第89話 『35食目:キナッシュミルク』
武器屋から出て、監視から逃れるように移動していくと、小さな公園が見えてきた。
「監視役がぁ〜居なくなりましたねぇ〜ほかにぃ監視している人はぁ〜いませんねぇ〜」
周囲を目線だけ巡らせて見回したアンが、そう言い切った。
公園の入り口の少し手前に『キナッシュミルク』というものを売っていたので、持ち帰りで3人前を購入した。そして人気ない公園のベンチに座って休むことにする。
『キナッシュミルク』は、ヤギミルクにいくつかのスパイスを溶かしてつくる飲み物で、店によって調合が違ったりするのが、また面白い。
ここの店のものは、かなりスタンダードな味でシナモンっぽいスパイスであり、飲み物の名前の由来にもなってるキナッシュと、ジンジャーっぽいスパイスのジーガに、かなり細かく粉砕したイチゴっぽいイベリー、少しのコショウ(これは表記同じ…)を混ぜたやつだ。
たぶん地球と全く同じものを、同じように混ぜ込むとバランスが悪いんだろうけど、こっちのは絶妙なバランスで成り立っている。ちなみにホットだ。
ジンジャーの香りが、飲むと気持ちをホッとさせて、リラックスできる。『キナッシュミルク』はほかの店のものを何度か飲んだことあるが、この店では初めてだった。悪くない…今度また飲もう。
ゆっくり何口か飲むと、アンも一落ち着きしたようで、小声で話を始めた。
(ここ10日ほどの記憶を見ました。あの男は武具担当の鍛冶の統括みたいな立場みたいですぅ~)
(なるほど、記憶を探る相手としてはバッチリだな)
(はい〜いろいろと気になるところがぁ〜あるのですが…まず1つ変わったものが…。3日前の夜の記憶ですが、ある男〜…えーとぉ声からしてぇ〜たぶん〜男だろうだとはぁ思うのですがぁ〜…顔がぁはっきりしない〜不思議な記憶がありましたぁ〜)
(はっきりしない??)
(はいぃ〜。あー『シダンは排除しなくてはいけない』という言葉はぁ〜朧気なぁ〜記憶に残っていましたぁ〜)
(俺を排除させる?武器職人に?)
(いえ〜どうやらそれは『顔がハッキリしないの男』のひとり言みたいなのを〜たまたまぁ〜耳にしたぁという〜感じでした〜)
偽物の
(それとぉ〜ほかのことはぁ〜はっきり覚えているのにぃ〜何故か偽
(なるほど…
(古い記憶だとぉ〜よくありますがぁ〜…これだけ近い記憶でぇあんなにボンヤリするのはぁ〜明らかにぃ〜何らかのぉ〜魔法かぁ〜あるいはぁ〜ギフトなどによるぅ〜操作がぁあると思いますぅ〜)
ギフトや魔法ね。ギフトも、
魔法なら光系統魔法に、幻術があるから、可能ではあるだろう。しかし、そんなに露骨に幻術を見せてくるやつと話したりするだろうか?
(ちなみに、俺らを監視していたのは?)
(それも、どうやら『顔がハッキリしないの男』の依頼みたいですぅ~もし店に来たらぁ〜監視をするようにぃ〜とぉ~言われていたぁ~みたいですぅ~。だから偽の
(結局、組織的かどうか、という点はどう思う?)
