第5話  勝利の方程式を組み上げろ!

 今日の昼休みから購買にて新登場のパンが販売開始するというニュースが、朝から校内を騒がせていた。

 一日5個限定で生産される伝説のパンの存在は、普段パンを食べている者はもちろん、弁当派の者やおにぎり派の者の心までも揺れ動かした。


「その名は、アーモンドチョコレートデラックス焼きそばパン!」

「横文字で統一して欲しかったわね」


 昼食をとる必要が無い派の真季那まきなは、拳を握りしめて熱弁する人美ひとみにツッコミを入れた。

 昼食はだいたいパンを買っている人美は、そのすごいパンの存在にすっかり浮き足立っていた。


「今日のお昼は戦争になるぞ……!」

「それほど凄いパンなのかしら。名前からは地雷臭しかしないのだけれど」


 一般的な料理データはあらかたインプットされている真季那には、アーモンドチョコと焼きそばパンの組み合わせはあまり合わないような気がしてならない。やはり謎の『デラックス』の部分がミソなのだろうか。


「もうすぐ授業が始まるわよ、人美」

「おおっと、危ない危ない」


 チャイムが鳴る前に慌てて席に戻る人美。これから始まる3限目の授業が終われば、購買での販売が始まる。その時が、戦いの始まりだった。

 人美はその時に備え、授業を意識半分で受けながら作戦を考えていた。


(この教室は3階。対して購買は1階にある……。チャイムと同時に教室を出て、そこから階段を駆け下りる……!)


 運動神経は平々凡々な人美だが、幸運な事に人美の席は廊下側の最後列。つまり教室の扉の一番近くだ。スタートダッシュを上手く決める事が出来れば、距離の関係で同じクラスの人間には負けないだろう。


 しかし、懸念すべき問題はまだ存在する。


(問題はやはり、一年一組わたしたちより教室が階段に近い二組と三組、そして2階にいる二、三年生……。彼らに先を越されないためには、何か策が必要)


 地理的に不利な人美は、それでも何とかパンを入手するための策を練る。


(ショートカットは…… 無理か。廊下は一直線だし、階段を2段飛ばしで駆け下りても教室から2階までは約10秒ある。その時間差は大きい……)


 一瞬、窓から地上に飛び降りるという案が浮かんだが、人美の足は3階から飛び降りて無事で済むほど丈夫ではない。


(それならば妨害……いやいやそれは駄目でしょ。何としても食べてみたい気持ちもあるけど、ここは正々堂々と行かなきゃ)


 あくまでもスポーツマンシップに則って戦うと決めている人美。これがスポーツかどうかは大変怪しいが、卑怯な手は使わないのだ。


(くっ……いい案が浮かばない……!こうなったらもう当たって砕けろだ!私は私のあんよを信じる!)


 全速力での正面突破に決めた人美。今思えば、何も悩む必要なんて無かったのだ。戦いには、戦場に駆けるこの足だけで十分だ。


(小細工なんて必要ない……。私はこの身だけで勝利を掴む!)


 人美が意気込みを新たに、覚悟を決めたその直後。

 授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


 それはまさに、開戦の合図。幕は切って落とされた。


「さあ、ゲームスタートだ!!」





     *     *     *





 様々な話し声が辺りに広がる昼休み。その光景は、つかの間の戦争が終わったのも相まって、とても平和なものだった。


「……駄目だったみたいね」

「ぐすん」


 教室に戻って来たぐったりした人美に、そう声をかける真季那。人美の手には普通の焼きそばパンが握られていた。


 結論から言うと、人美は負けた。

 人美が想像していた物よりも戦いは遥かに過酷で、またライバルも強敵ぞろいだったのだ。


「相手の足元に濡れ雑巾を滑り込ませて妨害し、さらに自身はそれに乗って加速する大技、《我が戦場は水上にありスリップ・トラップ》が繰り出されるなんて……。完全に予想外だった……」


 他にも、あらかじめ録音しておいた騒音で人々の意識を逸らす《Exorcismusエクスオルキスムス》や、バドミントンの簡易ネットを廊下に組み立てて足止めする、決死の囮技 《通行禁止アクセルエンド》など様々な秘技が繰り出される、凄まじい戦いだった。


 ちなみに人美がそれらを知っているのは、人美と同じく戦いに敗れた先輩からさきほど教わったからだ。先輩の話によると、どうやら購買の新メニュー解禁の度に、昼休みの校舎は戦場と化すらしい。


「いやその技はシンプルに卑怯だろ」


 早くもご飯を食べ終わって机に突っ伏してる、昼飯は最小限派のそらのその言葉に、人美は静かに首を振る。


「それは違うんだよソラっち……。戦争に、卑怯もコショウも無いんだよ。正々堂々なんて決め込んだ私が柄にもなく甘かったのだ!」

「意味が分からん……」


 一体何の話をしているんだ、と呆れ顔で返す空。面倒が嫌いな空は、パン一つでそんな大乱闘する意味が分からなかった。


「あれ、でも焼きそばパンも美味いな……前まではあんまし好みじゃなかった気がするんだけど」

「新商品の登場に合わせて、他のメニューもリニューアルしたんだって」


 もさもさと焼きそばパンを頬張る人美に、家から持ってきた弁当を食べながら才輝乃さきのが説明した。ちなみに彼女は自炊派である。


「そのパンの焼きそばは確か、ソースが変わったとか聞いたよ」

「なるほろ……この味はなかなか好みだぞ」


 敗北の代わりに新しい発見を得た人美。転んでもただは起きない者が、やがては勝利を手にするのだ。


 ちなみに肝心のアーモンドチョコレートデラックス焼きそばパンは、味がイマイチという事ですぐにメニューからなくなったのだが、それはまた別のお話。

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