第90話 複雑に絡み合う思惑

カペルとの話でひどく疲れた。それに、あの場から離れても、何故か違和感というか、イライラが収まらない。一体、何なんだろう、この感じは?


「ご主人様ぁ〜?」

「旦那様…どうしたんじゃ?」


俺の様子がおかしいことに気がついたのだろう。2人が、不安そうな、案ずるような顔で俺に話しかけてきた。その2人の顔を見た、俺は、思わず両手で2人を、抱きしめてしまった。


「「!!!」」


2人は突然のことに、一瞬だけビクっとなったが、すぐに力を抜いて、受け入れてくれた。2人の体温、柔らかさ、匂い…嫌な感情が中和されていくように感じた。


「いきなりごめん」

「全然気にしてないのじゃ。いつでもギュッとしてよいのじゃぞ?」

「そうですよ〜ご主人様ぁ〜何だったらぁ〜これからぁ〜ベッドの上でぇ~続きを〜キャッ!」


恋人の2人に対して、こういうことをすること自体はモラルとしては問題ないだろう。しかし、いくらなんでもいきなり過ぎたし、甘え過ぎだ。抵抗なく受け入れてくれた2人の優しさに、感謝しなくては。


「2人とも、ありがとう」

「ご主人様ぁ〜なにかぁ~あったんですかぁ?」

「何故か、さっきの騎士と話をしてから、もやもやとしたというか、イヤな感じが止まらないんだ…いまもまだ続いている…2人のお陰で大分収まりはしたけどね…」


少し、気分が落ち着いてきたので2人を離した。2人の体温が何とも名残惜しくはある。


「ふむ…やつは、自分のギフトを神魔眼ヴィジョンと言っていたのう」

「そんなことを言ってたね」

「なんと言うか、高レベルのギフト特有の、魔力とは違う気配とでも言おうかのう…それが纏わりつくよう、というか覗き見されていると言おうか、旦那様の言いたいことは妾も、何となく、わかる気がするのじゃ」


精霊族エレメンタルならではの特別な感覚、ということか。


「ルカの言う、纏わりつく、というのはまさにその通りというか…ねちっこいし、生理的な嫌悪感が走る」

「ふむ…なるほどのう…しかし旦那様、あのカペルとやらは、ほんとうにねちっこいみたいじゃぞ?」


ルカが指さした先、治療院の入口前に、何とさっきの騎士たちが陣取っていたのだ。咄嗟に、彼らに見つからないように、物陰に隠れる。


「は?どういうことだよ?何をしているんだ?」

「さっきの捕獲したやつについての報告についてだとしても、随分と早すぎる対応じゃのう?」


アンがす、と俺の手を取る。


「私にぃ〜お任せください〜体力も回復してきましたのでぇ〜感覚強化をもう1度使いますぅ〜」


確かにさっきよりはアンの顔色は、よくなってきている。かなり回復してきたようだ。


「無理はするなよ」

「もう、全然〜平気ですよぉ…感覚強化アドバンスドセンス!」


魔法を使ったアンは、騎士たちのいる方に耳を向けて集中し始めた。しばらくして、やつらの話を聞いているであろう、アンの顔色がどんどん曇っていった。


「な…あの騎士たち…ご主人様を〜暴行の容疑でぇ~捕まえようとしていますぅ〜」

「は?」


それを聞いたルカが、フン、と鼻を鳴らす。


「ハメられた…ということじゃな?黒装束たちは、暗殺者ではなく、旦那様を暴行の容疑者にしたてる役割だったのじゃな…」

「ご主人様ぁ〜どうしましょう〜??」


騎士が権力でゴリ押してきただと?何のために?そもそも、これは、あの騎士の独断だろうか?あの騎士の上の、貴族が噛んでいるのか?


