第39話 『13食目:ソードベアのフリーツ』

茂みから出てきたのは、直立して2メートルほどになる黒い巨体だった。全身が短い毛で覆われていて、手の全ての指からは、10センチほどの分厚い爪が伸びている。


剣爪熊ソードベアか!」

「だね…」


俺の倍の身長もあるが、正直そこまで、怖くないモンスターだ。熊ではあるが、小太りのおじさんの様に腹が出ていていまいち迫力がない。


剣爪熊ソードベアのモンスターとしての格は、これから退治しようとしている突撃猪チャージボアよりも下なのだ。


モンスターには狩るための目安がある。そのモンスターを狩るのに安全なハンター階級を目安としてハンター協会が格付けしていて、その目安を適正階級と呼んでいる。


剣爪熊ソードベアは2。ハンター養成校の卒業試験として、倒すモンスターとして有名だ。突撃猪チャージボアは3だ。


「ま、剣爪熊ソードベアなら、油断しなきゃ大丈夫でしょ?」

「そりゃそうだね」


まずは、苗木の根ルート剣爪熊ソードベアの背中側に伸ばす。そして気づかれないように…しならせてから…叩く!


「ゴアッ!?」


突然の背後からの攻撃に、驚いた剣爪熊ソードベアが、後ろを、気にした瞬間。左右から、両腕を縛り付ける!


「ガッ!?」


そして、剣爪熊ソードベアが状況を理解する前に、そのまま身体と固定した。これで剣爪熊ソードベアは何もできないだろう。


腕は振り降ろしたときに力が出る。だから身体と固定して振れないようにすれば、力がかなり限られてしまうのだ。


リーゼが投擲斧トマホークを振れば、俺の地下茎なんて簡単に斬られるだろう。しかし、身体に固定して縛りつければ、リーゼと言えど簡単にはほどけなくなっていたのと同じだ。


「じゃあリーゼ、トドメ頼む」

「ほい」


リーゼが軽い感じで投擲斧トマホークを投げると、剣爪熊ソードベアの頭はトマトみたいに破裂した。


「討伐終了、っと」

「楽勝だな」


苗木の根ルートをほどくと、ドウ、と剣爪熊ソードベアの身体が地面に倒れた。吹き飛んだ首からはドクドクと、滝のように、血が流れている。


「そういえばさーボク、前に食べたことあるんだけど、剣爪熊ソードベアって加熱して食べるとおいしんだよねー」

「え?それホント?」

「うん。普通の熊は雑食だから臭みが強いけど、剣爪熊ソードベアって木の実とかハチミツばっか食べてるからあまり臭くないらしいよ」

「へー」


農作物を荒らす上に、大食漢、さらには縄張り意識が強いから、討伐指定にされているけど、そういえば草食傾向と聞いたことがある。


「食べてみるか」

「え?いまから!?」


俺はいろんなものを食べるためにハンターになったのだ。食べる機会を逃すはずもない。


「解体できるの?」

「任せとけ」


この3年間、解体は教えてもらって、実際に何度もやったので、やり方は理解している。剣爪熊ソードベアの解体経験はないが、そんなに変わるものでもないだろう。


皮をはぎ、内臓を破らないように腹を割いてから、内臓を取り除く。苗木の根ルートで、血抜きができれば便利だが、苗木の根ルートで吸えるのは飽くまで、水分とそれに溶けているものだけ。


いわゆる血生臭い原因は、血液の中の細胞である赤血球にある。赤血球は水分ではないので、苗木の根ルートで吸うことができず、血抜きが意味をなさない。


まぁ、クビがすっ飛んでるので、血抜きは大丈夫だろう。苗木の根ルートは、剣爪熊ソードベアの下半身を持ち上げて、血を出すことに使う。


「全部食べるのは、もちろん無理だし、かと言って食べられない分を持ってくのも無理だよな」


食べる分…リーゼも食べるだろうし…2キロほどだけ取り除き、あとは苗木の根ルートで水分を取って干し肉にしよう。


腹にたっぷりついた脂を取りのぞいて…鉄鍋を出してそこに、入れる。苗木の根ルートで鍋を、引っ掛けるところを作りつつ…残りの苗木の根ルートをガンガン切り離して薪を作り、火を入れる。


鉄鍋。コーダエにはあまり鉄板などを使う文化がなかったが、冒険者はそんなことはない。鍋は標準装備だ。何にでも使えるからねー。


そして、鞄から出したのは、これマーガイモ粉。マーガイモのでんぷんから作るいわば片栗粉だが、自家製だ。どこでも作ってなかったのでやってみたのだ。


すり下ろして、布で包み水で洗い、その洗った液体を乾かすと、粉が出てくる。でんぷんは水溶性ではないので、苗木の根ルートで簡単に乾かせる。


もう1つの鍋を取り出して、マーガイモ粉と水、あと醤油…はないので、残念ながら、塩を入れて混ぜる。


適度に切った剣爪熊ソードベアの肉を、鍋で混ぜられたマーガイモ粉につけて…そして溶かした脂で揚げる!


