第84話 平穏?な日々

祝福の若葉ブレス


俺は目の前にいる龍人族ドラゴンニュートの少女の左肩に手を当てながら、そう呟いた。すると、そこが数秒光り、すぐに光が収まる。


「はい。治りましたよ」

「お、おー?」


龍人族ドラゴンニュートの少女は、左肩を中心に左腕をグルグル回す。そして、特に問題ないことがわかったのか、ニカリ、満面の笑みを浮かべる。


「せーんせー。かんっぺきに、なおったゾ!」

「はい。よかったですね。ただ、ヴァネッサさんは少し戦い方が粗いのか怪我が酷いのが気になります」


何せ、ヴァネッサは、肩から先の腕が千切れていた状態でここに来たのだ。傷口を無理やり焼いて止血してここに来るという、とんでもない無茶苦茶ぶりだ。よく止血のために傷口を焼くときにショック死しなかったものだ。


「でも、せーんせーが、ばっちし、なおしてくれたゾ!」

「私でも治せない怪我があります。そうなったらもう戦えなくなりますよ」

「それは、こまるゾ」

「だから、もう少し、ご自愛してくださいね」

「…はいだゾ…でも、こんかいは、ぶきが、いきなり、こわれたんだゾ!おれは、わるくないゾ」


龍人族ドラゴンニュートの少女、ヴァネッサは、ここ、俺の診察室の常連だ。最初は只人族ヒュームなんてーって、差別意識がすごかったが、1度治したら、態度が急変した。


「武器が壊れた?ヴァネッサさんの武器、不変硬鋼アダマンタイト槍斧ハルバートですよね?1月くらい前も壊れてませんでしたか?」

「うーん。そうだった、きがするゾ、せーんせー、このおの、このまえも、こわれたゾ」


いくら、龍人族ドラゴンニュートが使い方が荒くても、不変硬鋼アダマンタイト槍斧ハルバートが、そんな頻度で壊れるだろか?不変硬鋼アダマンタイトの武器は、荒く使っても、年1回のメンテナンスで軽く10年は使えるようなものなのだ。


「そうだ!せーんせー、おれ、いいことをおもいついたゾ!」

「良いこととはなんでしょう?」

「せんせーが、おれの、こいびとになれば、ずっと、そばで、かいふくが、できるから、しんぱ…ヒッ!?」


ヴァネッサの顔が、俺の背後を見るや否や、引きつった理由は見なくてもわかる。俺の背後で、世界一カワイイはずのアンの顔が、般若みたいになっているのだろう。


だから俺はヴァネッサさんの平穏と、般若と化しているだろう恋人に笑顔を取り戻すために、こう言うのだ。


「ヴァネッサさん、ゴメンなさいね。私には、すでに恋人がいるので、それは無理なんです。それより無理をしない戦い方を心がけてくださいね」

「は…はいなんだゾ!」


俺の話に、ヴァネッサは、しきりにアンを気にしながら、診察室から出ていった。後ろ髪引かれながら、それでもやっぱりアンを怖がりながら。


「ふう…この喋り方…疲れるなぁ」

「トラブル防止のためぇ〜あとぉ誰でも〜距離感を一定を保つためぇ〜どんな相手でもぉ丁寧な言葉使い〜ってしましたけどぉ」


…良かった。話しかけてきたアンの顔は、いつものアンだ。カワイイヤッター!


「それなりに成果出てない?」

「トラブルはぁ〜たしかにぃ少ないですぅ〜でもぉ距離感の方はぁ〜うまくいってないですぅ〜」


治療院の中に設置された俺用の部屋…2LDK…で、実質、アンとの同棲生活を始めてから1年経った。季節は夏を過ぎて、秋収穫期。俺は14歳になっていた。背も、また伸びて前世は余裕で越えて、175くらいはある。