(あの店の中のぉ〜話ですとぉ~武具担当の統括が〜個人的にやったぁ〜のでしょうがぁ〜背後にぃ~外部の組織がぁ〜ある〜というのがぁ〜妥当ですぅ~)
(個人的なやらかしとして一旦、本部長に話を上げて手を引くべきかなぁ)
(うーん。でもぉ~ご主人様ぁ〜にぃ悪意がぁあるのがぁ~腹たちますぅ〜タイミング的にぃ~治療院にきたぁ~刺客とぉ~背後はぁ〜同じ可能性が高いですぅ~)
ただ、俺らは調査組織じゃないからなぁ。ルカが護衛としてついてるし、深入りすると、やぶ蛇になりかねない。
「いずれにしても、アン、良く頑張ってくれた、ありがとう」
「へへ〜ご主人様ぁ〜いっぱい褒めて〜めちゃくちゃにぃ〜可愛がってぇ下さいぃ〜」
「ん。あ、ああ」
褒めると、ニヘラ、と蕩けそうな程、嬉しそうな顔をするので、こっちまで顔が赤くなってしまう。
「あ〜れ〜ご主人様ぁ〜私の可愛さにぃ〜照れてしまいましたぁ〜?」
「うん。アンがあまりにも可愛すぎたから、照れた」
「〜ッ!!」
俺が褒めたら、途端に真っ赤になって両手で顔を隠すアン。こう返されると弱いんだから、俺のこと、からかわなきゃいいのになぁ。
「旦那様〜妾も褒めるのじゃ!」
「唐突だな〜。でも、精霊族の目は助かったなぁ。瞬間的に、
「違う!違うのじゃ!」
「ええええ?」
「もっと可愛いとか、好きだとか、愛してるとか、いうのじゃ!」
「ルカ、可愛い、好き、ア・イ・シ・テ・ル」
「雑ゥ!」
やんのやんの言うルカは、まぁ、なんだか妹っぽさもあり、やっぱり可愛いよなぁ。ロゼッタ、リーゼ、アンもみんなそれぞれの魅力があって、可愛くて4人4様で、良い子だよなぁ。
そんなことを考えていたら、まだ、なにか言ってるルカの頭を思わず撫でてしまった。シルクみたいな触り心地の髪の毛が、俺の指の間をハラハラと流れていった。
「あ…」
「悪い…なんか、思わず撫でちゃった…」
「い…いいのじゃ…旦那様は、そのまま撫で続けるのじゃ!」
なーでなーでなーでなーで。キレイな髪の毛が絡まないように一方向に流すようになでる。つるっつるの髪の毛の心地よさに、もう1度もう1度と、何度も何度も撫でてしまう。
「はっ!?」
触り心地が良かったので、ついつい無我夢中でなで続けてたのだが…。突如現れた、あまりにも野暮で不粋な感覚に邪魔をされて、我に返った。
(旦那様〜さっきの監視役とはまた違うやつがいるのじゃ!殺気があるのじゃ…妾たちを襲うつもりかのう?)
(そうだろうねぇ。監視役から交代したのか?『顔がハッキリしないの男』に、もう連絡がいったのか?いずれにしても…アンは疲れてるから、2人で対処しよう)
アンに目配せをして、俺らに任せるように確認する。アンは「お任せしまうぅ」と小さく頷いた。
「来たのじゃ!
黒い装束に身を包んだ男が2人、ナイフのようなものを持って、上空から飛びかかってきた。が、目の前に現れた氷の大きな壁にぶつかって止まる。
「
そして、ぶつかって空中で止まっている黒装束たちを、着地よりも前に、下から掬い上げるように打ち上げる。空中の黒装束たちは、もちろんまともに身動きが取れないまま、
「ガァっ!?」「ゲハっ!」
「
「全く…白昼堂々と、暗殺を仕掛けてくるとはね、何を考えているんだか…」
黒装束たちの顔を隠している頭巾を捲ってやろうと近づく。すると、2人の暗殺者の口からガキ、という何かを砕く音がした。まもなく暗殺者の口の端から、血が溢れてくる。
「ち、自殺かよ!潔いいなっ!
「妾も…
「がハァ!」
2人いる黒装束たちが、息を吹き返して、何ごとか?と驚いて周りをキョロキョロ見た。ここは天国じゃないよ?かと言って地獄でもない、現世だからね?俺がいるのに、毒ぐらいで死なせるわけないじゃーん?
