第56話 狩り祭り・前
あれから、数日たち、狩り祭り当日になった。
時刻は昼前。12時ちょうどになったら、
「謁見の間で野盗の件を追求したからか、その後、面倒くさいやつが絡んでくることはなかったな」
「アンをナンパしてた、弱々近衛も全裸にしちゃったしね」
あの鉛筆の粗品な近衛な。結構な数のメイドさんに見られていた上、小さい小さい囁かれていたから、当面の間、(精神的に)再起不能だろうな。
「シダン様の強さがわかったから、あれ以上は、シモイシも墓穴を掘ることになると思ったのでしょう」
馬車の窓から覗きながら、お嬢様がそう言う。
この兵士の構成は、
兵士は万が一のときの護衛であって、狩りには参加しない。
審判や兵士については、開始前にアンの
「始め!」
侯爵閣下直々の開始合図とともに、俺たちは、馬車の前に立って、割り当てられた森に足を踏み入れていった。
キワイト周辺の森は、何本か、狩り祭りのために馬車道が整備されている。そして、お互いが相手に対して、どの馬車道を使うかを指定できることになっている。
だからお互いに相手が使う馬車道に細工をしておくことは可能だ。しかし、馬車道に罠なんかを仕掛ければ、犯人が簡単に割れるので、やらない。不正としてペナルティが課されるだけだ。
だからと言って、こちらが小細工をしなかった訳ではない。
「相手の馬車道付近のモンスターを、昨日まで、ひたすら狩りまくったよなぁ」
馬車道は指定できるため、その馬車道周辺のモンスターを狩りつくして、そもそも得点を取りにくくした。これくらいなら、狩りの仕事をしていただけと主張できるので、不正と判定されることもない。
「モンスターが出なければ得点にすることができないもんね。毎日かなりの数を狩って、大変だったよ」
「あれだけ狩れば、向こうは大した得点は出せないだろう」
ほかの小細工はしていない。ショークがいない向こうには、これだけで充分だと判断したからだ。
しかし、何だろうな。この森に足を踏み入れた瞬間から、背筋に、ものすごくピリピリするような、ジリジリと焼けるような、感覚が離れないんだよね。
「この森…何か嫌な予感がするよ」
リーゼが不安そうに呟く。
「リーゼもか…」
「うん。これだけ濃密な感じなら、何も感じない方がハンターとしては、どうかと思うけどね」
「確かにそうだな。警戒は怠らないようにしよう」
そのとき、弾かれたようにリーゼが頭を上げて、目の前の、森の奥の方をじっと見つめる。
「早速、お出ましみたいだね」
進行方向、50メートル先に、人の背の高さほどの位置に頭がある2足歩行のトカゲを見つけた。
2足歩行と言っても人型ではなく、脚を真ん中に、尻尾と上半身で、振り子的にバランスを取っている、いわゆる恐竜スタイルの2足歩行だ。
そのため、頭の位置は人の頭だが、頭から尻尾の先までの体長は5メートルはある。結構でかい。
「こいつは、
「1匹しかいないみたいだし、飛び道具でさっさと始末しちゃうか?」
「おっけー、じゃあ、ボクに合わせてよ…1…2の…」
「「3」」
俺の攻撃手段はもちろん
「セイッ」
「
石と斧は、吸い込まれる様に
「
審判が平坦な声で告げる。狩り祭りの得点は、キワイト中心街の広場に大きく張り出されていて、しかも審判の判定がタイムリーに反映されるらしい。
別に魔法道具とかではなく、審判が連絡して、それを広場の担当が大きく書き出すというだけだが。
こんな感じのため、毎年、市民の間では楽しみになっていて、広場には出店が出ているそうだ。
ちなみに跡継ぎが決まって、さらにまだその後継が争う年齢出ない場合は、ハンターだけを有志で募って、領主一族を連れ立たずに、狩り祭りをするらしい。
実はそっちの方が参加チームが多くて盛り上がるとか。
「まるで、野球の試合みたいだなぁ…」
「ん?なにシダン?ヤキュウノシアイ?」
「あーなんでもない独り言」
その後、慎重に馬車道を進んだが、1時間ほどかけて、順調に
ここまでで得点は合計で134点。
「向こうの馬車道を、ボクとシダンで事前に狩りをしていたときには、適性階級が2と3のモンスターだけだったよね」
「そうだったよな。2と3だけで134点を稼ぐのは、なかなかに大変な気がする」
ましてや、向こうはショークのパーティーが棄権したのだ。予備の…あのズッコケオヤジが担当ハンターらしい。この時点で得点だけで考えれば、お嬢様の勝ちはほぼ決まったもんだ。
が、
何故なら、こんな状況に陥ったというのに、シモイシは少しも絶望しているようには見えなかったのだ。つまり、何かの策があるのだろう。
でも、だからって、これ以上、シモイシに何ができるのだろうか?わからないなぁ。
考えごとをしつつ、警戒は怠らず、しばらくの間、馬車道を進み続けていたのだが…。
「あれー何かモンスター、急に見なくなったね?」
「確かに…
リーゼのボヤキにそう返す。
しかし、森に入ったときからしている『ピリピリ』は、弱まるどころか、さらに強くなってきているのだ。モンスターを全く見かけていないというのに…何なんだこれ。
これは、もしかして、シモイシ側のハンターも、こっちと同じように、こちらの馬車道付近のモンスターを、狩り尽くしたのだろうか?