まずい、こちらに情報がなさすぎる。キチンと調べないと反撃できないな。


「俺らだけで情報を集めるのはさすがに無理だろう。どこから手を付ければいいかすらわからないからな」

「まずは権力者に会うのはどうかのう。とりあえず、身近なところならば、ハンター協会の本部長に掛け合ってみるのはどうじゃ?」

「そうだな、ルカの言うとおりだな。なら、ハンター協会の入り口の方に回ってみるか」


カペルたちに見つからないように、治療院の入口とは反対側にある、ハンター協会の入り口に回ってみる。すると、今度は協会の入り口付近が、妙にものものしい雰囲気になっていた。


というのも、協会の建物前にハンターが何人もいて、怒鳴り合い、押し合い、もみ合いをしていたのだ。


どうやら、建物の外側から内部に押し入ろうとしているハンターと、建物の内側から入れさせないようにしているハンターがいて、そこで争いが起きているようだ。


「なんだ?何が起きているんだ?」

「何だかぁ〜言い争っているようにもぉ〜見えます…あれぇ?」

「アン?どうかした?」

「外側からぁ押し入ろうとぉ〜している人を指揮してるのぉ〜あれぇ〜副本部長じゃあないですかぁ〜?」


確かに、あのだらしない身体は副本部長だ。押し入っているハンターたちの最後尾で偉そうに、踏み込めだとか、もっと攻めろ!とか指揮?をしている。


「あのくそ副本部長は、なにやってるんだ?」

「副本部長がぁ〜指揮しているハンターはぁ〜見かけないぃ〜ハンタ〜ばかりですぅ〜」


ニーアが『副本部長が、見慣れないハンターを呼び集めている』なんて話をしていたな、そういえば。副本部長が集めたハンターたちということか。


逆に内側にいるハンターは顔見知りが多い。治療院の診療室で、治療をした記憶のあるハンターもちらほらいた。


そして、いつのまにか先程のねちっこい騎士カペルが、こちら側に回ってきていた。さっきまで治療院近くに居たというのに、騒ぎを聞きつけてきたのか?


「ご主人様ぁ〜…なんかぁ〜やつまでこっちにぃ~来ましたぁ…」

「ち、面倒だな…」


するとカペルは、副本部長に近寄り、何かを耳打ちしだした。あいつら、繋がってやがったのか。


「我々は、本部長の癒着と利権を糾弾するものである!」


ぶるぶると腹を震わせて、副本部長が大声を張り上げる。伊達に腹がでていないというか、声がめちゃくちゃでかくて驚いた。これなら、この混乱中でもよく響くだろう。


「本部長は特定のハンターに対して、明らかな癒着をして、特別な計らいをしている。さらに…」


副本部長はニヤニヤとした顔になり、カペルと目を合わせる。カペルは、何らかの書類を掲げた。


「この騎士カペルによると、癒着したハンター、階級7のシダンには、暴行の容疑がかかっている。これが逮捕状だ!」


カペルの掲げた書類を受け取った副本部長は、ドヤ顔でその書類を周囲のハンターたちに、見せるように突きつけた。


「うっせー副本部長てめーこそが癒着と利権のオンパレードだろ!銭ゲバデブめ!」

「シダンくんはそんなことしないよー」

「本部長に成績が勝てね~からって捏造してんなクソ野郎。顔だけじゃなくて、性根もひん曲がってんな!」


何か内側にいるハンターの野次がひどいことになっていた。副本部長、人望がないんだなぁ。


と、協会前の混乱を物陰から、観察していたのだが、何故か隠れてみているはずの俺の方をカペルがじっと見てきた。そして、カペルは、ニヤリと陰気な笑みを浮かべる。


「旦那様…ヤツ…」

「うん。俺らに気づいているということか」

「ふむ。ヤツが妾たちに気づいたのは、たぶん、これが原因だと思うのじゃ…」

「これ?」


ルカは、右手の人差し指で、何もない空中を指してグルグル回した。


「旦那様も言っておった、このさっきからの、ねちっこい違和感じゃ。恐らく、ヤツの神魔眼とかいうギフトで、例えば、監視みたいなものをされているのではないかと思うのじゃ?」

「なるほど。ランクAのギフトだからな…それくらいできてもおかしくない」


ギフトで監視か。このねちっこい感じ、監視されていると言われるとひどく納得できる。


「このベタつくような何とも言えない感じ…あの騎士が纏っていた気配にひどく似ているしのう」

「監視されているとなると、厄介だな…」

「ふむ。だから、妾がちょいとばっかし対策をするのじゃ…」


自信ありげにニカっと笑うルカ。ギフトの効果を阻害するなんてできるのか?


