第56話 狩り祭り・前

あれから、数日たち、狩り祭り当日になった。


時刻は昼前。12時ちょうどになったら、狩り祭りハンティングフェスが始まる。ちなみに、時刻も地球表示と全く一緒だ。俺としては、混乱しなくて楽ではあるけどね。


「謁見の間で野盗の件を追求したからか、その後、面倒くさいやつが絡んでくることはなかったな」

「アンをナンパしてた、弱々近衛も全裸にしちゃったしね」


あの鉛筆の粗品な近衛な。結構な数のメイドさんに見られていた上、小さい小さい囁かれていたから、当面の間、(精神的に)再起不能だろうな。


「シダン様の強さがわかったから、あれ以上は、シモイシも墓穴を掘ることになると思ったのでしょう」


馬車の窓から覗きながら、お嬢様がそう言う。


狩り祭りハンティングフェスで、お嬢様たちは、馬車に乗る。アンも、お嬢様の馬車に同乗している。さらに馬車の周辺は兵士が5人囲んでいて、そのうち一人は審判だ。


この兵士の構成は、狩り祭りハンティングフェスのルールで決まっているので、シモイシも全く同じ条件になっている。


兵士は万が一のときの護衛であって、狩りには参加しない。


審判や兵士については、開始前にアンの精神探査メモリーサーチをかけ、中立の立場であることは確認している。シモイシ側の審判もだ。さすがにそういった不正はできなったようだ。


狩り祭りハンティングフェスの制限時間は3時間。この間に倒したモンスターが得点となる。


「始め!」


侯爵閣下直々の開始合図とともに、俺たちは、馬車の前に立って、割り当てられた森に足を踏み入れていった。


キワイト周辺の森は、何本か、狩り祭りのために馬車道が整備されている。そして、お互いが相手に対して、どの馬車道を使うかを指定できることになっている。


だからお互いに相手が使う馬車道に細工をしておくことは可能だ。しかし、馬車道に罠なんかを仕掛ければ、犯人が簡単に割れるので、やらない。不正としてペナルティが課されるだけだ。


だからと言って、こちらが小細工をしなかった訳ではない。


「相手の馬車道付近のモンスターを、昨日まで、ひたすら狩りまくったよなぁ」


馬車道は指定できるため、その馬車道周辺のモンスターを狩りつくして、そもそも得点を取りにくくした。これくらいなら、狩りの仕事をしていただけと主張できるので、不正と判定されることもない。


「モンスターが出なければ得点にすることができないもんね。毎日かなりの数を狩って、大変だったよ」

「あれだけ狩れば、向こうは大した得点は出せないだろう」


ほかの小細工はしていない。ショークがいない向こうには、これだけで充分だと判断したからだ。


しかし、何だろうな。この森に足を踏み入れた瞬間から、背筋に、ものすごくピリピリするような、ジリジリと焼けるような、感覚が離れないんだよね。


「この森…何か嫌な予感がするよ」


リーゼが不安そうに呟く。狼人族ワーウルフは、俺のような只人族ヒュームよりも感覚が鋭いからな、そういうイヤな気配を一層、感じているのかもしれない。


「リーゼもか…」

「うん。これだけ濃密な感じなら、何も感じない方がハンターとしては、どうかと思うけどね」

「確かにそうだな。警戒は怠らないようにしよう」


そのとき、弾かれたようにリーゼが頭を上げて、目の前の、森の奥の方をじっと見つめる。


「早速、お出ましみたいだね」


進行方向、50メートル先に、人の背の高さほどの位置に頭がある2足歩行のトカゲを見つけた。


2足歩行と言っても人型ではなく、脚を真ん中に、尻尾と上半身で、振り子的にバランスを取っている、いわゆる恐竜スタイルの2足歩行だ。


そのため、頭の位置は人の頭だが、頭から尻尾の先までの体長は5メートルはある。結構でかい。


「こいつは、二足蜥蜴ガルギウスだね…シダン、どうする?」

「1匹しかいないみたいだし、飛び道具でさっさと始末しちゃうか?」

「おっけー、じゃあ、ボクに合わせてよ…1…2の…」

「「3」」


俺の攻撃手段はもちろん苗木の根ルートによる投石。リーゼは斧の投擲だ。


「セイッ」

投石スリング


石と斧は、吸い込まれる様に二足蜥蜴ガルギウスに向かって飛んでいく。先に当たった石の衝撃に、二足蜥蜴ガルギウスが体をくの字に曲げたため、リーゼの、胴を狙った斧が、キレイに首を刎ねる形になった。


