第41話 天使の打ち上げ花火

「マキとショーきち、遅いなぁ」


 人美ひとみは夜空を見上げながら、ぼんやりと呟いた。ここからは真季那まきなしょうが向かった浜辺が見えないため、いつ戻って来るかも分からない。


「花火はもうちょっと待ってくださいってアナウンスしてたけど、何があったのかな……」


 才輝乃さきのも心配そうな表情でそう言った。

 順当に考えれば、打ち上げる時の工程に何らかの不具合があったとかそういうのだろう。だが時間が経つにつれて、心配になってしまうのだから仕方がない。


「私たちも、降りてみますか?」

「うーん、そうだね。何か出来るって訳じゃないけど、心配だよね」


 一愛いのりの提案により、人美たち4人も浜辺へと行くことに決めた。




     *     *     *




「うーん、これはなかなか……不具合が多いねぇ」


 修理ロボットの自動修理をやめて、理恵りえ博士はロボットの背中に現れたパネルを直接操作して修理をしていた。そうしないと直せないような不具合らしいのだ。


「やっぱり打ち上げ筒なんて慣れない物はぶっつけ本番で作るものじゃないねー」

「……もしかして、まともな計算も無しに作ったのかしら」

「まあね。いけるでしょーって思ってたけど、ダメだったね」

「楽観的すぎるでしょう……」


 2人の真季那がそんな事を話しながら修理する中、何も出来る事がない翔は花火師の男性に近づいた。


「普通の筒は無えのか?」

「ああ。全部使えなくなったから置いてきちまったよ」

「玉は普通のヤツを?」

「博士がいつもと同じ玉を使える筒を作ってくれたからな。ほら、あそこに積んでるやつだ。見た事くらいはあるんじゃないか?」


 そう言って男は遠くの方にあるカゴを指さした。そこには、誰しもテレビか何かで一度は見るような、打ち上げ花火の玉がたくさん積んであった。


「コレか……」


 だが今年初めて下界に降りた天使には見覚えが無いものだったので、それを興味深そうに一つ持ち上げた。


「お、意外と軽いな」

「おいおい、危ないからそんなポンポン上げるんじゃない」


 バレーボールのトスのように玉を上げて遊ぶ翔。だが不意に力が入ってしまい、うっかり数十メートル上がってしまった。


「おっと」


 人間とが比べ物にならない天使の腕力で空高く打ち上がってしまった玉は、ひゅるひゅると音を立てて夜空に現れ、


「あ……」


 花火師の男の声が続いたと同時に、さらに一つ、大きな音が加わった。

 それは静けさの広がった祭りの会場に響く、打ち上げ花火の玉が弾ける音だった。




「あ、今上がったよね」

「本当ですね。無事始まったみたいです」


 才輝乃の超能力の一つ、テレポート能力によって下まで降りて来た人美たちは、たった今打ち上がった花火を見て声をこぼす。


「あれ、でもマキまだ修理してるよ?」


 打ち上げ筒のそばでしゃがんでいた真季那をみつけ、人美は不思議そうに言う。花火はさっき打ち上がったはずなのに、何故修理をしているのだろうか。


「すまん。今のは俺の仕業だ」


 申し訳なさそうに言うのは翔。花火の玉が積んである場所から歩いてきた。


「翔さん、花火を上げられるんですか?」

「俺もよく分かんねえんだが、どうも天使的なパワーがなんか反応しちまったらしい」


 一愛の問いに、そう曖昧な答えを返す。


「最近の天使は打ち上げ花火もできるのか。すごいな」

「最近の家電みたく言うなよ、そら


 翔自身どんな理屈で花火が上がったのか分からないが、天使の力を振るえば火も起こせるしどんな物も動かせる。わりと万能な天使パワーなら、何となくできる気もしていた。


「じゃあもう修理しなくても良かったりするのかな?」


 真季那の横で修理していた博士が、話を聞いて手を止めた。

 理由は分からないが、翔が花火を上げられるなら筒を修理する必要は無くなったのかもしれない。


「いやでも、全部の玉を打ち上げるのって大変じゃない?」

「俺なら大丈夫だぜ。天使のスタミナは無限だからな」


 言いながら、翔は背中から天使の翼を伸ばした。

 少年の背中から生える光り輝く翼を目の当たりにして、花火師の男達は呆然としていたが、翔は気にせず花火の玉へと意識を移す。


「大勢の客を待たせてんだ。ここらで盛大に上げようじゃねえか!」


 天使の力で数十を超える玉を宙に浮かべ、翔は笑って告げる。彼の合図と共に夜空へ放たれた花火は、祭りの最後を派手に彩った。


 そうして、祭りの締めである打ち上げ花火は上がり始めたのだった。

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