第9話「港にいた魔物」

 港町に着いたが、昼間なのに人通りは少なく静まり返っていた。

「何かあったのでしょうか?」

「元からこんなもんじゃないの?」

「いえ、ここは国一番の港町と聞いてます。それでこの程度とは」


「あんたら旅の方かい。じゃあ知らんだろうな」

 近くに居た商人らしき男性が話しかけてきた。


「あの、何があったのですか?」

 

「海に魔物が出るようになってよ。それで貿易も漁もできなくなって、ごらんの有様だよ」

「魔物ってどんな奴よ?」


「知らん。見た奴らは思い出したくないって言わねえんだ。いや言おうとした奴もいたんだが、その瞬間に泡吹いて倒れた」


「うわあ、相当エグい容姿なのかもね。それでさ、死人は出てないの?」

「ああ、それだけが不幸中の幸いだ」


「えっと、お城には報告してないのですか?」

 

「いやひと月前にここの町長が行ったんだけどな、今は事情があって軍隊を出せないって……本当に申し訳無さそうにいうもんだから、堪えて帰ってきたってさ」


「あの、私は昨日までお城の方にいたのですが、その事情ならもう解決してますよ」


「え、本当か!?」

「はい。今ならきっと出していただけますよ」

「ありがとよ! 早速町長に話して、もういっぺん行ってもらう事にするよ!」

 男性は元気を取り戻したようで、あっという間に走っていった。


「ねえ藤次郎、援軍待ってたら犠牲者が出るかもよ。だからあたし達でやっつけちゃおうよ」

「そのつもりですよ。援軍の皆様には復興支援をしてもらいましょう」




 着いた場所は港の先端にある灯台の麓。

「皆様はここで魔物を見たそうです」

「どんな奴かなあ。エグいのは平気だけど、強いのかしら」

「妖魔かもしれませんね」

「ありゃ、ここにも妖魔がいるのね」

「ええ。私は既に二戦してます。一人は取り逃がしましたが……」

「あたしは以前何体も倒したわよ。姉さん達と一緒にね」

「おや、姉上がいらっしゃるのですか?」

「うん。上に姉二人と弟がいるわ。弟は今の藤次郎と同い年よ」

「機会があればお会いしたいですね……来たようです」


 海面に大きく渦が巻き起こり、そこから出てきたのは……。


「あら、可愛い女の子と美少年ね」

 おそらく噂の魔物だったが、

「り、リュミ、大丈夫ですか?」

「あへあへ……」

 リュミは気がおかしくなっていた。


「……アタシ、そんなに醜い?」

「いいえ……」

 醜いとは違う。

 いかつい男が女装したような感じでおぞましいと言えばいいのだろうか?

 とにかくいきなり見たらびっくりするだろうな。

 

「わかってるわ。でもあなたはそんなに気持ち悪がってないわね?」

「あ、いえ正直最初は驚きましたが、じっくり見れば優しげですね」

 うん、慣れれば本当にそうだ。

 この方は悪人ではないようだな。


「……ありがと。あの、アタシは人魚のバラリアと言うんだけど、あんたは?」

「藤次郎といいます。こっちはリュミです」

 人魚を見るのは初めてだな。


「藤次郎さんね。あの、アタシの話を聞いてくれないかしら?」

 バラリア殿が手を合わせてお願いしてきた。

「何か事情がおありのようですね。いいですよ」

「ありがと。あのね、魔物がアタシの仲間達を洗脳して手下にしちゃったの。それで港町の人を襲おうとしているの」

「な、なんと?」


「……え、あんたがその魔物じゃなかったの?」

 気がついたリュミが尋ねる。

「アタシ達は人を襲ったりしないわ。驚かせていたずらしたりする子もいるけど、それだけよ」

 

「もしやあなたは、以前も助けを求めに来られたのですか?」

「そうなの。でもこの容姿だし、皆アタシが魔物だと思って……」

「たしかに。あ、ごめんね」

「いいわよ。ねえお願い、魔物をなんとかして」


「はい、そのつもりで来ましたので」

「任せといて。ところでさ、あんたはなんで洗脳されてないの?」

 リュミが首を傾げると、

「それはアタシもわからないの。……あ、もしかすると洗脳術って人間には効かないのかしら?」

「はい? あんたもしかして元は人間とか?」

「違うわ。アタシのお父さんが人間でね、お母さんが人魚なの」

 なんと。妖怪と人間というのは知っているが、人間と人魚でも子を成せるのか。


「なるほどね。お父さんの血のおかげで洗脳されなかったってことか」


「洗脳が人間にも効くなら、襲うよりそうした方が楽のはずですからね。おそらくその通りなのでしょう」


「じゃああたし達は大丈夫ね。ねえ、その魔物ってどこにいるのよ?」


「今は海の底にある宮殿にいるわ」


「それだと出てくるのを待つしかないわね」

「いえ、敵も阿呆ではないでしょう。おそらく人魚さん達だけ差し向けて、自分は高みの見物と」

「じゃあどうするのよ? あたし達じゃ海の底なんか行けないわよ」


「宮殿内は空気があるから、そこまではアタシが連れて行くわ」

「え、そんな事できるの?」


「ええ。というか聞いた事ないかしら? 浦島太郎や竜宮城の事を」


「ああ、助けた亀に連れられて……そうか、いくら素潜りが達者でもそんな深い場所まで行ったら死んでしまいます。けど海の民の力でなら」


「そういう事。お父さんもかつて陸に打ち上げられて弱っていたお母さんを助けて、そのお礼にね」


「へえ~。あれ? という事は乙姫様がいるの?」

「それはあくまでおとぎ話よ。実際は海を治めている人魚の女王様がいるんだけど、やはり洗脳されちゃってるの」


「残念。でも人魚の女王様に会えるならいっか」

「ええ。では話はここまでにして、そろそろ行きましょうか」


「じゃあ、アタシの手を握って」

 私達が言われたとおり手を取ると、


「うおっ?」

「うわっ!」

 透明な丸い玉に包まれた。


「この泡に包まれていれば大丈夫よ。さあ行くわよ」


 バラリア殿が何やら念じると玉が浮かび上がり、海へ潜っていった。

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