第70話 北限の疾風

キースさんたちが受けていたのは、リザ村の周辺で、モンスターが多発する時期なので、半年ほど滞在して狩る、という仕事だった。


これを放っておくと、すぐにロクフケイまでモンスターが流れてくる。そのため、毎年行われる恒例の任務らしい。


もちろん、俺たちもキースさんと同じこの任務を受けることにした。


リザ村は、ロクフケイから見ると山側に半日〜1日登ったところにある。


さらにそのプリズーガ山の向こうにはカナノ歴国があるが、プリズーガ山は、それ自体が大きな森林地帯であり、モンスターの住処である。


隣国ではあるカナノへ、プリズーガ山を超えていくのは無謀である。一般的には、シマットの南側、ブキョウ博国の北端をかすり、その西隣のナギス畜産国を通り、北進してカナノ歴国に入るのが一般的だ。


「ところで、リザ村ってどんなところなの?」

「うーん。ものすごい田舎だよ?狼人族ワーウルフが多いけど、ほかの種族の人たちもいる」

「へーそうなんだ」

「村というより、ロクフケイにモンスターが溢れてこないように狩るための野営地って意味の方が強いかも?村の人の数から見てハンターの人の割合がかなり多いし」


リザ村は、こういったモンスターを狩るために作られた野営地が発展して出来た村らしい。


道中特にモンスターには出会わず、リーゼと雑談をしながら、山を登っていく。久々の帰郷のためか、リーゼの足取りも少しづつ早くなっていった。


半日ほど山道を登り続けて、夕方前には、リザ村についた。


入口を見てみると、確かに、小さな村だ。ただし周辺を厚みのある木材…というよりも丸太そのもので覆っていて、村というより、砦とか山城いう方が近いように感じる。


外側からは中の様子が全く伺えないが、壁のあちこちには櫓が立っていて、周囲を警戒しているようだ。


リーゼに案内されるまま、リザ村の入口に来ると、狼人族ワーウルフの、俺らと同年代くらいの少年が2人、手に斧を持ち、周囲を警戒して…要するに門番の様に立っていた。


「よっ、2人とも元気?」


リーゼが片手を上げて、そんな軽い挨拶をする。一瞬、目を丸くした門番の少年たちは、リーゼに気づき、すぐに破顔した。


「リーゼちゃん!」

「ハンターになったんじゃないの?何で戻ってきたんだ?」


リーゼの知り合いか。小さい村って聞いていたから、そりゃあ当然、村人は知り合いばっかりだよなー。


「ツーカも、ミーダも元気そうだね。今回、ボクは、ハンターの仕事としてリザ村に来たんだよ」

「そっかー。で?その後ろのヒョロイのは?何だ?従者か何かか?」

「逆、逆!」

「は?」

「ボクはシダンに初めて会ったときに決闘を挑んで、手も足も出なかったんだ!だからシダンは、ボクのパーティーのリーダーだよ」

「な…なんだとぉ!!」


すると、リーゼのその話を聞いた門番二人が激昂して、俺を睨みつけてきた。おいおい、こいつら何を勘違いしているんだ?


「キサマ!リーゼちゃんが世間知らずだからと、卑怯な手を使ったな!!」

「許すまじ!この場で成敗してくれる!!」


そういうや否や、問答無用で2人がかりで手に持った斧で襲いかかって来たのだ。おい!こっちの言い分すら聞かないとか、狼人族ワーウルフ、短気すぎるだろ!


巨人の双腕ギガントアームズ


10本束ねた若木の根ルートが、地面から2本生えてくる。そして、太さ2メートル、長さ10メートルはある巨木に圧倒されて、足を止めていた狼人族ワーウルフを上から叩きつけた。


勢いよく襲いかかってきた癖に、情けないやつらだ。一応、リーゼの知り合いらしいから、手加減はしてやろう。大きな怪我をさせても可哀想だからな。


「あがっ!?」

「キャイン!?」


巨木に伸し掛かられて動けない2人だが、さらに巨腕でぐるぐる巻きにした。何するにしても、まずは完全に無力化してから、だな。


巨腕の抱擁ギガントホールド!」

「シダン、お願い、この2人…悪い人ではないから…手加減を…」


うーん。悪い人たちではない、というのはそれは飽くまでリーゼにとって、である。まだ、どうもリーゼは、狼人族の悪い癖に無頓着なところがあるようだ。


この少年たちのとった行動は世間一般からすると、かなりヤバい行動なのに、それにピンと来ていないのは問題がある。


「申し訳ないけど、話も聞かずにいきなり2人がかりで、しかも武器を持って襲いかかってくる人は、良い人とはいわないよ…」

「うぐ」

「世間一般では、それを暴漢とか、強盗とか、呼ぶんだよ?相手が俺じゃなかったら、単なる犯罪者として裁かれてもおかしくないからね」

「はうっ!?」


そう。街中でやったら、騎士か憲兵にでも捕まってそのまま牢屋に打ち込まれる所業だ。


「俺がもし、普通の人だったら、死んでたよ?それでもこの人たちいい人かな?」

「う…うぐぅ…」


そんな話をしていると、俺の巨腕の抱擁ギガントホールドに掴まれた2人が、何かをわめき出した。


「リーゼちゃん、騙されるな!」

「そうだ!そいつは何か卑怯なことをしているに決まっている!」


頭が悪すぎるけど、これこの村に入るための通過儀礼イニシエーションだったりするの?このワンちゃん相手に、どこまでやるべきなの?