「残念。俺の能力を調べてこなかったのね」
「!!!!」
「さーて、俺の寮でゆっくりお話を聞こうかな?」
では、束縛したまま、家へこいつら引っ張っていこう、そう思ったとき。ザザ、と俺に近づいてくる複数の影があった。
「へへ…少々、お待ちを…」
少しねちっこい声に振り返ると、左肩にトゲが着いた
その先頭に立っている俺と変わらないくらいのひどく若い騎士が、やたら、ヘラヘラとしている。恐らく今、俺に話しかけてきたのはこの男だろう。
「何か?」
「へへ…大変申し訳ねーんですが、容疑者の引き渡しをお願いしたく…へへ」
「容疑者とは…この黒装束たちのことか?」
「左様です…へへ」
はー。いやなタイミングで出てきたな。
当然、街の治安維持は、その国の騎士や兵士の仕事で、ハンターに警察権や捜査権などはない。だから正当な権利として主張されると、こちらとしては断ることができない。
「こっちが襲われても、手を出さず、制圧されてから現れて、横取りとは…ねぇ」
「へへ…そう言われちまうと、こちらとしても恐縮ですが…へへ…ハンターの方に治安維持までお任せするわけにはいかなく…へへ」
頭を掻く、騎士の男。妙に腰が低い割に、何か芯に絶対的な自信のようなものを感じる。明らかに面倒臭そうなヤツだ。
「あんた、名前は?」
「へへ…騎士のカペルと言います。ハンターシダン…へへ」
「…俺のことを知っている、と」
「へへ…私めと、ハンターシダンは似ているところが多くてですね…へへ、勝手に親しみを持っていたんですわ」
なんなんだろうなコイツ…。こいつと話していると、とてもイヤな感じがビリビリしてくる。生理的な嫌悪感というやつか?
「親しみ…ねぇ」
「へへ…私めは、
「へーすごいなぁ」
突然、何て爆弾投げ込んできやがる。カペルの爆弾発言に対して、なんてことないように返すことができた俺を褒めてほしい。なるほど、こいつの先程から感じる、妙な自信の元はランクAのギフトってことか。
しかも
「ところでハンターシダンは…」
「なんだ?」
明らかに胡散臭い上に、何か腹に一物を抱えているこいつと、正直あまり長く話していたくない。余計な情報を探られてしまいそうだ。だから、俺は感情を隠すために、ぶっきらぼうに返す。
が、騎士カペルは、そんな俺の態度にすら何かを察したのか、嫌らしい笑みをさらに深めた。
「地球って知ってますかね?…へへ」
「!?」
しまった。思わず、表情に、驚いた反応が僅かだが出ちまった。
こいつ…マジかよ…立て続けに、なんてことを言いやがるんだ。さっきのランクAギフトの話ですら、単なる撒き餌で、俺の、この反応を引き出すためだったのか。やられた。
くそ。やはり、こいつにこれ以外付き合うのは、危険すぎる。
俺は、自分が転生した存在だという情報を、流石に誰にも公開をしていない。
というのも、これまでいくつかの文献を見たりしたが、過去にそういう例がこの世界であったかどうかを、確認できていないのだ。だから、この話をすることのリスクが測れず、一切、口にしてない。
「チキュウ?ちょっと何のことか、わからないな」
「へへ…そうですかい…私めの勘違いなら…へへ…良いんですけどね…へへ」
こんな誤魔化しは、このカペルとか言うやつには通用していないだろう。俺の驚きの表情でカペルは何かを確信したはずだ。
だが、表向きであっても、知らない、と主張することにも一応、意味はある。言質は取られていない訳だしな。とはいえ、これ以上の失態はできない。話を強引に切り上げることにした。
「話は以上か?以上なら、失礼するぞ」
「へへ…嫌われちまいましたね…へへ」
「…アン、ルカ、行こう…」
開放した黒装束たちを地面に落とし、俺は踵を返した。こいつと会話していると、妙に、不快で、イライラしてくる。
2人を伴って、俺は治療院への帰路を急いだ。
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