二足蜥蜴ガルギウス、討伐適正、階級4、得点16。カトリーヌ様、合計点16」


審判が平坦な声で告げる。狩り祭りの得点は、キワイト中心街の広場に大きく張り出されていて、しかも審判の判定がタイムリーに反映されるらしい。


別に魔法道具とかではなく、審判が連絡して、それを広場の担当が大きく書き出すというだけだが。


こんな感じのため、毎年、市民の間では楽しみになっていて、広場には出店が出ているそうだ。


ちなみに跡継ぎが決まって、さらにまだその後継が争う年齢出ない場合は、ハンターだけを有志で募って、領主一族を連れ立たずに、狩り祭りをするらしい。


実はそっちの方が参加チームが多くて盛り上がるとか。狩り祭りハンティングフェスで人気のハンターパーティーもいるらしい。


「まるで、野球の試合みたいだなぁ…」

「ん?なにシダン?ヤキュウノシアイ?」

「あーなんでもない独り言」


その後、慎重に馬車道を進んだが、1時間ほどかけて、順調に二足蜥蜴ガルギウスを4体、合計5体、ほかにも突撃猪チャージボアを6体も倒すことに成功した。


ここまでで得点は合計で134点。


「向こうの馬車道を、ボクとシダンで事前に狩りをしていたときには、適性階級が2と3のモンスターだけだったよね」

「そうだったよな。2と3だけで134点を稼ぐのは、なかなかに大変な気がする」


ましてや、向こうはショークのパーティーが棄権したのだ。予備の…あのズッコケオヤジが担当ハンターらしい。この時点で得点だけで考えれば、お嬢様の勝ちはほぼ決まったもんだ。


が、狩り祭りハンティングフェス開始直前に審判なんかを精神探査メモリーサーチしていたとき、たまたま見たシモイシに、俺は理由もなく、寒気を感じた。


何故なら、こんな状況に陥ったというのに、シモイシは少しも絶望しているようには見えなかったのだ。つまり、何かの策があるのだろう。


精神探査メモリーサーチを想定して、対策を練るくらいはしてくるやつだ。あの表情で、何もしていないとは到底、思えない。もう1回精神探査メモリーサーチをかけたかったが…チェック対象が多くて、時間がなかったんだよね。


でも、だからって、これ以上、シモイシに何ができるのだろうか?わからないなぁ。


考えごとをしつつ、警戒は怠らず、しばらくの間、馬車道を進み続けていたのだが…。


「あれー何かモンスター、急に見なくなったね?」

「確かに…二足蜥蜴ガルギウスの5匹目を倒してから、ちっともでてこないな?」


リーゼのボヤキにそう返す。


二足蜥蜴ガルギウスの5匹目を倒してから、さらにゆっくりと1時間ほど馬車道を進んでいるが、モンスターを見かけていない。


しかし、森に入ったときからしている『ピリピリ』は、弱まるどころか、さらに強くなってきているのだ。モンスターを全く見かけていないというのに…何なんだこれ。


これは、もしかして、シモイシ側のハンターも、こっちと同じように、こちらの馬車道付近のモンスターを、狩り尽くしたのだろうか?