「それだけ弱いのに、口先だけは、達者にキャンキャンキャンキャン…情けねぇやつらだな。まー武器を持って襲い掛かってきたのはお前らだからな…正当防衛も成り立つ…」


ギュッと締め付ける強さを上げる。巨腕の抱擁ギガントホールドは、それぞれ俺10人分のパワーがあるのだ。狼獣人ワーウルフ相手でも、こういう力技もある程度できるようになってきている。


「もう面倒だし……殺るか?」

「「ヒッ!?」」


そう脅して、俺が睨みつけると、途端に耳がペタンとなり、尻尾が股の内側に入った。おいおい弱すぎるだろ。


さて、こいつらここからどう懲らしめようかな、いやもう充分かな?とか考えていたら、後ろから声がかかった。


「シダン君、彼らの肝も冷えたみたいだし、そのあたりにしてあげてくれるかな?」


それはひどく懐かしい声だった。振り返ってみると…やはり、居たのは懐かしい顔だった。


「キースさん…それにマリーさん、チャドさんも…お久しぶりです」


※※※※※※


「ほんっとうに済まなかった!キースさんが度々お話していた若くて優秀なハンターのシダンさんに何てことを…この通り、許してほしい!おら!お前ら頭下げろぉ!」


キースさんとともに門まで様子を見に来たリザ村の村長であり、リーゼの父親である、ザインが、平謝りで頭を下げていた。そして、2人…門番の少年2人…の頭を掴み、ガン、とすごい音がするように頭を下げさせた。


「「すみませんでした」」


あれはかなり痛そうだな。だからと言って、まったくもって、同情はしないがな。


「この2人はリーゼに惚れていましてな。それなのに決闘で負けた、と聞いて、いても立ってもいられなくなったようです」

「決闘…ああ、狼人族ワーウルフの掟というやつですか?」

「そうです」

「俺は、決闘で勝ちましたが、リーゼと結婚はしてませんよ?飽くまで掟は、群れのリーダーになるとの話だったのでパーティーを組んだだけです」

「な、なんですとおおおお!?」


俺の説明に今度はザインさんが激昂しだした。狼人族、沸点低すぎるし、キレるポイント分かりづら過ぎるわ!


「うちの娘の、めっちゃくちゃ美少女で、ギフトも恵まれている、最高の娘のっ、何が気に食わないと言うのですかッ!!!!!」


このおっさん、親バカまでこじらせとるぞ〜。


「…人がハンター協会で受付していたら突然、人を詐欺やらコネやら因縁つけてくるわ、決闘をしかけてくるわ、決闘では不意打ちしてくるわ、負けたのに勝手に着いてきて結婚しろと大騒ぎするわ…」

「「うっ!?」」

「今の話は、全て、会ってから1時間くらいの出来ごとですけど?いきなりそんな子と結婚したい!ってなります?」


ギギギ、ときしむ音が聞こえそうな感じで、ザインさんはリーゼの方に首だけ向けた。


「…リーゼ…シダンさんの言ってることは本当なのか?」


俺が並べ立てた文句に、ザインさんの怒りは、一瞬で鎮火してしまったみたいだ。さっきの頭空っぽ門番とは違って、人の話を聞く脳味噌は持ってるみたいで安心した。


「ううう…お父さん…本当です…いきなり因縁つけて、決闘仕掛けて、不意打ちしました…」

「リーゼよ…お前は…」


ザインさんが額に手を当てて、天を仰いだ。


「取り敢えず、今は素早い判断力と、高い突破力に助けられてはいますので、良い仲間だとは思っています」

「おお。では結婚を考えられて…」 

「それは…まだ…保留で…」

「…」


ザインさんが肩を落とした。リーゼを受け入れかけている気もするが、もうちょい考える時間もほしいしね…。


少し気まずい沈黙が続いたからか、それを破るようにキースさんが明るい声を出した。


「その話はまた、今度にしましょう。いい加減この入口で騒ぐのもあれだし、シダン君とあとリーゼちゃんだっけ?2人がよければ、ここで一緒に拠点登録をしないか?」

「はい。俺もそのためにここまで来たんで」

「じゃあ、この村のハンター協会に案内するからついてきて」


キースさんに着いていくと、1分も歩かずに小さな建物の前に来た。木造の、都内にある小さな一軒家、というくらいの大きさだ。


「ここがリザ村のハンター協会だ。ほら入った入った」


キースさんが扉を開くと、中には受付のカウンターと、その内側には、凛とした顔立ちの、狼人族ワーウルフの女性が1人座っていた。


「ルーリちゃん、この2人パーティー登録と拠点登録…あ、北限の疾風ノースゲイルへね、加入お願い」

「わかりました…。お二人共ハンター証の提示をお願いします」


俺とリーゼがハンター証を出すと、受付のルーリさん……キースさんにルーリ、と呼ばれていたからそういう名前なのだろう……は、一瞬だけ眉をピクっとさせてから、受け取り、また事務作業を始めた。


凛とした表情にぴったりの、余計なことを聞かないタイプ…プロな感じの女の人だ。


「はい、シダンさんとリーゼさんのパーティー登録と拠点登録済みました。ほか何かありますか?」

「特にありません」

「それでは北限の疾風ノースゲイルの皆さんは、引き続きのお仕事、よろしくお願いします」


旅立ちから、半年。仕事を受けながらだから、かなりの時間がかかったが、ようやく旅立つ1つの目的だったキースさんのパーティーに入るということを果たすことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る