第41話 幕間〔1〕ー未来への想いー sideフェリシア

煌めく光の中で純白のドレスに身を包んだルーナリアは、とてもとても幸せそうな顔をしていた。


「ルーナリア……」


自分の視界が滲んでいくのを感じたけど、その姿を焼き付けておかねばと必死になって目を開け続ける。

チラリと隣を窺うと、微かに瞳を揺らしながらあの子を見つめるオリエルと視線が交差した。


「ったく。まぁた泣いてやんの」

「しょーがないでしょ! 当たり前じゃない!」

「ははは。ま、今日はしゃーないよな。──ほら、踊ろうぜ。その方が、ルーナリアもきっと喜ぶだろうからな」

「……分かったわよ……」


唇を尖らせながら差し出されたその手を取ったものの、内心は胸の鼓動を抑え込むのに必死だった。

ダンスを踊りながら見上げたオリエルの笑顔は、昔からずっとずっと変わらない見慣れたものだ。

だけどその笑みを瞳に映すと、胸がぎゅーっと締め付けられて苦しくなってきてしまった。


あの子の事を愛しているオリエル。

でも、文句を言いながらも助けてくれるのも、辛い気持ちを分かってくれるのも、いつだって、全部全部、なのだから──





ブラショフ家は、長女の私を筆頭に、その後5人の子どもたちに恵まれた。

『カーティスの惨劇』で貴族の数が減ってしまったために出産が大歓迎されているとはいっても、さすがにこれは多すぎなのではと子ども心ながらに思うぐらい、毎日毎日大騒ぎだった。


伯爵家といってもそんなの名ばかりで、魔力量もそこまででもないし、何かの才に秀でている訳でもない。

昔から続いている小さい領地を細々と経営し、裕福とは言えない生活をしながらその血を繋げている。

──我が家はそんな感じだった。


ドラゴシュ家とは領地を接していただけでなく、母親同士が親友だった。

おまけにの2人の弟と、私の3人の弟の内2人が同じ歳だったので、小さい頃からよく遊ぶ仲だったのはある意味必然とも言える。


侯爵子息なのに変にお坊ちゃんぶっていないオリエルと、3人の弟の相手をしているせいか非常にあっさりとした性格になっていた私は、出逢った時からみたいなノリで楽しく過ごしていた。

