第7話「世界の地図を手に入れた」
戻ってきたら、姫様は既に起きて玉座の間へ走っていかれたと見張りの兵士殿に聞かされたので私達もすぐに向かった。
玉座の間に着くと、陛下が姫様を抱きしめ涙されていた。
姫様も泣いておられお側にいた大臣様や家臣の皆様も……。
「藤次郎、ベル。よくやってくれた。礼を言うぞ」
陛下は姫様をお放しになり、私の手を取って言う。
「はっ、勿体なきお言葉です」
「お父様ごめんなさい。心配かけて……」
姫様が涙を拭って言われる。
「いや、儂の方こそすまなかった。知らなかったとはいえ友情の証であったものを燃やしてしまったとは……」
「あの、代わりにはならないかもですが、同じ本を買われては?」
陛下が項垂れているのを見て思わず言ってしまった。
「おおそうだな。ナンナ、あの本はどこで手に入れたのだ?」
「あれはね、町に来ていた旅の商人から買ったの」
「ん? ベルはともかく、お前は金など持っていないだろ?」
「実はベルとこっそりお城を抜け出してね、ベルの知り合いの商店で働いてお金貯めたの。あたしは当然身分を隠してたけどね。それで商人さんも待っていてくれたのか、最後の一冊をとっておいてくれたの」
「そうだったのか……ではその商人を探して仕入先を聞くか、本を書いた者を探すとするか」
「無理よ。あれ異界の本だし」
「は?」
「商人さんがそう言ってました。文字はこちらのそれなので冗談と思いましたが、たしかにあんな素晴らしい本を書く方ならもっと有名でもおかしくないから、もしかすると本当なのかも……」
ベル殿がそう言って項垂れた。
「では作者の名もわからないのか?」
「ペンネームは『シルフィ』だって。本名はわからないわ」
「ん? どこかで……あ」
「え、もしかしてお知り合いなのですか?」
ベル殿が私の方を向いて言う。
「その本人かどうかは知りませんが、知人がそんな筆名で本を書いていると聞いた事がありまして。二年後になりますが戻ったら聞いてみます」
「え、という事はあんた異界から来た人なの? じゃあ優者?」
姫様が目を丸くして言われた。
「だから違いますって。侍ですよ」
「うーん……ねえお父様、いいでしょ?」
「ああ。今の管理者たるお前が認めたなら、異論はない」
姫様の問いに陛下は即座に頷かれた。
「ありがと。じゃあベル、あれ持ってきて」
「ええ」
ベル殿が持ってこられたのは、絵のようなものが描かれている大きな紙。
いやこれは、
「もしかしてこれ、地図ですか?」
「そうよ。これがこの世界でね、今いる場所はこの辺り」
姫様はその細い指先で、地図の右端にある島を指された。
「こちらの世界も広いのですね……あれ? ところどころ小さく光ってますが、これはなんの目印ですか?」
「うん、間違いないわね」
「は?」
「言い伝えではな、その光は優者にしか見えぬそうだ。現に儂らはどこが光っているのかさっぱりわからぬ」
陛下が頭を振って仰る。
「え……?」
「これは王家に伝わるものでね、言い伝えでは目印が四つあるみたいだけど、どう?」
姫様が地図を指してお尋ねになった。
「はい、たしかに四つ……あ、これはもしかして優者を守護する『四大守護者』の居場所ですか?」
「そうよ。ってなによ、優者の事を知ってるんじゃない」
「え、ええ。私が知るところによると、優者は今から数えて約六百年後に現れるそうです」
ややこしい事は言わないで、事実の一部だけ話しておこう。
「そうだったのか。だから自分ではないと?」
「はい。ですが私にこの光が見えているということは、私が知っている優者とはまた別なのかも」
「とにかくさ、あなたはこの世界にとっては優者なのよ。だからお願い、四大守護者と会ってよ」
「妖魔が出てきた以上、彼らが襲われないとも限らぬからな」
姫様と陛下にそう言われては引き受けないわけにはいかない。
私は膝をついて承知した。
その後、祝いの宴が催された。
酒は遠慮したかったのだが、姫様についで戴いたので断るわけにもいかず……。
「なんだ強いじゃん。さ、もひとつ」
姫様がまたついでくださりながら言う。
「どうも。しかしこれ、美味しいですね」
いや本当に口当たりが良くて美味でつい何杯も飲んでしまった。
「ぶどうのお酒なんだけど、そっちには無いの?」
「これがそうなのですか。聞いたことはありますが、我が国では手に入らないのです」
いや切支丹となる証として飲むもので作るのも禁止されたとか聞いたが、どうなのだろう?
