをしたり、接客をしていたりとさまざま。流石王都、活気があって品ぞろえも良い。いろいろと見てみたい気もするが、目的があるので今は我慢。
「おすすめの店ってどこなの?」
三人並んで――何故か私がいつも真ん中――人波を掻い潜りながら前へと進む。
「もう少し先だ。地味だが、良いものを造ってるぞ」
このご時世、売れれば良くて騙された方が悪いみたいな風潮もあったりするので、目利きが出来なければよく出し抜かれたりする。
だから信用できるお店というのは大事なのだけれど、ここ数年……というよりも孤児時代からお店になんて縁はなかった。孤児の時はお店の人たちから煙たがれる存在だったし、聖女の仕事を始めてからは教会の中で生活が完結してるから、あまり用事がなかった。
だから今日の私のテンションは高めだ。学院行事の為の買い出しではあるけれど、久方ぶりの自由時間でもあるし。
「ジークとリンが使ってるヤツはそのお店で?」
「うん」
「愛想はないが、使う人間に合わせて丁度いいものを見繕ってくれるぞ」
「鍛冶屋さんって行ったことないから、楽しみ」
「そうか」
「……ふふ」
二人を見上げて笑うと、笑い返してくれたジークとリン。他愛もないことを喋りながら歩いていれば、どうやら目的の店に辿り着いたようだ。大通りから一本入ったその場所に、静かに小さく木製の看板が垂れ下がっていた。
「らっしゃい」
木で造られた重い扉を開けると、気怠そうに来客を迎える男性の声が響く。
「なんだ、お前らか」
少し薄暗い店内には、びっしりと刀剣が並べられており大きさや種類も様々だった。
「……悪かったな、俺たちで」
ジークとリンの顔を見た途端に悪態をつく店の主人。全く商売っ気というものがないのだけれど、店内に人はいないので儲けようというきはあまりないのかも。よく見る王都の平民の人が着る簡素な服の上に厚手のエプロンを付けたまま、カウンターに座っている。
「で、今日は?」
「コイツが使う、小さめのナイフと鉈を。軽くて取り回しのいいやつがあれば出してくれ」
「何に使うんだ?」
ジークが口を開こうとしたけれど彼の袖口を引っ張って、質問の答えならば自分でやるべきだし、商品を買うのも私なので店主と喋るのを交代して貰う。
「学院で二泊三日で森へ行くことになったので、その為の必要な道具を揃えようと。二人は私の付き合いで、鍛冶屋ならここがおすすめだと教えてくれました」
「そうか。――少し待っていろ」
一度視線を私に寄こしてそう言ったジークの言葉を聞いて、ゆっくりと店主の人は立ち上がり店の奥へと消え、しばらくするといくつもの商品を抱えて戻ってきた。おもむろに紐を解いた帆布ナイフポケットには、もちろんナイフがいくつも収納されていた。どれがいいのかさっぱり分からないなあと、商品を見ながら目を細める。
「扱いに慣れてないってえなら、鍔付きのナイフがいいだろう」
そう呟きながらさらに何本か机の上に並べる店主の人。私が頭の上に疑問符を浮かべているのを察したのか、数を絞ってくれたようだ。
「見るだけじゃあ分からん。握って、持ち易いものを選べばいいだろう」
あとは慣れの問題なのかなあ。
「どう? 軽いのあった?」
「それだと折れたりしないの?」
「切るものによるが、森で使うものだし二、三日使うだけだろう。握りやすいヤツでいいさ、難しく考えなくていい」
「そう簡単に折れるもんなんてウチには置いてねえよ。というか手が小せえな、子供用があればいいが生憎と作ってねえんだ」
私がまるっきりの素人だと分かったのだろう。折れると失礼なことを言ってしまったというのに気にした様子もなく、顎に手を置いて『子供用』と口にした。また小さい言われたなあと微妙な心境になりながら、並べられているナイフを何度か持つ。
「……これかなあ」
「いいんじゃないか」
「うん」
今持っているナイフが一番手にしっくりとくる気がする。刀身もそんなに長くないし、包丁代わりも十分に果たせそう。森の中だし取れた果物やきのこがあれば切るくらいだろうから、折れる心配はいらないか。二人にダメ出しをされないし、大丈夫だろう。
「あとは鉈だな」
「鉈はあっちだ。薪を割りたいなら両刃、枝や紐を切りたいなら片刃の腰鉈がおすすめだ」
ナイフは森で取れた果物やらを切る為に。鉈は雑草やら生い茂っているかもしれないので、それを切る為に。
店主の人が言ったように鉈は草木やらをはらう為に必要だろうとジークが言っていたので腰鉈がいいのか。これも軽いものがいいのだろうなあと、見てみるけれど素人にはさっぱりである。
「どれがいいかなあ?」
「ナイならこのあたりじゃないか。あまり重くないし、長さも丁度いいだろう」
「うん、これくらいなら丁度いいんじゃないかな」
ジークが一本の鉈を手に取って何度か軽く振った後にリンに渡し、彼女も柄の握り心地や振った時の感触を確かめた。
「じゃあ、これで。――二人は?」
「俺たちは帯剣が許されてるし、予備もある。ナイフも何本か持っているし、大丈夫だ」
「そっか。――じゃあ精算お願いします」
そう言って店主の元へと行くと、不意にジークが横に立つ。
「待て、革鞘とベルトも付けた方がいいぞ。――どうする?」
別売りだったのか、知らなかった。危ない、剥き身のまま持ち歩くことになる所だった。
「それじゃあ、お願いします」
「あいよ」
とまあこんな感じで精算を済ませ、他の店でも耐水布などの必要な買い物がもう少し続き。一通り買い揃えてたので、どこかでお昼ご飯でも済ませようと、商店が並ぶ大通りへと戻った所だった。
――あ。
見なくてもいいものを、見てしまった。なぜこうも肉眼に捉えてしまうのだろうか。
「どうした?」
「ナイ?」
「…………いや、うん」
私の視線の先を二人が向けると、どうやら目敏く見つけてしまったようだ。
「見なければ良かった」
そう、第二王子殿下とヒロインちゃんが仲良さそうに手を繋いで歩いていたのだ。楽しそうにヒロインちゃんは笑いながら、それを微笑ましそうに見つめている殿下の姿が視界に入ってしまった。
「いや、あれは目に付くだろう」
「凄く、目立ってる」
二人が言うように視線の先の彼らは周囲からの視線を集めている。殿下は簡素な服装であるが、やはり布の質は一般の物とは違うし彼の纏うオーラと言うべきか何というべきか、独特の雰囲気があるのだ。それにヒロインちゃんも可愛いので、男性陣からの視線を特に受けている。受けている視線を何事もなく流して、二人していい雰囲気を垂れ流しているのは感服するけれど。
「部外者に出来ることはないから、行こう。――ご飯、美味しい所で食べたいね」
「だな」
「だね」
妙な光景を見たことを上書きするために、ちょっと値段の張った昼食になったのは笑い話なのかもしれない。
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