だけど、ぶっきらぼうな言葉を言いながらも本当はとてもとても優しいオリエルに、ずっと惹かれていたらしい。


自分の恋心をはっきりと自覚したあの時の事は、今でも鮮明に覚えている。


ちょうど1番下の妹が1歳になった10歳のある日、いつものようにオリエルの母親が子どもたちを連れて我が家へと遊びに来ていたのだ──


「フェリシア! ごめんね〜。ちょっと……」

「はいはい。お母さま達は、お茶会でしょ〜。いいよ、皆の面倒は見とくから。ほら、ローゼおいで〜」

「ゃっ! やー!!」

「ローゼ〜。おかあさまは、いまからちょっと、いそがしいのよ〜。ごめんね〜。ほら〜泣かないで〜」


母親の甘ったるしい声を聞いて、すぐ下の弟2人は引いたような顔をすると何処かへと去って行った。

母の腕の中で暴れている1歳のローゼを抱っこすると、あやすように僅かに揺らしていく。


「ヴィオレット、ごめん、スキルラの手繋いであげて」

「え〜。わたし、まだむり〜。だって、5さいだもん〜。でもね、でもね、ヴィオレット、がんばってね、おねえちゃんになるの〜」

「そうよね。ヴィオレットはまだ5歳だもんね。ゆっくりで、いいからね」


瞳をうるうると潤ませながら見上げた娘を目にした母は胸を打たれたようで、頬を緩ませながらその頭を優しく撫でて慰めた。

必死な様子の妹は、私から見てもとてもとても可愛かった。


「じゃあ、スキルラ。フェリシア姉様と手、繋ごう」

「やーー!! はちるーーー!」


まだ3歳のはずなのにかなりの速さで元気よく駆けていった弟を、妹を落とさないように注意しながら追いかけていく。


「エルム! コリウス!」


すぐ下の弟2人に声をかけて探すが、その姿はどこにもなかった。

だが騒いでいる声がしたのでそちらに向かうと、喧嘩をしているようで何やら揉めているようだった。


「こら! 何してるの2人とも!」

「だって、だって、コリウスが……」

「エルムがいけないんだろ! せっかく、オリエル兄さんが来るのに……!」

「……っ! 何で、コリウスはオリエル兄さんって呼ぶのに! ぼ、僕のことは!」

「エルムは、エルムでいいだろ!」


一度は落ち着いた様子だったのに、再び火が燃え上がるかのように互いの間の空気がピリピリとし始めた。


「コラーーー!! いい加減にしなさいーー!!」

「んぎゃ〜〜〜〜!」

「っ! ローズ、よしよし〜。ごめんね、怖かったね〜」

「ねえさま〜。スキルラが、おしっこだって〜。ヴィオレット、えらい? えらい〜? ちゃんと、おねえちゃんしてるでしょ〜?」

「うんうん、えらいよ、ヴィオレット。……ローズ、ちょっと待っててね〜」

「ゃーーー!! やーーー!!」


得意そうな顔をしているヴィオレットの頭を優しく撫でると、慌ててスキルラの元へと走っていく。

途中侍女が面倒見てくれていたのを目にし、ホッと胸を撫で下ろしながらスキルラの手を取った。

侍女は侯爵夫人のおもてなしのため、焦った様子で私たちの前から立ち去って行った。


「……まぁ、うちって、侍女の数も少ないしね……特に今は、お客さまの対応で、忙しいしね……」


自分を納得させるように口に出して呟く私を、スキルラは不思議そうに目を瞬きながら見上げていた。

部屋へ戻るとオリエルの弟2人が合流していて、何やら大騒ぎをしていた。

いつもいつも仲良しが集まるとこうなってしまうのか、今日はさらに輪をかけて戦場のようになっている状態を目にし、私の中で何かが切れる音がした。


気が付くと、屋敷の庭の草陰に隠れてじっとうずくまっていた。


「……本当なら、10歳になるんだから、もうお母さまたちとお茶会をしてもいい年齢なのに……いっつも、いっつも……」


自分の足元を見つめながら、込み上げてくる思いで溢れそうになった。


「あ、ここにいたのかフェリシア」

「……オリエル」


いつものようにどこか揶揄からかうような眼差しだったオリエルが、蹲る私の顔を見た途端、ちょっと意地の悪い顔をスッと消すと頭にぽんと手を乗せてきた。


「あんま無理すんなよ。……辛い時は俺に言え。お前すぐに無理すっからな。あいつらなら俺がガツンと叱ってやったから。1人で何でも抱え込むなよ」


私の頭を何度もぽんぽんと軽く叩いてくるオリエルは、とてもとても優しい笑顔を浮かべた。

それを目にした私の心臓は、ドクンと大きく跳ね上がった。


「……〜っ! ちょっと! 何度も頭叩かないでよ!」

「そんなに強く叩いてねーよ! って〜。おい、俺んが絶対痛いぞ……」


自分の赤くなった顔を誤魔化すように、オリエルの頭を強く叩いてしまった。

ちょっと涙目になりながらも笑ったままの彼の笑顔を見て、胸がきゅっと締め付けられた私は慌てて顔を背けた。


「……そんなことないもん! 私も、痛かったもん!」

「ははは、そっかそっか。ま、痛かったんなら、悪かったわ。ほら、行こうぜ」

「………うん」


差し出されたその手を取るとき、この気持ちが恋であると知った──


それ以降、時々自分の気持ちを持て余しつつも、ずっと幼馴染として接していた。

今更私なんかを女として見るはずがないと、自分で自分を正しく認識していたからだ。

なかなか整った顔立ちをしていたは、段々と女子からモテるようになっていったけど、全然目もくれなかった。

何を考えているのか分からないネチネチした女は嫌だと話を聞いて、密かに安堵していた。


その後も私との距離感は変わらないまま、気が付けば学園への入学の時期になっていた。


ルーナリアとの出会いは、本当に偶然が起こした奇跡のようなものだったと今でも思うことがある。

オリエルとはぐれてしまった私は、道に迷って途方に暮れていた。

その時、今にも消えてしまいそうな、私の好きな絵本の天使のように綺麗な女の子が、スッと前に現れたのだ。

その雰囲気が気になって、いくら私でも初対面の子にあんな風に助けを求めたりはしないのに、気が付いたら声をかけていた。


ちょっと話をしてみて、妹のローゼよりも純粋無垢だったことに驚きを隠せなかったけど、何だか心が温かい気持ちになった。

すぐに、この子と友達になりたいと、そう願っていた。

でも、駆けてきたオリエルとルーナリアが出会った瞬間、私はすぐにの気持ちを理解してしまった。


酷く心が痛んだけれども、ルーナリアに対する嫉妬心は湧き上がらなかった。

あの子がずっと一途に誰かの事を想っている事も、そしてそれが叶わぬ想いである事もすぐに分かったから。


──何故なら、


ルーナリアは本当に本当に真っ直ぐで、私の事を大切に想ってくれているのがいつも凄く伝わってきていた。

そうした想いを受け取るたびに、私自身救われた気持ちに何度もなった。

そして、初めて会った時に感じた『泡沫うたかたの天使』を連想させる消えてしまいそうな儚さを目にする度に、その切なさに胸が締め付けられる思いに駆られた。


オリエルならきっとルーナリアを幸せにするのに、との事が好きなはずなのに、2人が幸せになるなら全然それでいいと思える自分がたまに不思議な感じがした。


さすがにオリエルから、ルーナリアへの『結婚就職』の相談をされた時は、涙で滲みそうになる瞳を全力で抑え震える指先を必死に隠したけれど、どこかそうなれば良いと願う自分もいた。


