第2話 超能力があれば遅刻なんてしない

 ジメジメムシムシと、サウナのような息苦しい暑さに身を捩りながら、殿炉異とのろい そらは目を覚ました。

 まだ春が終わったばかりのはずなのに何だこの暑さは……と異常気象を呪いそうになりながら彼はゆっくり瞼を開く。すると、ベッドの傍らでこちらに向かって両手をかざす少女の姿が見えた。


「……ん」


 窓から差し込む朝日に目をしばたたかせ、もう一度少女を見る。

 先ほどから空の顔をなで続ける生暖かい風は、彼女の両手のひらから出続けているものだった。


「この暑いのはお前の仕業か……」

「おはよー。やっと起きた」


 空がのっそりと起き上がると、少女は温風を止め、にっこり笑顔で挨拶をした。

 彼女は皆超みなこえ 才輝乃さきの。いわゆる超能力者というやつである。空の向かいに住む幼馴染の少女で、今も同じ高校に通っている。なので空が寝坊したりすると、こうして起こしに来るのだ。


「いつも悪いな。先に行っててくれればいいのに」

「駄目だよ。空君、遅刻するって分かったら思いっきりゆっくり来るでしょ」

「よくご存じで」


 言いながら時計を見やると、朝のホームルーム開始時刻まで既にあと10分を切っていた。

 ねぼすけ少年の空はわりと頻繁に遅刻ギリギリなのだが、才輝乃はいつもそんな時間になっても空と共に登校している。それは申し訳ないと思っているし、時間が来たら一人で行くべきだといつも言っているのだが、何故かこうしてギリギリの時間でも相変わらず起こしに来ている。


「それに、一人だとつまんないもん」

「学校まで徒歩10分も無いだろ……」


 高校生なのだから一人で行けるでしょ、と続けようとしたが、高校生にもなって寝坊ばかりする空の言えた事じゃないので、その言葉は引っ込める。元々空が悪いのだし、ここで何かを申し立てる権利は空には無かった。


「分かった。5分で支度するから先行っててくれ」

「話聞いてた?一緒に行くったら行くの。家の前で待ってるからね」

「お、おう……」


 そう言って才輝乃は一足先に空の部屋を出た。いつもは柔らかく穏やかな才輝乃だが、たまに強引というか強気になるのだ。ちょうど今みたいに。

 これ以上待たせるのは忍びないな、と支度を始める空。40秒ではさすがに無理だったが4分で支度を済ませた空は、家の戸締りを確かめて外に出る。共働きの両親はすでに出勤している為、いつも空が最後だった。


「お待たせ」


 最後に家の鍵を閉め、門の前に立っている才輝乃に詫びを入れる。すると才輝乃はおもむろに空の部屋のある2階の方を指さした。


「窓、閉め忘れてるよ」


 そして才輝乃は窓に向けている人差し指をひょいと振った。すると窓はガタガタと震え、自動ドアのようにひとりでに閉まった。超能力は便利である。


「あーすまん、何から何まで」

「いいのいいの。気にしないでー」


 しっかりしてなくもないようでどこか抜けている所のある空を、才輝乃は小さい頃から何かと支えてくれていた。そして現在進行形で迷惑をかけている訳だが、本人は何ともないという風にいつも笑うのだ。


「じゃ、行こっか」


 才輝乃が空の肩に手を置いてそう告げた瞬間、まるでビデオの映像が途中でいきなり飛んだかのように、目の前の景色が一変した。

 視界に広がるのは、空と才輝乃の通う高校の正門。家の前にいた空たちは一瞬で学校に到着したのだ。


「相変わらず便利だな、テレポートは」

「景色が一瞬で変わるこの感覚は、私でも未だ慣れないけどね」


 テレポート。

 才輝乃の持つ超能力の一つで、離れた場所でも文字通り『一瞬で』移動できる力である。

 バトル漫画などでよくある能力的な制限や欠点はほぼ無いが、瞬間的に何か所も移動すると乗り物酔いに似た気持ち悪い感覚に襲われるらしく、連続使用は控えているらしい。


 なにはともあれ、才輝乃のいろんな超能力に助けられた空は何とか遅刻を免れることができた。ちょうど自転車で校門を通過した生徒は、いきなり現れた人影に驚愕していたが、2人は知るよしもない。


 そして数日後、『朝の校門付近に突如現れる謎の人影!』なんて記事が校内新聞の見出しに載った。

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