いや…俺たちが相手の馬車道にやったように、こちらでたくさん見かけた
ズッコケの階級は、ちら見したのだが、4だった。安全に
「じゃあ、このモンスターが出てこない状況はなんなんだ?」
「何なんだろうね。でも、モンスターがいないのに、森に入ったときに感じたピリピリが、もうズキズキくらいになってるんだ」
2人揃って、この状況に首をかしげていたが、ふいにリーゼが「あ」と小さくつぶやいた。
「いたいた!シダン、あっちにまた
「なんだ、良かった。見つからなかったのは、たまたまだったのかなぁ??」
聴覚と嗅覚に優れるリーゼが、前方に
慎重に歩を進めると…確かに
こっちが風下であることを確認して、向こうが気がつく前に攻撃仕掛けようと飛び道具を準備し始めた。が、ヤブを突いていた
そして、グルルという低い哭き声とともに
「ち、気づかれたか!」
「この状況で気がつくなんてカンがいい
風下にいて、
こちらを向いた
「これは、もう殴って倒すしかないよね♪」
リーゼが嬉しそうにそんなことを言いながら
「まったく…殴り倒さなきゃいけない状況になんでリーゼは嬉しそうなんだよ…」
とは言え、この勢いで接近をしてきたら、近接戦闘が避けられないのも確かだ…。頭を切り替えて、リーゼのサポートに回ることにしよう。
そう思い、改めて
そのときだった。
「
「ちょ…ちょ…シダン!?あいつを見て!」
俺も気づいている。
咆哮を終えた
おいおいおいおい。この変化は…まさか…ウソだろ!?知識としては知っている。知ってはいるが、こんなことが2連続であるもんかよ!!!
「くそ!またかよ!ウッソだろ!?」
「え?なに?またってナニ!?」
「またなんだよ!!」
「また?また、なんなの?」
俺は思わず絶叫した。結局、リーゼのフラグが回収されちまったじゃねーか!
「また、変異種ってことだよ!!!ありえねぇぞぉ!!」
変異種はランクAのギフト持ち。つまり、この世に一匹しかいない、レア中のレアなのだ。
「おかしいだろ!俺らの討伐デビューから2連続で変異種とかさ!」
俺の理不尽に対する怒りの絶叫を聞いて、リーゼは却って頭が冷えたようだ。
「………お嬢様たちは、ものすごーく下がってて。こいつヤバすぎる」
そう、お嬢様を下げるよう、兵士たちに指示を出した。お嬢様を乗せた馬車が、道を逆向きに、下がっていく。
変異種に2回連続なんて、宝くじ1等に2連続で当たるようなもんだ。いくらなんでも運が悪いとか、そういう言葉で片付けるべきではない。違う可能性を考えるべきだ。
最も考えるべきは、シモイシが、何らかの手段で、
どうやって、こんな怪物仕込んだのかまではわからない。だが、それでも、そう考える方が遥かに自然だ。
モンスターにお嬢様が殺されれば、事故ということになる。シモイシの狩り祭り前の、余裕があった表情も、この工作をしていた、と考えれば色々と辻褄があう。
人族全般に対して、異常な執着を見せ、命尽きるまで攻撃を止めない、やっかい過ぎるモンスターと言われている。というか、厄介すぎるなんて言葉では表現できない。
では、なぜ討伐の適正階級が7なのか、というと、ギフトの特性があまりにも危険すぎるが故だ。
「シダン、こいつのギフトを教えてよ」
「ああ、こいつのギフトは、
「え?じゃあ私の
「うん。近づいてきたら、もう駄目だと思う」
「嫌だーもったいないー」
「リーゼ、この
「え?どうなるの?」
「体液は、神経毒でもあるので、当たったところが動かせなくなる。腕に当たれば腕が動かなく、首を掠れば嚥下障害に、胸に当たれば心臓麻痺だな。そして、神経が侵されるのでめちゃくちゃ痛い…らしい。もちろん、わずかでも傷がある手で体表面を殴っても同じだからな」
「うへぇ」
近づいてきた
「あれ?ボク、何だか避けられた?」
「そうだ。リーゼが近接戦闘を得意なのがわかったんだろう」
「ええ?ただの蜥蜴が?なんで?」
「これもギフトだよ。
「知力ぅ!?」
これも
「そう、知力だ。かなり珍しいものだが、ほかに例がないわけでもない。この知力ブーストにより、本能のみ、トカゲ程度の知恵しか持たないはずの
リーゼが近づこうとすると、俺を軸に使って、反対側に逃げる。俺がリーゼと
「うううう!逃げてばっかりで腹が立つぅーー!!」
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