第10話 ボランティア少女のやりたい事

「ふう……こっちの草抜き、終わりましたよ」


 園芸部の管理するプランターの傍にしゃがんでいた徒神とこう 一愛いのりは、腰を持ち上げながら近くの園芸部員の少女に声をかけた。


「ありがとー、徒神さん!今日に限って欠員多くてさー、ほんと助かったよ!」

「いえいえ、お役に立てて何よりですよ」


 園芸部員の少女は一愛に礼を言うが、彼女はお気になさらずと笑顔で胸の前で両手を振る。彼女は園芸部員ではないのだが、園芸部のクラスメイトに頼まれて、数の多いプランターの草抜きを手伝っていたのだ。


「最近は徐々に暑くなってきてますからね。日向での作業は特に気を付けてくださいね」

「気遣い痛み入るよ……あ、ちょっと待ってて、ジュース奢るよ」


 タオルで汗をぬぐいながら自販機を指さす少女だったが、一愛は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ありがたいですが、お気持ちだけもらっておきますね。頼まれ事がありまして、これから職員室へ行かなければならないんです」

「そう……じゃあ今度、食堂のうどん奢る!それくらいはさせてよね」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 笑顔で少女に手を振った一愛は、土で汚れた手を洗いに蛇口へと向かう。その拍子に、首にかけた胸元の十字架が陽光を反射し、キラリと光った。



「あれ、もう終わったのか」


 その背中を眺めていた園芸部員の少女に、大きなカゴを担いだ少女が声をかけた。倉庫から花の種を取りに行っていた園芸部の部長である。


「あ、部長。もう終わっちゃいましたよ。ほとんど徒神さんがやってくれちゃいました」

「マジか。これで2回目だってのに、まともな礼すら出来てねぇよ」


 まいったなー、と部長は頬をかく。彼女も彼女で、後輩に何度も手伝わせるのは申し訳ないと思っているのだ。


「徒神さん、ウチ以外にもいろんな部活の手伝いやってるみたいですよ。頭も良いしスポーツも出来て、クラスでも人気者ですよ」

「オマケに可愛いもんなぁ。実は天使とかなんじゃね?」


 どんな頼み事も嫌な顔せず引き受けてくれる、まさに慈悲の塊。あれは現世に降り立った天使じゃなかろうか、と2人は半ば妄想を込めて語り会っていた。





     *     *     *





「失礼します」


 30冊を超えるノートの束を抱えて、一愛は職員室へ入る。するとすぐ、初老の男性教師が立ち上がって歩いてきた。


「悪いねぇ、他のクラスのも頼んじゃって」

「いえいえ構いませんよ」


 一愛はいつもの笑顔でそう返し、先生の机にノートの束を置く。


「ここでいいんですよね」

「ああ、ありがとう。助かったよ」


 おじいちゃん先生は最近腰の調子が悪いようで、こうした荷物運びは何かと大変らしい。腰をさすりながら、年配者特有の優しい笑みでそう言った。


「そういえば一愛君、部活の方は顔出さなくていいのかい?最近同好会から部になった、魔法研究……だったかな」

「ええ。無理に毎日来なくてもいいと、初日に部長さんから言われましたので」


 なのでほとんど行ってません、と一愛は笑いながら付け足す。

 だが、そうして開いた放課後の時間に、いろんな部活の手伝いをしている事を、おじいちゃん先生は知っていた。彼以外でも、放課後に残ってる先生なら誰でも知っている。そう言えるほど、一愛は校内のあちこちで人助けをしていたのだ。


「困ってる人を助けるのはとてもいい事だが、もう少し、自分のやりたい事をやってもいいんだよ?まだ高校生なんだから」

「……ありがとうございます。でもこれが、私の『やりたい事』ですから」


 笑みを絶やさずにそう残して、一愛は職員室を後にした。


(私のやりたい事、ですか……。欲を言えば一つだけ、あるんですけどね)


 職員室のドアを閉めながら、心の中でそう呟く一愛。

 彼女にとっては、日頃からしている人助けも、その『やりたい事』への過程にすぎない。そう自分に言い聞かせる彼女の中には、一つの思いがあった。

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