「そうなのね。あ、もしよければ帰る時のお土産にどう?」
「ありがとうございます。父も喜びますよ」
「ナンナ、藤次郎さんは十五歳で成人したばかり。飲ませすぎたら駄目よ」
ベル殿がやってきて何か小声で言われている。
「何言ってるのよ。酔わせてベロベロになったところを……ふふふ」
「あ、いいわね。……って駄目でしょ」
「ヨダレ垂らして言っても説得力ないわよ。ベルも一緒にしよ」
「う……う」
なんだろう、やはりよく聞こえない。
というか、飲みすぎたせいか眠気が……うう。
「あ、藤次郎さんはお疲れのようですね。私がお部屋までお連れします」
「あたしも一緒に行くわ。恩人なんだからそのくらいさせて」
うう、私はまだまだだな。
父上は結構飲んでも酔わないのに。
ああ、申し訳ないが、もう意識が……。
部屋に着いた途端、藤次郎はソファーに倒れた。
「どうやら寝たようね」
「ええ。さあさ、脱ぎ脱ぎしましょーねー」
ベルが藤次郎の衣服に手をかける。
「何よベル、もうノリノリじゃない」
「ええ。考えてみれば美少年を襲うチャンスなんて二度と無いわ。さ、ひん剥いて」
「どうする気だよ?」
「へ?」
見ると藤次郎が起き上がっていた。
「お姉さま方、やるからにはやられる覚悟もあるんだろうな?」
酔っているせいなのか、口調も荒くなっている。
「え、えと?」
「もしかして、酔って人格が変わった?」
ナンナとベルはこれヤバいと感じて震え出した。
「ふふふ……さあてと、ふん縛って」
あ~れ~!?
「まったく難儀な娘さん達だな。まあ本当にするのは可哀想だから、夢でな」
倒れているナンナとベルの側で言うのは、羽織袴姿で頭は丁髷の、歳は三十くらいだろうかの男性。
その彼が手をかざすと、二人の姿が消えた。
「姫様の寝室で話していて、仲良く寝てしまったという事でな」
そして彼は酔いつぶれた藤次郎を抱き上げ、ベッドに寝かせた。
「よく来てくれたな、藤次郎……すまないがこの世界を頼むぞ」
藤次郎の頭を撫でながらそう言った後、姿が消えた。
翌朝、藤次郎を見送ったナンナとベルは、
「ねえベル、あたし達いつ寝たっけ?」
「さあ? ……ところで」
「うん。夢オチってかあれ、夢だったのかな?」
「二人して同じ夢って、もしかするとあれも夢世界だったんじゃ?」
「そうかもね。ちょっと悔しかったから出てきちゃったのかな」
「自分が四大守護者だったらよかったのにって?」
「うん、ベルも同じ思いでしょ?」
「ええ。もし私達が四大守護者だったら一緒に旅ができて、そして……」
「二人纏めてお嫁さんにしてもらえたかもね」
「諦めてないわよ。あの方が救世主なら、何人いてもいいじゃない」
「あ、そうね。じゃあベルが第一夫人、あたしがその次ね」
「あら、ナンナが第一夫人じゃなくていいの?」
「最初に会ったのはベルでしょ。だからいいの」
「いくら藤次郎殿が救世主でも、お前らをそう簡単にやってたまるか」
王がしかめっ面で言った。
「あらお父様、あたしはともかくベルにもそう言うの?」
「ああ、ベルも娘当然と思っている。親友達の忘れ形見でもあるのだからな」
「陛下……」
「さてと、ここから一番近いのはこの辺りか……四大守護者とはどのような方なのだろうな」
藤次郎は地図を見ながら呟いた。
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