第42話 幕間〔2〕ー幸せへの想いー sideフェリシア
「ルーナリア、凄く凄く綺麗だったね……」
馬車の窓から外を見つめながら、向かいに座るオリエルにそっと溢した。
夜空には、美しく光り輝く大きな大きな満月が浮かんでいた。
「あぁ。あいつが輝けるのは、やっぱあの男の横なんだよな〜。悪いな、フェリシア。いっぱい協力してもらったのに、結局見事にフラれちまった」
にこやかに微笑むオリエルの顔を見て、私の胸がぎゅっと苦しくなった。
「……オリエル……」
「そんな顔すんなって! フェリシアらしくねーぞ。……大丈夫だ。実は、去年の陛下の祝賀会の時に、ルーナリアには俺の気持ち伝えてたんだ。だから、今日は俺のケジメの日ってわけ。もう、ルーナリアを追わない。俺の想いは、今日で本当に終わった」
オリエルはどこかスッキリとした顔で、窓の外にある満月を目に映していた。
「それに、ルーナリアに幸せになれって言われたからな……」
「…私も、ルーナリアに幸せになってって言われたからね。てか、私ルーナリアの部屋でお泊まり会した事あるから。そこでルーナリアに抱きしめてもらったんだ〜」
「マジか! お前らいつの間に!」
ニマニマした笑みを浮かべる私に、オリエルが驚愕で目を見開いている。
暫くの間、戯けながらお泊まり会の自慢をした後、ふと真剣な眼差しを向けた。
「オリエル、このまま北の砦へ行く?」
「おう。別に今更実家に寄っても何もないしな。……お前は、いいのか? 実家に戻らなくて」
「……それこそ、今更でしょ……戻っても、煩い弟と妹がいるだけだしね……私の部屋だってもう、無いかもだし……」
あまり大きいとは言えない懐かしい我が家を思い浮かべると、スッと遠くに視線をやった。
「風便は送ってんだろ? うちの母親も心配してたぞ。フェリシアが騎士隊に入ってから、ほとんど屋敷に戻ってこないって、お前の母上が嘆いてるって」
「う〜〜ん……だって忙しいのは事実だしね……」
オリエルからこんな攻撃が来るとは予想しておらず、僅かに頭を抱えた。
何だかんだと優しい
「ま、風便だけでも送ってやれよな。……てか、北部は東部よりはまだマシって話だろ? ったく、独身だからって結構エグい事するよな〜」
「しょうがないでしょ。妻帯者ぐらいは家に戻してあげないと……ただでさえ貴族の数少ないんだし」
「まぁ、そりゃ分かるけど……はぁ、騎士隊ってひと月交代制なのに、どうなってんだろうなマジで……」
大きなため息を吐きながらぼやくように溢したオリエルに向かって、同意を示すように小さく肩をすくめた。
昨年の冬頃から魔物の侵入が増加してきていたが、ここ最近は私たちのような独身者を中心に、ひと月の長期休暇がほとんどない状態へとなってしまっていた。
結界領域の守護はこの世界を守るための重要な任務であることは理解しているけど、正直疲れが溜まってしまうのも否めなかった。
この状態がずっと続いていけば、いずれ王国は破綻してしまうのでは無いかと言う考えが頭をよぎり、そんな思いを振り払うように首を振った。
「……ま、そこは私たちが考えても無駄だしね。それよりも、北部が
そう呟くと、今日ルーナリアの隣に並んでいた綺麗な顔をしたあの男の事を思い出す。
あの優しいルーナリアの事だ。彼がずっと東部の前線で魔物殲滅の任についていた事を、きっと毎日死ぬ程心配していただろう。
結婚式を控えていたのに、最後まで東部の砦にいたと聞いているあの男は、容赦ない割には真面目で優しいのだと今では分かっている。
「『氷壁の冷徹』様ね〜。そんな冷徹って思えないんだけど、何でそんな
オリエルは何度か首を傾げると、考え込むように宙を見つめた。
あの男の名前を口にしたその声色からは、何の含みも感じない様子が見てとれてほっと軽く息を吐いた。
「さあね〜。ま、とにかく、今から行く北部の砦に近衛隊がいてくれたら、また戦況は違うんだろうけど……あまり油断しない方がいいかもね」
「だな。──ま、お前は俺が守ってやるよ」