「私というぅ〜恋人がぁ同じ空間にぃ〜いるのにぃ逆ナンパァする不届き者がぁ〜1日1人はぁ〜いますぅ。普通ならありえませんよ〜」

「アハハ…うーん。俺はアンに愛されてるなぁ〜」


ちなみに同棲してはいるが、アンに、まだ手は出していない。いくら恋人になったとは言え、ロゼッタもリーゼも帰ってきてないのに、手を出すのはちょっと違う気がするのだ。


ちなみに、ロゼッタとリーゼからは『もうすぐで良いものが手に入りそう。手に入れたら帰る』という手紙がつい先日届いた。とは言え仕事をしながらの帰還だろうから、あと半年くらいはかかるだろうと見ている。


それまでは、絶対に手を出さない。間違いなく、手を出してしまったら最後、二人に対して、何をしてもあがないきれない罪悪感が芽生えるだろう。


二人に義理立てとかそんな高尚な話ではない。単純に罪悪感を抱きながら、アンに手を出すことが、自分としては、イヤなのだ。


手を出すなら、そういう罪悪感なしに、心置きなく、気持ちよく、いきたいものだ。そう決めているし、そう決めたし、もちろんアンにもそのように説明している。


ちなみに、精霊族エレメンタルのルカについては、つい最近、それらしき人物がいることがわかった。どうやら、ハンターをしているらしく、頻繁に、移動をしているそうだ。


最近では、マーリネ国内に居たようなので、主要都市のキワイトとコーダエのハンター協会には、伝言を頼んだりした。残念ながら、返事は来ていないが。


「人違いだったのかなぁ…うーん」


ルカはさておき、ほかの3人との関係は、昔の、はっきりしてない仲じゃなくなっている。つまり明確に『恋人』なので、そこらへん前と違って意識的に態度を変えている。


だから、例えば、堂々といちゃつく。ま、アン相手だと余り変わらない気もするが、少なくとも俺は言葉や態度にしてはいる。ヴァネッサを明確に断ったように。


恋人ではないけど、姉もずっと探しているんだよねぇ。こちらは只人族ヒュームだから、ヒントが、少なすぎて、影も形も見当たらないけど…。


そんなことをぼんやりと考えていたら、また診察室のドアが開いた。新しい患者かと思ったら…入ってきたのは、明らかに患者ではない、1人の中年男性だった。


「何か御用ですか?副本部長?」

「ふん…相変わらずガキの癖に女を侍らせてちゃらちゃらしおってからに…」


開口一番、嫌味を垂れてきたのは、ロクフケイ副本部長のファッターだ。事務方上がりで、金の勘定は上手いが、どうもハンターを馬鹿にしている節がある。


「副本部長、大変申し訳ありませんが、頭と顔と心の治療はできかねます」

「は?」

「いえ。その酷い頭と、醜い顔、歪んだ心は私のギフトで治療できないんです。すみませんねぇ」

「酷い頭だと!蛮族風情が!」

「その蛮族風情に、先日、帳簿の計算速度で負けた蛮族以下はどこの副本部長でしたっけ?ねぇ?」

「く!こっ!の!」


こいつがハンターなぞ、バカだ、頭が悪い、など言うので、帳簿の計算・記入スピードで勝負を挑んでやったのだ。


一応、前世で就職の何かの足しになるかもと、簿記3級を取っておいて役にたったわー。


まさか教育のきょの字も知らないハンターに、帳簿の計算で負けるとは思わなかったのだろう。


「あれ?ギフトもない、モンスターも狩れない、蛮族より計算もできない。なんで副本部長なんてやってるんですかー?」


ちなみに、ロゼッタにイカ臭ハンターがついて回ったのは、こいつのせいだ。こいつが、わかってて敢えて人が行かなそうなところにばかり、ロゼッタを回して、頭数を揃えるのに使っていたのだ。


「クソが!覚えてろよ!」

「すぐに忘れますー」


結局、何をしに来たんだあいつ。何で、ああやって言い返されるのに来るんだろうなぁ。実はマゾだったりしないよな。


「副本部長はあれですけどぉ〜本部長はまともですよねぇ」

「ああ、本部長はハンター上がり、副本部長は事務上がりなんだけど…。副協会長の方が数字に強くて、事務はそれなりにできるみたいだが、ハンターへの理解が薄くて、どうもハンター使いが致命的に下手くそなんだよなぁ」