「それは、何を作ってるの?」

「出来るまでのお楽しみ。もちろん、リーゼの分もあるから楽しみにしてて」


リーゼが横から覗き込んで不思議そうな顔をしている。揚げ物は、この世界ではマイナーではあるが、一部の地域のハンター料理としてあるようだ。


ちなみにフリーツと呼ばれている。俺と同じように、モンスターの脂を溶かしてやるようだ。火を早く入れやすいので、使われているらしい。


ちなみに衣をつけるパターンも、つけないパターンもある。ただ衣はスイル粉が一般的で、当然俺のオリジナルであるマーガイモ粉での衣は世界初かも知れない。


いま説明したように、ハンター料理としては存在する揚げ物フリーツではあるが、ハンターではない一般家庭では、あまり行われない。というのも、植物性の油はそれなりの値段になる。


動物性は届くまでに腐ることもあり、運搬も楽ではない。そのため、脂は現場で消費あるいは、破棄され、街に運び込まれるのは、赤身肉優先だからだ。


飽くまで、ハンターが狩った現地で食べる料理。ハンター冥利につきる料理と言える。


ちなみに、ギフトの魔法素養マジャリーの中には、混交属性ミックスアトリビュートとして、氷、というものがある。


この氷属性が使えると、肉など冷凍保存できるため、ハンター界隈ならず、無茶苦茶、重宝される。魔法の素養マジャリーの中では治癒の次のあたり属性らしい。


「さて、キレイなきつね色になったな」

「出来上がった?」

「まだ待って」


マーガイモ粉の入った鍋を空にしてから、揚げたものを油から出して放り込む。鍋をいっぱいに唐揚げフリーツをおいて、余熱が入るのを待ちながら、さらに薪を加えて、いまは何も入っていない油の温度を上げる。


充分に温度が上がったところで、再度投入!今度は30秒ほどでサッと油から出して、出来上がり。


「よし、出来た。リーゼもどうぞ」

「わーい!いっただきー」


さて、俺も一口、と。


まず、マーガイモの衣に歯が入る。軽くそして、パリともサクともつかぬ食感のすぐ下の熊肉から、ジューシーとしか言いようのない肉汁が溢れてきた。


「おお!うまい」

「シダン、これ、めっちゃ美味しいよ!」 


肉に臭みは全くなく、癖もない。肉のなのに、ほのかに木の実のような爽やかな香りすらする。そしてその爽やかな香りに、マーガイモの甘い香りが素晴らしくマッチングしてる。


熊肉の唐揚げという、文字面からは想像できない、軽やかで、優雅な味わいだ。


「全然飽きないなぁ…さて次の1個…あれ?」


2つ目に手を付けようと鍋に手を伸ばしたら…1個もない。2キロを唐揚げにしたのだから、かなりの量があったはずだが…。


「え?え?もうない??」


は!と顔をあげるとリスみたいに頬を膨らませたリーゼの姿があった。あの一瞬で2キロの唐揚げフリーツを口に突っ込んだのか…。


「リーゼ…」

「むぐもぐむぐもぐむぐもぐ」

「リーゼ酷い…俺の楽しみを…」

「ムグモグムグモグムグモグ」


こいつ、知らん顔していやがる。反省してねぇどころか、悪いとも思ってねぇのか。許さん。


「…今回は2人で食べるために作ったんだから、普通は半分こじゃない?俺なんか1個しか食べてないのに、残り全部食べるのは、いくらなんでもやりすぎ」


リスみたいに顔を膨らませながら、キョトンとしているリーゼ。ホントにわかってないのかコイツ。わからせてやる。わからせてやるぞ!!!


「あっそ。わかった。リーゼがそんな態度続けるなら、次からリーゼの分は作らないし、分けない」

「ふぐぅ!?」


リーゼは口に含んだものを、ブホ、と吹き出しそうになり、両手で抑えた。いくら巨乳の超絶美少女とは言え、そのあたりはきっちり弁えて欲しい。食べ尽くし系は許されない。


「2人分作ったんだから、半々ずつ!当たり前でしょ!理解した!?」


脅したのが通じたのか、カクカクカクカク、と頭を赤べこ人形みたいに何度も下げた。反省の色が見えるので、俺が本気で怒ってるのがようやく伝わったのか。


「反省してる!?」


カクカクカクカクヘコヘコヘコヘコ。頭の上の犬耳が完全にペタっとなってる。尻尾もクタッとなってまさに叱られた犬みたいになってる。


「今回はさっきのめっちゃ美味しかったエコールに免じて許すけど…。次はないからね」


コクコクコクコクコクコクコクコク


ま、この程度の料理で、キチンと料理をわけるという基本的な話が出来てよかったのかも知れない。もっと貴重な食材とかでやられていたら、ブチ切れ程度では済まなかったかも。

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