いや…俺たちが相手の馬車道にやったように、こちらでたくさん見かけた二足蜥蜴ガルギウスを狩り尽くせるような戦力は、向こうにいない。


ズッコケの階級は、ちら見したのだが、4だった。安全に二足蜥蜴ガルギウスを狩るくらいはできるだろう。しかし、大量に狩る、となると難しい。それにそんな当たり前の作戦だけで、こんなイヤな感覚がするとは思えない。


「じゃあ、このモンスターが出てこない状況はなんなんだ?」

「何なんだろうね。でも、モンスターがいないのに、森に入ったときに感じたピリピリが、もうズキズキくらいになってるんだ」


2人揃って、この状況に首をかしげていたが、ふいにリーゼが「あ」と小さくつぶやいた。


「いたいた!シダン、あっちにまた二足蜥蜴ガルギウスが1匹いるよ」

「なんだ、良かった。見つからなかったのは、たまたまだったのかなぁ??」


聴覚と嗅覚に優れるリーゼが、前方に二足蜥蜴ガルギウスを見つけたようだ。


慎重に歩を進めると…確かに二足蜥蜴ガルギウスが1匹だけいた。周りのヤブを顔で突いたりしているので、エサを探しているようだ。


二足蜥蜴ガルギウスのエサはモンスター未満の小動物だからな。


こっちが風下であることを確認して、向こうが気がつく前に攻撃仕掛けようと飛び道具を準備し始めた。が、ヤブを突いていた二足蜥蜴ガルギウスが突然、顔を上げて周囲を警戒しだした。


そして、グルルという低い哭き声とともに二足蜥蜴ガルギウスがこちらをクイ、と向いたのだ。


「ち、気づかれたか!」

「この状況で気がつくなんてカンがいい二足蜥蜴ガルギウスだねぇ」


風下にいて、二足蜥蜴ガルギウスに気がつかれるとは、足音でも立ててしまったのだろうか?


こちらを向いた二足蜥蜴ガルギウスは、迷うことなく、一直線に走って向かってくる。結構な早さなので、森の中ということもあり、飛び道具を当てるのは難しい。


「これは、もう殴って倒すしかないよね♪」


リーゼが嬉しそうにそんなことを言いながら投擲斧トマホークを構えた。撲殺大好き獣人ワーウルフは血の気が多いなぁ。


「まったく…殴り倒さなきゃいけない状況になんでリーゼは嬉しそうなんだよ…」


とは言え、この勢いで接近をしてきたら、近接戦闘が避けられないのも確かだ…。頭を切り替えて、リーゼのサポートに回ることにしよう。


そう思い、改めて二足蜥蜴ガルギウスの動きを観察しようとした。


そのときだった。


二足蜥蜴ガルギウスが、再び咆哮を上げた。しかし、先程の低い哭き声とは全く異なる、自らを鼓舞するような、威嚇するような力強い叫びだ。


二足蜥蜴ガルギウスがこんな咆哮を上げるなんて聞いたことねーぞ?」

「ちょ…ちょ…シダン!?あいつを見て!」


俺も気づいている。


咆哮を終えた二足蜥蜴ガルギウスは、茶けた色だった鱗のような皮膚が、パソコンでカラーバーを動かしているかのようにみるみる赤く変化していったのだ。


おいおいおいおい。この変化は…まさか…ウソだろ!?知識としては知っている。知ってはいるが、こんなことがあるもんかよ!!!


「くそ!またかよ!ウッソだろ!?」

「え?なに?またってナニ!?」

「またなんだよ!!」

「また?また、なんなの?」


俺は思わず絶叫した。結局、リーゼのフラグが回収されちまったじゃねーか!


「また、変異種ってことだよ!!!ありえねぇぞぉ!!」


変異種はランクAのギフト持ち。つまり、この世に一匹しかいない、レア中のレアなのだ。


「おかしいだろ!俺らの討伐デビューから2連続で変異種とかさ!」


俺の理不尽に対する怒りの絶叫を聞いて、リーゼは却って頭が冷えたようだ。


「………お嬢様たちは、ものすごーく下がってて。こいつヤバすぎる」


そう、お嬢様を下げるよう、兵士たちに指示を出した。お嬢様を乗せた馬車が、道を逆向きに、下がっていく。


二足蜥蜴ガルギウスの変異種『殺人鬼マーダー』なんて怪物がいたら、そりゃあ、ほかのモンスターの姿を見なくなる訳だ。


変異種に2回連続なんて、宝くじ1等に2連続で当たるようなもんだ。いくらなんでも運が悪いとか、そういう言葉で片付けるべきではない。違う可能性を考えるべきだ。


最も考えるべきは、シモイシが、何らかの手段で、殺人鬼マーダーを仕込んだ、といったあたりか。野盗を使ってではなく、モンスターを使ってお嬢様を殺そうとした、ということだ。


