第4話 The Battle of『G』

「……であるからして、いろいろあって答えは64だ。この公式テストに出るぞー」


 人美ひとみの苦手教科の一つである数学の時間。先生の言っていることは意味が分からず、脳が理解する事を拒否しているかのように全く入って来なかった。


(ああー早く終わんないかなぁ)


 黒板に書かれた事を機械のように書き写し、ぼんやりとため息をついた。授業中の教室は静まり返っていて、なんだか居心地がよくない。

 そしてそんな静かな空間だからこそ、些細な変化には敏感になってしまうものだ。


(あれ、今教卓の近くに何か……)


 先生の足元らへんに、何か黒い物がササッと横切ったような気がしたのだ。人美は目を凝らして教卓の方を見る。

 直後、人美の思考は一瞬止まった。そこに見える影は、あまりにもおぞましいモノだったのだ。


「……ゴ、ゴキがいる……!」


 思わずもれたその呟きは、静まり返った教室によく響いた。そしてそれを聞いた皆が人美の視線を追って、ソレを見つけてしまうのは必然。そう。ゴキブリの出現である。


 瞬間、教室はたちまち大騒ぎ。

 ソレの近くに座っていた者は席を立ち、また虫嫌いな者達は少しでも距離を取ろうと机の上に立つ。突如現れた黒い悪魔に、彼らの平常心は刹那の間に崩壊した。あらゆる人間はヤツを心の底から恐怖している。


「サキ!超能力でやっつけ……あれ?」


 超能力者に至急排除をお願いしようと思って声をかけたのだが、彼女の姿はどこにもいない。テレポートで外にでも脱出したのだろうか。そう言えば彼女は虫が苦手だったなと遅れて思い出す。


「ここは俺に任せてくれ」


 その代わりかのように、混沌とした教室の中、明らかに寝起きトーンな声が聞こえた。四六時中眠そうな呪術使い、そらである。


「ソラっち!」

「安眠妨害の罪は重いぞ、虫……」


 居眠りの最中だった空は、この騒ぎに目を覚ましたのだ。そして寝起きの低い声と消化不良な眠気のこもった鋭い眼差しでゴキブリを睨みつける。


「身の程をわきまえて、地に眠れ」


 空はポケットから千円札程度の大きさの紙を3枚取り出した。彼の呪術の基本となる呪いのお札だ。

 空はそれをゴキブリに向かって投げる。空気抵抗を無視するかのように鋭く床に滑る呪いのお札は、ゴキブリを三角形に囲うようにピタリと配置された。


「……よし、完了だ」

「終わったの……?」

「ああ。奴は6日後には車に轢かれてひき肉だ」

「6日後!?遅いよ!今やっつけてよ!」


 呪いの効果の遅さに衝撃を受ける人美。だが空はこればかりは仕方がないとばかりに首を振る。呪いとは基本的に遅効性なのだ。


「まあ、即効性の呪いもあるにはあるが……」

「じゃあそれを―――!」

「悪いが体力切れだ……俺は寝る……」

「ちょおおおおおおい!!」


 久しぶりの呪術で疲れた空は、自分の机に戻って眠ってしまった。呪いのお札も奮発して3枚も使ったのだ。仕方ない。


「くそう……サキはいないしソラっちは燃費が壊滅的……ってそういえばマキは……?」


 最後の頼みは高性能ロボットの真季那まきな。彼女ならゴキブリでもなんでも対処出来るのでは、と思い声をかけようとすると、彼女は教室の端からふらりと現れた。


「ごめんなさい、準備に手間取っていて遅れたわ」

「準備……?」

「ええ。ちょっと教室のコンセントから電力を拝借していたの」


 準備は完全に整った、と言わんばかりに堂々としている真季那は、ゴキブリの近くにいるクラスメイトへ視線を向ける。実際にはクラスメイトたちがゴキブリの近くにいるのではなく、ゴキブリがクラスメイトたちの近くに移動しているのだが。


「あなた達、少し離れていて。そこは危ないわ」

「マキ……?何する気?」

「無論、アレを排除するのよ」


 真季那の視線は既にゴキブリへと向けられている。

 真季那・C42。彼女を造った博士は、彼女にとある絶対遵守の指示をプログラムしていた。それは―――


「ゴキブリは発見次第全力で排除せよ、と」

「博士どんだけゴキ嫌いなの!?」


 自分の造った少女型ロボになんて命令してんだ、と人美は半ば呆れの混ざった戦慄を覚えた。だが気持ちは分からなくもない。


「ウエポンズセーフティー・アンロック……デリートプログラム・コンプリート……!」


 そんな中、真季那はすでに最終準備を終えていた。その口からもれる機械的な単語の数々に、人美をはじめとするクラスメイト全員が息を呑む。

 そして次の瞬間、真季那の右腕が高速で変形し、そこに巨大な銃が出現した。


「おお……!」


 どんな技術を使っているのか、素人の人美にはもはや分からない。一つ言えるとすれば、めちゃくちゃかっこよかった。

 銃口の周りにはバチバチと小さな稲妻が弾け、青い燐光がほとばしる。やがてそれらは一つに集束し、巨大なエネルギーの塊となった。


「くらいなさい……!」


 真季那の一声と共に、エネルギーの塊が放たれた。それは極太のレーザー光線となってゴキブリに直撃。強力なエネルギー弾は教室の床ごと抉り飛ばし、その圧倒的破壊力を前に、ゴキブリは灰も残さず消滅した。


「ふう……駆除完了ね」

「お疲れ様!すごいよマキ!」


 ふっと一息つく真季那に抱き着いて賛辞を贈る人美。その声を区切りに、他のクラスメイトからも、あちこちから歓声が上がる。

 かくして、黒い悪魔との交戦は、少女たちの勝利に終わった。


 ちなみにゴキブリのいた場所は真季那の攻撃に巻き込まれて、窓ガラスは焼け落ち床はひび割れ、見るも無残な惨状となっていた。のだが、帰って来た才輝乃さきのが超能力で全て元通りにしたため何も問題はなかった。

 終わり良ければ総て良しである。

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