「対策?そんなことができるの?」

「ちょっと待つのじゃ…えーと、そうじゃ」


思い出したのか、指をパチンと鳴らした。


知識・移動・困難ケン・ラド・ハガル


呪文とともに、ルカを中心に、空気の波のようなものが通り過ぎていった。その波が過ぎ去ったあとの空気は、清浄化されたと感じるほど、さっきの気配が霧散していた。


「今のは!?」

「探知されるギフトや魔法を遮断する魔法じゃ?さっきの纏わりつく感覚が消えたじゃろ?」

「確かに…」


物陰に隠れてカペルの様子を見てみる。すると、先程のヘラヘラした態度が一変して、慌てて周りをキョロキョロしていた。なるほど、俺を見失ったのだろう。


「さて、効果がどの程度持つかは、相手のギフトの強度次第じゃ…急いで動くのじゃ!」


ルカに促されて、すぐに行動を開始する。ハンター協会の建物の裏手に回って…ここには出入り口はない…。ここからうまく忍びこめれば中に入れるだろう。


ハンター協会と治療院の間は、2階に通っている空中の渡り廊下で繋がっている。その間は1メートルもなく、ようするに、裏路地になっている。


「さて、ここから登って屋上から建物に入るかな」

「お…屋上からですかぁ〜??」

「おー簡単だぞ…若木の根ルート


足の裏から伸びた若木の根ルートが、ハンター協会の壁をつたい、屋上まで伸びていく。


「ん。何か柱かなんか掴んだな…よし」


アンとルカを若木の根ルートで優しく包んで、上に引っ張り上げる。俺は自分の若木の根ルートを掴みながら登り棒の要領で登っていく。


3階にあたる屋上に登り、そこから建物内に入る。2階の半分以上は吹き抜けになっていて、1階の様子を見ることができる。


物陰から見ると先程の押し合いで、内側が負けたようだ。1階ロビーは外側から来た連中に占領されていた。


どうやら2階に通じる大階段で睨み合ってるようだ。


「旦那様、先に本部長の部屋に行くのが優先じゃ」

「そうだな。あとにしよう」


奥にある本部長の部屋には何度か足を運んだことがあり、すぐにわかった。途中、何人かハンターとすれ違ったが、全員が1階の階段に向けて、走っていっていた。


部屋を開けると…大柄な鬼人族デーモンの男性が椅子に座っている。彼がロクフケイの本部長だ。


「来たな…よく、あの1階の惨状から、ここまで来れたものだな」

「俺は、上から来ましたので」

「上から?まぁいい、シダン、お前が来てくれたのなら、これでまだ少し逆転の目がある」


何か、勝手に本部長の計算のうちに、俺が頭数として入れられているんだけど…。


「1階のアレはなんですか?あのクソ副本部長はなにをやってるんですか?」

「俺も全貌は掴めてねぇんだよ…原因探ったら、その原因は、別にあったとかの繰り返しでよ…兎にも角にも、お前のハンター証を貸せ」


言われた通り本部長にハンター証を渡すと、魔法道具に俺のハンター証を通した。そして、1つの模様を付けると俺に返してきた。


付いてたマークは、盾の上に馬車の絵が書かれているものだった。


「つーことで、本部長権限で、シダンにシマット商業国内、統制委員ルーラーの権限を渡す。まずは、いまの事態を収めてほしい」

「今の事態?いや、もはや今の事態が何を指しているかもわからないですが…」


本部長は、ため息をついた。


「まずは、いまハンター協会で起きているクーデターを収めてからだな。で、ないと何もできん」

「クーデター?つまり、あれって、副本部長がクーデターを起こしたということですか!?」

「そういうことだ」


偽アダマンタイトを追っていたら、暗殺者に狙われて、騎士に冤罪をかけられたのを晴らすために、ハンター協会に来たら、クーデターとな?


「あああ!もう!!俺に今、何が起きてこうなっているのか、わかりませんッ!!!」

「いや、シダンが何に困ってるのか想像がつかなくて申し訳ないが…時間がない。まずは、副本部長の確保から頼む!」

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