互いに僅かに緊張を帯びた目で見つめ合った後、ニヤリと笑みを浮かべたオリエルのその言葉に、胸の鼓動がドキンと跳ね上がってしまった。
「……っ、何言ってんのよ。治癒魔法も使えないオリエルを守るのは、私でしょ」
脈打つ鼓動と、赤くなりそうになる自分の顔を誤魔化すように、ニンマリとした笑みを浮かべた。
♢♢♢
私にはあまり意味はない剣を腰に帯びると、ふっと軽く息を吐いた。
「……よし……今日も、オリエルを守る……」
密かな決意を胸に秘めながら、すっかり寒さを増してきた外の景色を眺めた。
北部の砦は思った以上に人不足で、魔物の侵入は東部よりも断然少なかったのだが、そのせいか近衛隊は派遣されていなかった。
ただ、ここでもたまに『氷壁の冷徹』様が来ていたとの事で、その話を耳にした時はあの男の優秀さに目眩がした。
ルーナリアが自信を無くすのもよく分かる話で、あんな天才が毎日側にいたら誰だって意気消沈してしまうだろう。
「フェリシア。第六大隊は今日から砦の東側に向けて移動するらしい」
朝ご飯のパンを口に放り込んだオリエルが、真剣な眼差しを向けてきた。
「うげー。東側って多分、魔物の頻度多いでしょ? はぁ、こりゃ結構な任務ね」
「ちなみに、俺らの第五中隊が先発部隊になるみたいだ」
「げー! じゃあ、第一小隊のうちらって、斬り込み係〜?」
「ま、しゃーないな。俺たちこれでも激戦の東部から来た、かなりの経験者扱いになってるからな」
オリエルはパンを流し込むようにミルクを口に含むと、小さく肩をすくめた。
「ま、何はともあれ、気を引き締めていかないとね!」
僅かに憂鬱な気持ちになる自分を鼓舞するように、オリエルに笑いかけた。
♢♢
「魔物だっ! 10時の方向に魔物が出現しました!」
「2時の方向にも出現します! 恐らくこっちは大型だと思われます!」
「第三中隊はこのまま待機! 第五中隊は10時の方向にいる敵を殲滅! その他は2時の方向へ! 各自小隊ごとに散開して殲滅せよ!」
「「「はっ!!!」」」
索敵のために地面に
「行くぞ、フェリシア!」
「分かってる、防壁は任せて! オリエルは突っ込みすぎないのよ!」
オリエルと私のいる第五中隊は、10時の方向に向けて駆け出した。そのまま小隊ごとに散開すると、前方には魔物の群れが出現していた。
その姿を確認するや否や、オリエルは風魔法の駿足移動の速度を上げて1番に斬り込んで行った。
「オリエル! 突っ込みすぎ!」
1人で魔物の群れへと入って行った姿を目に映し、内心ひやりと心臓が鷲掴みにされた気持ちになった。
他の小隊の隊員も遅れながらオリエルに追いついて、各自殲滅を開始する。
基本的にサポート役にあたる私は、所々で防壁魔法を行使しながら、負傷した隊員の治癒を行なうためやや後方で待機していた。
「……っあ!」
斬り込んでいたオリエルが、危うい他の騎士隊のメンバーを庇ってそちらに向かっていった。
その合間に現れた魔物が、オリエルに向けて襲いかかったのだ。
震える両手を握りしめて、倒れ込むオリエルに向けて防壁魔法を展開した。
焦ってはだめだ、落ち着け、傷はすぐに治癒できる、と何度も自分に言い聞かせる。
気が付いた小隊の他のメンバーが、土魔法を行使して私の所へオリエルを運んでくれた。
横たわるオリエルの閉じた瞼を彩る金色のまつ毛が、痛みに耐えるようにふるふると震えていた。
「バカ……オリエルの、バカ……無理しすぎだよ……1人で突っ込むなって、言ったじゃん……このバカ……」
必死になってその身体に治癒魔法をかけていく。
痛みが引いたのか、オリエルの苦しそうな顔が緩んでくるのが見て取れた。
「……泣くなよ……てか、そんなバカバカ言うなよな……っあ〜痛かった〜」
気が付いたら涙を溢していたようで、横たわるオリエルの頬は私から落ちた雫で濡れていた。
「サンキュー、フェリシア。多分、もう大丈夫だ……っ! フェリシアっっ!!!」
ーーッザシュッッ!!!
