あっちもこっちもイベントだらけ
アルラウネのミントとカナタたちが遭遇していたのと同じ時間、公国の方ではシドーが頭を悩ませていた。
カナタから依頼されたマイクの開発、その進捗は悪くなく既に形としては出来上がっていた。
「……こんなもんか」
シドーの目の前には普通のマイク、というよりはどこか人の頭の形を象ったものが置かれている。
「カナタから依頼されたのは音声を吹き込むためのマイクだけど……何となくASMRってもの用途を聞くとこんな形の方が立体感あるよなぁ」
カナタがシドーに対して依頼したマイクはそもそもこのような形はしていないのだが、これはあくまでシドーがこれなら良いんじゃないかと編み出した発想だ。
奇しくもこのシドーの考えはカナタの前世で存在していたダミーヘッドバイノーラルマイクを完璧に再現していたのである。
「けど……素材がなぁ」
造形は完璧であり、カナタが調節を行うことで更に官能的な声の表現も可能になるというわけなのだが……ここで一つ、最後の問題が発生した。
今までと違う特殊な機構であるからか、上手く魔力を流し込んで動作しないのだ。
一体なぜ、それを考えた結果一般では出回ることのない特殊で高価な鉱石が必要だと結論だが出た。
「……俺の稼ぎじゃ買えねえし、かといって金があっても公国には売られてねえんだよなぁミスリル鉱石」
ミスリル鉱石、それは鉱石の中でも特上とされる鉱石だ。
質も強度も申し分なく、主に最高位の冒険者や国の重鎮の装備に使われる鉱石だが如何せん手に入りづらく金も掛かるのだ。
他の鉱石でも代用は可能、しかしシドーはどうして手を抜きたくなかった。
「最高のマイクを頼むと言われたんだ。なら最高の物を作らないで職人を名乗れるかよクソッタレが」
それはシドーの職人魂だった。
何かあったら連絡してほしいをカナタに言われているため、相談をしようかと端末を手に取ったその瞬間だった。
「失礼するわ」
バタンと音を立てて入ってきたのはアテナだった。
シドーが住まう工房に似つかわしくない豪華な服装に身を包んだアテナは形になったマイクを見てほぉっと声を漏らした。
「これが例の?」
「はい。形はあくまで俺の考えですけど、カナタも気持ちを入れることが出来る造形ではないかと思います」
「……ふむふむ」
人の頭の形をマイクに見立てたのはアテナも想定外だったらしく、興味深そうに眺めているが反応から察するにウケは良さそうだ。
シドーがカナタの全面的な協力者になってからというもの、巡り巡ってアテナとも親交も増えてきたため、こうして彼女がシドーの工房に直接訪れることも珍しくはなくなっていた。
「それで? 形に出来てもどこか納得というか、物足りなさそうな顔をしていたようだけれど?」
「はい……」
シドーは素直に事情を説明した。
今の状態でもマイクとしての役割は最低限果たせるものの、シドーが思い描くと同時にカナタが最大限のパフォーマンスを披露するためにはミスリル鉱石が必要であることを。
「なるほどね。ふふ、あなたは一体何を悩んでいたの? そんなこと、私に相談すれば良いのに」
「いや、流石にミスリル鉱石はかなりの値段ですし――」
「私は公爵家の令嬢よ? 分かってるのあなた」
「……そうでしたね」
公爵家、つまりは金持ちということだ。
こうして資金面は解決され、ミスリル鉱石についても当てがあるということでシドーはホッと息を吐く。
「それで? いつまでその堅苦しい喋り方をしているのよ?」
「……でも」
「でもも何もないでしょうが。昔馴染みでしょう?」
ちなみにこの二人、身分の違いはあれどかつては共に遊んだことのある昔馴染みでもあった。
平民と貴族ということで関わりは絶たれており、お互いに忘れていた過去だったがカナタという共通の知り合いが出来たことで再会したのである。
「それであれ以降愚か者共のちょっかいは?」
「ないよ流石に。あいつらも公爵家を敵に回したくはないだろうしな」
シドーが全面的にカナタに協力するということはつまり、その支援を全面的に行うのがアテナになるため、シドーにちょっかいを掛けるということはアテナを敵に回すということだ。
今まで底辺だと見下していたシドーの台頭に関しては嫌な目で見る人間が多いものの、アテナの支援とサポートが手厚いためシドーの生活は一変していた。
「ミスリル鉱石だけど近いうちに取り寄せるわ」
「早くねえか?」
「だって公爵家だもの」
「……………」
金と権力はやっぱり凄いんだなと、シドーは改めて権力者の力を知った。
