第29話 六花と璃奈
「達希君、帰ろっ!」
SHR《ショートホームルーム》終了後、六花がそう言ってこちらに来た。
「いいよ」
六花の誘いを受けて教室を出ようとすると後ろからその腕を誰かに掴まれた。
「まっ、待って」
振り向くと声の正体は、顔を真っ赤にした璃奈さんだった。
「わ、私、一緒に帰る人がいなくて……」
だから一緒に帰りたいってことかな。
「わかった。芹沢さんも一緒に帰ろう」
璃奈さんは、ぱぁぁっと花が開くように笑みを浮かべた。
いいよね?と確認をとるために六花の方を向くと一瞬、むくれ顔だったのだが
「璃奈ちゃんも一緒に帰ろっ」
と即座に表情を切り替えてそう言った。
近くにいた蓮が、いいねぇーと茶化してきたが
「まだ、そんなんじゃないからね」
と六花に肘で小突かれて沈黙を余儀なくされていた。
対して璃奈は、もじもじと俯くばかりだった。
「新しいクラスはどうだった?」
電車を降りて駅からの帰り道―――六花が気遣ってか、そう尋ねた。
「うーん……皆さんいい人ばかりで良かったです……」
「そう、ならよかった」
「それと……斉川さんのフォローにすごく助けられました。本当に……ありがとうございました」
ペコっと六花の方を向いて璃奈さんは頭を下げた。
「……そう言われると、こそばゆいよ」
六花もまんざらではないらしく、にヘヘと笑いながら頬を掻いていた。
「達希君が、いきなり連れてきちゃったから心配したんだ。急いては事を仕損じるっていうでしょ?」
ジト目で僕の方を見ながらそう言った。
「……自分の意思で行くって決めました。それに殻を破ってくれたのは……たっ、達希君なので。私としては、何も問題はなかったですし、それどころかこうして行くことができて嬉しいっていうか……なんというか……」
胸に手を当てて自分の心に訊くように、璃奈さんは言った。
「そんな風に言われるとなんだか照れるね」
何かを人のためにしてそれで喜んでもらえるのは嬉しいことだ。
「達希君って案外、気が回るんだね?」
何かもの言いたげに六花が言うが何を言いたいのかは、よくわからなかった。
「もう少し、私の言いたいこと、想っていることに感づいてくれると嬉しいな……」
何を言いたいのかを考えているとしびれを切らしたように六花が呟いた。
小声だったが、聞き取れたので一応、謝っておく。
「ごめんね、気付けなくて」
「えっ、あ、今のは、聞かなかったことにして」
六花は何でもないよ、と言いたげに手を胸の前で振った。
何か察することがあったのか璃奈さんは笑っていた。
そして訳知り顔で
「達希君、いい人ですもんね」
と言った。
「あ、私ここ曲がるからっ。ちゃんと責任もって璃奈ちゃんを送っててね」
逃げるように六花は曲がり角へと姿を消した。
いつも曲がるのはもう少し先のところなんだけどな。
「行こうか」
六花を見送ってまた歩き出す。
「その……うんと……」
何か言いたげに、璃奈さんはスカートのすそをキュッと握った。
「どうしたの?」
「私、達希君にも感謝しています。というか……達希君に一番感謝していますっ」
璃奈さんの頬は夕焼けのせいもあるだろうけど、いつもより赤らんで見えた。
「ありがとう。でも君の背中を一番、押したのは智菜さんの方だよ。僕は、その手伝いをしたに過ぎないから。だから智菜さんの方にもちゃんとありがとうって言うといいよ」
「はっ、はい」
智菜ちゃんは、ほんとに姉のことを大切に思っているいい子だ。
彼女が璃奈さんの学校復帰を強く願っていることは、彼女からのメッセージで伝えられた。
『姉は、知らない人とのコミュニケーションが苦手で、学校に行くことをあきらめたんです。でもそれじゃあ人生をあきらめてしまうことになります。私自身、説得を試みては来ましたが私一人では、力不足です。何かきっかけが、人に求められること、人を必要とすること、それがきっかけになればきっと行けるようになると思います。だから、姉の学校復帰を手伝ってください。本人も高校受験を受けてるのできっと行きたいはずなんです』
智菜ちゃんのメッセージには強い願いは、僕を動かす力があった。
「璃奈さんの脱不登校を応援して欲しいって言ってきたのは智菜さんだから」
あれが無かったらきっとこんなことはしていないだろうと思う。
そんなことを話しているうちに璃奈さんの家の前に来た。
そこにちょうど、一台の車が止まる。
「おかえり、璃奈」
「お、お母さん!?」
車の運転席にいた女性と目が合った。
その女性がニコッと笑って
「璃奈、学校に行ったと思ったらもう男の子を連れてきたのね」
サラッと、とんでもないことを言った。
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