焦るオリエルの顔を見たのを最後に、私の意識は途絶えた。
♢
「おい、フェリシア。まだ無理すんな」
「ん? 大丈夫よ。もう治癒してもらったんだから。へーきヘーき」
砦を歩いている私を見つけたオリエルが、駆け寄ってきた。
そもそも、防壁魔法を行使して治癒魔法を使うべきだったのに、そうすると治癒魔法の威力がどうしても下がってしまう私は、防壁魔法の展開を止めたのだ。
2重に魔法を行使する事はかなり難易度が高いので、どうしてもどちらかに比重が偏ってしまう。
3重に行使できる『氷壁の冷徹』様がどれ程の才能を有しているのか、押して知るべしだ。
「……フェリシア……」
オリエルが珍しく顔を
その瞳は揺れていて、こんな切なそうな顔をするのはルーナリアの事を想っていたあの時以来だった。
ルーナリアの結婚式以降、オリエルは月を眺めるのを止めた。
その顔を見た私は、あの頃を思い出して、あの子のためだと思って、胸を苦しくさせた。
「大丈夫だって! オリエルってば心配性だね。なになに? フェリシアさんが心配で堪らなかったの?」
自分の想いを誤魔化すように、わざと明るく
「……あぁ。俺は、フェリシアの事が心配で堪らなかった……俺が守ってやるって、言ったのに……」
項垂れるように顔を伏せるオリエルを見て、真面目に返してくるとは思わなかった私は戸惑いで固まってしまった。
狼狽えてしまって、手をあげたり下げたりしながら、みっともなくオロオロとしてしまう。
「オルエル……その、そんなに気にしなくても……」
「──俺、ルーナリアに『俺の幸せは案外身近にある』って言われてから、色々考えてたんだ」
オリエルは伏せていた顔をあげると、私の目をひたと見つめた。
「この間フェリシアが魔物に襲われた時、やっと自分の気持ちにハッキリと気が付いた。……俺は、フェリシアを失いたくないって……いつもいつも、俺を支えてくれていたのは、フェリシアだったんだって」
「オリエル……」
オリエルが何を言いたいのか分かり、身体の震えを誤魔化す事も出来ずに、ただひたすら彼の瞳を見続けた。
「散々ルーナリアの事を相談してた俺が言うのって、すんげー恥ずかしいしバカだと思うけど、俺、フェリシアの事が好きだ」
オリエルはにっこりと微笑んだ。僅かに頬が色付いたその笑顔は、今まで見たこともない程綺麗なのに、溢れ出る涙でそれをしっかりと見る事が出来なかった。
「オリエル……」
「ははは。マジで今更だよな……きっと、フェリシアも困るよな……悪いな、泣かせちゃって……」
悲痛そうな顔を浮かべるオリエルの身体に、勢いよく飛び込んでいった。
「……バカ…バカ、オリエル……全然私の気持ちなんて、分かってないんだから……困ってるわけないじゃん…嬉しいからに、決まってるじゃん…バカ……」
「……っフェリシアっ!」
抱きしめた瞬間、僅かに身体を硬直させたオリエルだったけど、その言葉を聞くなり私の身体を強く抱きしめてくれた。
「バカ……本当に、バカオリエル……」
「うん。俺本当にバカだわ……こんな俺だけど、よろしくな、フェリシア」
「何言ってんのよ〜。何年付き合ってんだと思うの? オリエルがバカな事なんて、とっくに了承済みよ……」
「ははは、そりゃそうだわ」
涙に濡れた頬のまま、抱きしめあっていた身体を離すと、そっと互いの唇を重ね合った。
「……これを聞いたら、ルーナリアはきっと大喜びするわね」
「ははは、だろうな。あいつビックリさせようぜ」
私とオリエルは、くすくすと笑い合った。
幸せな気持ちを胸に抱きながら、あの子が私たちの幸せを願ってくれていたから今があるのだと、そう思った──
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