第6話  呪うんだ、たまには呪われもするさ

「あぁー終わった終わったぁー!」


 最後の授業が終わり、ようやく放課後になった。チャイムの音は一日中同じなはずなのに、6限目終了を知らせるチャイムを聞くと嬉しい気持ちになる。不思議なものだ。たくさんの話し声が聞こえる放課後モードな教室で、人美ひとみは盛大に伸びをした。


「マキー、帰りコンビニ寄っていい?」

「構わないわよ。今日は予定も無い事だし」

「よし、じゃあ決まりね」


 真季那まきなと話ながらささっと帰り支度を済ませて、人美は才輝乃さきのの席へ歩いていく。隣の席ではそらが熟睡していた。


「サキとソラっちも一緒に行かない?」

「あ、うん。じゃあ行こうかな。ほら空君起きて」


 才輝乃は机に突っ伏して寝てる空の肩を揺らすが、なかなか起きる気配はない。

 それならばと才輝乃は手のひらを空にかざす。するとそこからじんわりと温風が出て来て、空の頭に当たる。暑がりな空にはこの起こし方が地味に効くらしい。


「ぐっ……頭の中にダイナマイト……」


 ただし空曰く、温風を浴びせられると大抵悪夢を見るらしい。まあそれで起きられるのだから結果的には成功なのだが。


「……夢か。まあ夢だよな」

「もう放課後だよー」


 才輝乃に起こされて、ゆっくりと頭を上げる空。あくびをしながら左手で目をこすっていると、ふと空の目が異物を捉えた。


「……なんだこれ」


 左手の甲を見ると、大きな黒い円の上にバツ印を重ねたような、通行止めの標識みたいな模様が描かれていた。


「おお、寝てる人に落書きするのはお約束だもんね。サキも面白い事するじゃん」

「わ、私!?私じゃないよー!」


 今来たばかりの人美と真季那は一部始終を見ていた訳ではないが、寝ている空の手に落書きができるとすれば、隣の席の才輝乃くらいだろう。だが、人美に言われて才輝乃は勢いよく否定した。


「そんな事しないよ!空君は信じてくれるよね!?」

「まぁ……というかコレ、落書きじゃないし」

「「え?」」


 空は左手の甲に描かれた模様を寝起きの半目で見つめながらそんな事を言い、人美と才輝乃はそろって間の抜けた声が出てしまった。


「確かに、マジックペンの類の成分は確認できないわね」

「マキ、成分とか見て分かるの!?」

「正確じゃないけれど、だいたいなら」

「ほえー」


 どれだけ高性能なんだこの子、と人美は親友の万能っぷりと科学の可能性に感嘆をもらす。


「じゃあ、落書きじゃないなら何なのそれ?」

「これは多分―――」


 空の声を遮るように、教室の扉が勢いよく開け放たれた。


「失礼する!」


 良く通る大きな声でそう言い放ちながら入室したのは、長い赤毛を二つ結びにした一人の女子生徒だった。後ろからは、優しそうな微笑みを浮かべる青髪の男子生徒も一人、後に続いて入って来た。


 まだ入学して2ヵ月経ったか経ってないかぐらいなので当然と言えば当然だが、人美たちは全員、その顔に見覚えはない。同学年か先輩かも分からないが、女子生徒の方は身長がやや小さめで、制服を着ていなければ中学生と間違えそうだ。


 彼女らは教室内をキョロキョロと見回し、やがて人美たちにその視線は止まった。正しくは空を、もっと厳密には空の手の甲の模様にその視線は送られていた。


「……どちら様?」


 こちらに向かって歩いて来る2人に、訝しげな視線と共にそう尋ねる空。対して、空の机の前にやって来た女子生徒はその問いには答えず、左手の甲の模様を指さした。


「その模様が何か、お前なら分かるだろう?」

「まあ一応。呪いでしょ?コレ」

「ククク……まあ80点、と言った所か」


 女子生徒はやけに芝居がかった笑いを浮かべ、大仰な身振り手振りで続けた。


「お前には、我ら『魔法研究部』に入らなければ一生宝くじが当たらない呪い、もとい『詛呪魔法』をかけてやった!さあ、今後の人生が惜しくば入部するのだ!」

「ほーん……なるほど」


 そじゅまほう、というのはよく分からないが、空の呪術に似た呪いだというのは分かった。そしてこの呪いをかけたと言う彼女の言葉を要約すると、『自分達の部活に入ってくれたら呪いを解いてあげるよ』と言う感じだろう。


 彼女の言葉が本当なら、空は今後一切宝くじが当たらない呪いにかかっているらしい。それは困る。楽して大金が手に入るただでさえ狭き門を、完全に閉じられるのはとても困る。

 空は椅子を引いて立ち上がり、その女子生徒の前に立った。


「おや、早速入部してくれるのかぐわぁ何をする!」


 その言葉を遮るように、空は彼女の頭をわしづかみにした。背が低いぶん掴みやすかった。そしてジタバタして逃れようとする彼女を、冷ややかな眼差しで見下ろした。


「今お前に、一生背が伸びない呪いと食べる物全てが激辛味になる呪いと一日一回必ず転ぶ呪いをかけた。解いてほしかったら俺の呪いを今すぐに解け」

「うぎゃああ!!分かった!我が悪かった!だから背だけは勘弁してっ!!」


 背が小さいのがコンプレックスなのか、彼女は意外にも速攻で承諾した。というより、これだけ呪い返しされたら誰だって謝る。


「ソラっち、えげつない……」


 そして一部始終を傍らで見ていた人美は、ぼそりとそんな呟きをもらす。真季那と才輝乃も似たような顔をしていた。

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