ここで俺を治療係として使ってくれるように手配をしたのは本部長だ。そして、俺が怪我を治すようになってから、ロクフケイの任務達成率と定着率が上がっているらしい。


それで本部長の株がまた上がったから、仲の悪い副本部長として、俺が目障りで仕方ないんだろうなぁ。


「そういえば〜ご主人様ぁ〜そろそろニーアさんがぁいらっしゃっる時間ですよ〜」

「もうそんな時間か…アンは準備できた?」

「はぁい〜」

「ん。今日もメイクもバッチリ、髪の毛もキレイに纏めて、いつも通りの、可愛くて、俺が大好きなアンだね」

「う…うぐぅ」


1年も一緒にいるのに、たくさん褒めると、こうなるから、まだ慣れてないみたい。うーん、ホントにアンは可愛いなぁ。あんまりやると、怒られるからこれくらいで辞めとくけど。


ニーアは、以前、俺がロクフケイに来たばっかりのころ、ハンター協会の本部受付の場所を教えてくれた鬼人族デーモンの女性だ。


彼女は、鞭を使っている。鞭は射程が長く、威力に比して、与える痛みが強い武器だ。そのため、ハンターでは、近接戦闘の足止めとして重宝される。


ニーアのように鉄の棘が付いていれば、痛みのみならず、威力に関しても十分なものが望める。


「今日も裏庭だよね?」

「はいぃ〜そうですぅ〜」


移動しながら一応、アンに確認する。


「でもぉ〜だいぶ〜鞭を使ったぁ戦い方を〜学んでぇきたんじゃ〜ないですかぁ?」

「そうだね…以前に比べると、振ったときの威力も段違いだからね」


俺は、巨人の腕ギガントなどをよりうまく運用するために、1番形状の近い「鞭」の扱いを覚えようとしたのだ。


そこで、ロクフケイで話したことのあるハンターで、鞭を扱っている人物として、彼女に使い方の教授を頼むことにしたのだ。


最近は若木の根ルートを使った義足も慣れてきて、歩いたり、立ったりくらいなら滑らかに出来るようになってきた。


走ったり、あるいは狩りのような変則的な動きは、まだまだぎこちないし、長距離の移動などはとても難しいが。


「お、来たな、シダン。では始めようか!」

「じゃあ、お願いします」


俺の方が階級が上だとかで、妙に改まった口調だったが、お願いして、こういう口調にしてもらった。年上からあそこまで畏まられたりすると、変な感じがするからだ。


まずは、基本の振り。手元…俺の場合は根元?で回転させてからの振り。


地面を叩くように交差させた2連撃。地面を大きく叩くことで、相手に警戒をさせたりもする。


振って、まだ先端がたわんでいるときに手首を返すように強く引くことで、鞭の先端が加速し、威力が増す。


鞭は、長さの先にある鞭の先端と常に繋がっているため、その制御によって、広い射程内の敵をコントロールできるのだ。


そういった、もっぱら鞭の使い方をメインに習ってきた。威力ある攻撃や、素早く2回以上打つ方法、しならせたり、あるいは叩きながら掴んだり、など。


「はー。シダンは飲み込みがいいな!」

「ありがとうございます…巨人の指フィンガー


若木の根ルートを使いながら、地下茎を5本束ねたぐらいが1番バランスかよいことがわかり、もっぱら、この巨人の指フィンガーをよく使っている。本数も4つ同時に出せるが、丁寧にかなり細やかに、操れるのもこのあたりが限界だ。


巨人の鎖棍フレイルでは、本数を束ねすぎてきて、相手がよほどの大型でない限り、大雑把過ぎる。バランスのよい巨人の指フィンガーを、今後はよく使うことになるだろう。


「もう今日で教えることができることはほとんどなくなったな…そうだ、シダン?良かったら、卒業記念とまではいかないが、アンさんも一緒に3人で飯でも行かないか?」

「いいですね。アン?一緒に行こうよ?」


アンを見ると、行く気、十分みたいだった。今夜はパーリーナイト?

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