公国でのそのようなやり取りがされ、カナタたちの方もミラを連れて村に戻った夜のことだ。
メザとアスタが腕によりをかけて作った料理が振舞われた。
月に三回ほど村にやってくる商人から買った魚介類、ミラが狩ってきた動物の肉を使った料理である。
「これ、とても美味しいですね」
「カナタ君はこれを食べて育ったのね」
「美味しいです凄く!」
平民の作る料理が貴族の口に合わない、なんてことはなく女性陣三人は本当に美味しそうに食べていた。
カナタとしてもかなり久しぶりの故郷の味になるわけだが、王都で口にしたどんな食事にも負けない美味しさに満足した様子だ。
(……うめぇ、この味だよなぁそうだよなぁ)
涙が出そうとは行かずとも、それくらいに懐かしくもあって一種の感動だった。
夕飯を終えると体を風呂の時間になるわけだが、流石にこのような田舎の風呂ともなると小さいので一人ずつしか入ることは出来ない。
「ま、こんなド田舎だけど風呂くらいはあるから安心してくれ」
「もう少し広ければカナタ様と一緒に入れましたのに」
「本当よね。すっごく残念だわ」
「残念です!」
だからそういうことを言うんじゃないよとカナタはジト目を三人に向けた。
順番に一人ずつ体を洗うことになったことで、最初に向かったマリアを除いてカナタたちは暇になった。
適当に雑談でもしながら時間を潰している中、ふとカナタがこんなことを呟くのだった。
「でも俺がまだチビの時は酷くてなぁ。お湯を出すとミニワームがうにょうにょ出てきたっていう最悪の光景もあったっけ」
「……それは嫌ですね」
「うわぁ……」
それは意図して思い出さなければ風化している記憶である。
いつものようにボロボロのシャワーの栓を開いた瞬間、お湯に交じってミニワームが出てきたのはトラウマだった。
流石に今となってはそのようなことは起きないが、もしもマリアの身に同じことが起こったら確実に事件性のある悲鳴が響き渡ることだろう。
「それはそれでとても楽しそうですが」
「……アルファナさ、結構マリアに対して遠慮がないよな?」
「ですね。言ってしまえば昔からの知り合いでもありますから。同年代だと彼女が一番私にとっての仲の良い同性と言えますね」
「なるほどなぁ」
「あ、異性はカナタ様ですよ♪」
「っ……」
ニコッと微笑みながらの不意な一撃にカナタの心臓は撃ち抜かれた。
さて、このようなやり取りが増えてくるとカナタに対して心酔しているだけのミラもおやと首を傾げるようになる。
彼女が抱くのはまだ恋心ではないのだが、それでも女の勘というものは敏感に反応してしまう。
「カナタ様! 私も一番親しい異性はカナタ様です!」
「……おう」
カナタは照れ臭そうにしたので、この言葉選びは間違ってないのだとミラは満面の笑みを浮かべた。
二人に見つめられながらカナタは今日のことを思い起こし、大変なこともあったが充実した里帰りであることだけは確かだ。
(……ったく、本当に色々なことが起こる今年だなぁ)
そもそもの始まりはどこからだったか、おそらくはアルファナを起点として色々なことが連鎖するように齎されたようにも思える。
大変なことだらけだが、騒がしくも楽しい日々を手繰り寄せてくれたのは間違いなく彼女たちだった。
そんな風にカナタもカナタで笑みを零そうとしたその時――。
「きゃああああああっ!?」
それはマリアの悲鳴だった。
「マリア!!」
何事かとカナタがマリアの元に向かうと、どこから侵入したのか結構大きめのミニワームが顔を見せていた。
マリアは髪の毛を洗っていたらしく、気を抜いていた瞬間に目にしたので悲鳴を上げたのだと思われる。
「カナタ君!!」
マリアはカナタを怒ったりすることもなく、むしろ来てくれてありがとうと言わんばかりにカナタに抱き着いた。
「ま……マリア……」
「……あ」
サッと体を離したマリアだったが、完全にカナタはマリアの全てを見てしまった。
相手は王族なので時と場合によっては極刑を言い渡されてもおかしくはないラッキースケベなこの展開、マリアは頬を真っ赤に染めてボソッと呟いた。
「……えっち」
「ごめんなさい!!」
もちろんマリアもカナタの行動は心配してくれた故のことだと理解しているのですぐに笑って許してくれた。
「まあでも、見られちゃったわね」
今日の配信、やっぱりやめてしまおうかと思ってしまうほどにカナタはドッと疲れるのだった。
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