どうやって、こんな怪物仕込んだのかまではわからない。だが、それでも、そう考える方が遥かに自然だ。


モンスターにお嬢様が殺されれば、事故ということになる。シモイシの狩り祭り前の、余裕があった表情も、この工作をしていた、と考えれば色々と辻褄があう。


二足蜥蜴ガルギウスの変異種、殺人鬼マーダー


人族全般に対して、異常な執着を見せ、命尽きるまで攻撃を止めない、やっかい過ぎるモンスターと言われている。というか、厄介すぎるなんて言葉では表現できない。


同族喰らいカルニバルの適正階級は6。殺人鬼マーダーはそれを超える、討伐の適正階級7。もし、ギフト持ちではない、普通の兵士で駆除しようとすると、百人規模の軍隊で対処するレベルだ。


二足蜥蜴ガルギウスは、もともとそこまで凶悪なモンスターではない。そして、殺人鬼マーダーも、肉体能力だけで見れば、ギフトによるブーストがなく二足蜥蜴ガルギウスと劇的に変わるということはない。


では、なぜ討伐の適正階級が7なのか、というと、ギフトの特性があまりにも危険すぎるが故だ。


「シダン、こいつのギフトを教えてよ」

「ああ、こいつのギフトは、特殊異能スペシャルランクA:文明破壊カタストロフ。特性は金属製品を急速に腐食させる体液を常に纏っているというものだ。体液が気化して周囲10メートル以内の金属製品は、十数秒で使い物にならなくなる」

「え?じゃあ私の投擲斧トマホークも?」

「うん。近づいてきたら、もう駄目だと思う」

「嫌だーもったいないー」


殺人鬼マーダーが圏内に入ってくると、みるみるリーゼの投擲斧トマホークの金属部分がボロボロになり、崩れていく。


「リーゼ、この殺人鬼マーダーの体液は、人体にも影響がある。気化したのを吸ったくらいでは、すぐに効果はでないないけど、牙や爪があたったりしたらヤバい」

「え?どうなるの?」

「体液は、神経毒でもあるので、当たったところが動かせなくなる。腕に当たれば腕が動かなく、首を掠れば嚥下障害に、胸に当たれば心臓麻痺だな。そして、神経が侵されるのでめちゃくちゃ痛い…らしい。もちろん、わずかでも傷がある手で体表面を殴っても同じだからな」

「うへぇ」


近づいてきた殺人鬼マーダーは、俺とリーゼを少し、見比べたあと、真っ先に俺に向かってきた。これだよ、殺人鬼マーダーが一番厄介なのは。


「あれ?ボク、何だか避けられた?」

「そうだ。リーゼが近接戦闘を得意なのがわかったんだろう」

「ええ?ただの蜥蜴が?なんで?」

「これもギフトだよ。殺人鬼マーダーは、人族と戦うときだけ、知力が10倍になるという珍しいブーストを持ってる」

「知力ぅ!?」


これも文明破壊カタストロフの特性だ。知力なんて一見、戦いに関係なさそうだが、実際にはそんなことはない。戦闘中、いかに的確な判断ができるか、などは高い知力があってこそだ。


「そう、知力だ。かなり珍しいものだが、ほかに例がないわけでもない。この知力ブーストにより、本能のみ、トカゲ程度の知恵しか持たないはずの二足蜥蜴ガルギウスが、人族の成人程度の判断力を持つようになっちまうんだよ」


殺人鬼マーダーの攻撃を避けながら束縛ホールドを仕掛ける。が、これは殺人鬼マーダーに読まれていたようで、あっさり逃げられる。


リーゼが近づこうとすると、俺を軸に使って、反対側に逃げる。俺がリーゼと殺人鬼マーダーの間から外れると、今度は殺人鬼マーダーが距離を取りながら、間に挟むように位置取りをする。


「うううう!逃げてばっかりで腹が立つぅーー!!」


殺人鬼マーダーのこの判断力、厄介すぎる。

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