卒業後の進路は、騎士隊にするとずっと決めていた。

近衛隊を目指すオリエルがまずは騎士隊を希望する事は明らかだったけど、は治癒魔法を使えないのだ。

光と風属性が得意で防御と回復に特化した私なら、彼を守ることが出来る。


5人の小隊から成り立つ騎士隊では、そこに必ずサポート系のメンバーを入れた編成を行う。

そこで組まされるのはお互いの息が合った者同士である事が多いため、オリエルと同じ小隊になる事はそこそこの可能性があった。

そこがダメでも、6つの小隊から成り立つ中隊ではほぼ必ず一緒になるだろうと予想はしていた。


配属結果が通知される前に、ルーナリアから魔法局への配属が決まって働くことになったと知らされた。

その手紙を見ながら、正直『結婚就職』の話はどうなったのだろうと密かに訝しんだのだが、卒業してからもたまに我が家へと遊びに来ていたオリエルにこの話をする事は出来なかった。

何故なら、その頃から彼の様子が僅かにおかしかったから。


最初に配属された東の砦で希望通りオリエルと同じ小隊になれた時は密かに喜んだけれども、休暇を利用して訪れた王城でたまたまルーナリアに会った時に、全てを理解した。

晦冥(かいめい)の騎士のあの『氷壁の冷徹』がルーナリアの『兄』だと知った時、大声で叫ばなかった自分を本当に褒めてあげたい。


『氷壁の冷徹』様については配属された瞬間に、先輩方に散々聞かされていたのだ。

表情ひとつ変えずに魔物を次々と粉々にしていく、恐ろしいまでの強さの彼の足を引っ張ると同じように凍らされてしまう。彼と一緒の隊にいると強い魔物と遭遇してしまう。すごい勢いで魔物を殲滅せんめつていく時の彼の瞳を見つめると凍ってしまう──

皆が固唾を呑んでその噂話に耳を傾けていたけど、何だか眉唾ものの夢物語のような話に呆気に取られていたのだ。


だけど、彼が実地訓練で東部の砦に来た時、何回かその訓練に付き合った私は思い知る事になった。

彼の強さは半端なくて本当に魔法の才にも優れているんだけど、とにかく訓練が厳しかった。

お陰で皆かなり強くなったけど、あんな綺麗な顔をしながら容赦ない訓練を課していくその姿に、恐れ慄いた。


その『氷壁の冷徹』様が、ルーナリアを見つめる眼差し。

愛しんで慈しんで、心の底からあの子の事を愛しているなんて、すぐに分かった。

そしてルーナリアの彼に向ける笑顔を目にし、あの子が好きだったのはこの人だったんだと瞬時に分かった。

と同時に、オルエルが敵う訳がないと悟った。

ルーナリアの幸せそうな顔を見て、安堵すると共に酷い悲しみにも襲われた。

の幸せを願い続けた私にとって、この結末はとても辛いものでもあったから……


国王陛下の祝賀会で、愛しい人と結ばれて益々輝くような美しさを醸し出したルーナリアは、とても目立っていた。

『氷壁の冷徹』様と並ぶその姿は本当に綺麗で、同じ色合いの髪で並び立つお似合いの2人は、ちっとも『兄妹』なんかに見えなかった。

ダンスを一緒に踊った後、会場を後にする2人を追いかけていくオリエルの後ろ姿を目に映しながら、きっと今晩は決着をつけるのだと思い泣きそうになった。


ルーナリアから相談があると手紙をもらった時、真面目で優しいあの子はの気持ちに気が付かなかった自分を責めているのではないかと心配していた。

案の定可哀想なほど気落ちしていて、自分の事を酷く責めていた姿に胸が痛んだ。

でも、あの時ルーナリアがたくさん胸の内を話してくれて、そして私とオリエルの事をとてもとても大切に思ってくれている事を改めて知って。

あの子の純粋で綺麗な優しさと愛をもらって、私の心はとても温かくなった。

そして、ルーナリアに幸せになって欲しいと言われ、自分自身の幸せについて初めて考えるようになった──





「どうした? フィリシア?」

「……何でもないわよ……ちょっと……思いにふけっていただけよ! 乙女はデリケートなの! 親友の結婚式なんだから!」


少しだけぼんやりしてしまった頭を振り払うように、オリエルをキッと見上げた。


「ははは、お前、そんなやわじゃないだろう。ま、確かに感慨深いもんはあるよな」


いつもの戯けた調子のままルーナリアを視界に映した彼を見て、きゅっと胸が痛んだ。

夜の任務で時折ふと、オリエルは切ない顔をしながら月を眺めていた。

騎士隊でずっと一緒だった私は、その横顔をいつも黙って見つめていたから──

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