第19話 世界を回りたいという決意
治療院で、働き初めて1ヶ月ちょい。毎日、数人の治療をしては、小遣いをため続けた。貯金は銀貨300枚ほどになった。
この世界の貨幣は、世界の中心と言われる「ハドゥチ法国」というところで作られている。世界の中心とも言えなくもないが、権力を持っているわけではなく、地球で言うところの「バチカン市国」に扱いが近い。
ハドゥチ法王という、この世界の言語を産み出した宗教とかの教祖様がすんでいる国土の小さな国で、毎年世界会議で決まった数だけ通貨を製作し、ハドゥチ法王が祝福。各国が貨幣の元となる金属を差し出し、交換として渡されるらしい。
銅貨50枚で片銀貨1枚、片銀貨4枚で銀貨1枚。銀貨4枚で銀板1枚。銀板4枚で金貨1枚。金貨4枚で大金貨1枚。大金貨4枚で、魔鋼貨1枚となっている。
まぁともかく。金を必死に溜めまくるべく、治療院の処置室で働いている俺だ。
「あれ?シダン君?」
「キースさん、あ、どうも1月ぶりくらいですかね?」
治すときは一瞬なので、ぶっちゃけ患者がいないぼーっとしている時間が大半なのだが、その時間にキースさんが訪ねてきた。いや、厳密には俺を訪ねにきたわけではなく、怪我の処置をしてもらいにきたようだ。そこを偶然ばったりというわけだ。
「そうだね…って、ここは治療院だよね?シダン君は、怪我でもしたの?」
「いえ、違います…実は…あー説明するので患部を見せてもらっていいですか?」
「患部?ああ怪我のことね。どうせ包帯とるつもりだったしいいけど?」
応急措置だったのだろう適当な巻き方の包帯がキースさんの左腕に巻きついている。それをキースさんは右手で、ばばっと粗く包帯を引っ張って外した。
爪で切り裂かれただろう患部をなにかで縫ったのか?糸で結びつけられたところはひきつり気味に塞がっている。血は止まってはいるが、若干、黄色く膿んでいるようだ。
ここの治療院で、消毒と縫い直しをするつもりだったのだろう。しかし、軽い話し方の割には結構痛そうだ。
ここの治療院の先生たちは手際がいいし、腕は確かっぽい。消毒とかも的確で、院内の衛生観念も、しっかりしている。
俺は子供なので、いるのは昼の数時間だけとなっていて、治療できる時間も回数も限られている。
夜中に、緊急で治療が必要になったとき、
キースさんもだから信頼してここで治して貰おうと思ったのだろう。ま、先生の腕はともかく。今回は俺の能力で稼がせてもらうとします。
「
手から葉を出して患部に着ける。すると、わずか数秒で、膿は消えて、怪我のあともほとんど見えなくなった。
「え?これ?え?なに???」
「これは、ボクのギフトの特性です。前にお見せしたときから、進化しまして…って、え?キース…さん?」
説明をしていたら、突然キースさんに、両手を掴まれた。
「よし。シダン君、12才になったら、うちのパーティーに入ろうか?」
「へ?いや、ボク、戦えないですよ?」
「戦わなくて大丈夫。着いてきてくれて怪我を治してくれれば充分すぎるから」
「待ってください。話が急すぎます…パーティーに入るってハンターになるってことですよね?ハンターについてぼくはまだよくわかってないです」
「そっか、そうだよな…ハンターになると税金とかもいろいろ変わるもんなぁ…ええとね」
「ちょっと長くなるよ」とキースさんは前置きして、話し始めた。
「ハンター協会は国際組織で、国には所属しないけど、完全に独立した組織ってわけでもない」
「ちょっと上手く想像できません…」
「うーんとね、国に所属していないっていうのは、単純な話。モンスターの被害が国境で区切れないから。国境を出たら追跡を諦める、あるいは国境の向こうに追いやるような対処ばかりする、とかだといろいろややこしくなるでしょ」
「たしかに…モンスターは国境気にしませんからね」
「そうそう、だから国境を越えて自由に対処してもいいよ、っていうお墨付きのため、特定の国に所属していないんだ」
「完全に独立していないっていうのは?」
「それは、協会の運営は、ハンター協会を置く各国から、供出金が出されているから。前に、供出金を出していない、非加盟国が、加盟国からモンスターの追いこみ先として使われちゃうってことが過去にあったりして、結局、大陸の全22ヵ国が加盟しているよ」
(大陸の全22ヵ国…それしか国がないのか…前に隣の隣、ブキョウ博国が馬車で1月、1500キロほどだと聞いたが…となれば大陸全体でも精々3000キロ四方…900万平方キロほど、ヨーロッパ全土がだいたい1000万平方キロなので、その程度というところか)
キースさんは、俺が思案していることに気づかず、そのまま話を続けている。
「ハンターに登録するとまず、
「いま、ぼくが持ってるやつですね」
「そうそう。ちなみにランクの高いギフトを持ってたりすると、ここらへんはパスできることもあるかな…とシダンはそのパターンで持ってるみたいだね」
「はい。いきなり渡されました」
「で、その訓練所を卒業すれば、
「はー厳しいんですね」
感心する俺に、うんうん、と頷くキースさん。
「大変な仕事だからねー。でも、そこから先はもっと厳しいよ。仕事の実績で階級は上がるけど、階級は割り振られる仕事に影響する。ハンターはギフト持ちが多く、ギフト持ちは人数も少ないので、事故が起きないように、階級は慎重に設定されているんだ」
「上がりづらいということですか?」
キースさんは、うーん、と軽く首を捻った。
「いや、まれにジャアントキリングしちゃうと一気に上がっちゃったりもするよ。もちろん才能がなければいつまでも
「階級に厳格なんですね」
「そんな感じかな。戦い向きのギフトがあっても資質がなければ、やはり階級も上がらないね。適切な階級を当てるように気をつけてる、ってとこ」
「はーなるほど」
「何より
「どういうことですか?」
所属がまだ国?ということは3からは変わるということ?
「つまりはね、
「うわ。それは確かに大きな話ですね」
「国境を越えることが完全に自由になり、反面、国民の権利の大半を喪失する。もちろん、ハンター協会が権利を保障するから、変なことしない限り、問題は特に起きないけどね」
「国民の権利…あれ?蛮族出身のぼくには、関係がない話じゃあ」
「あはは。出身を考えるとそうかも。となると
そういえば、3日前、ハンター協会マーリネ国コーダエ支部長という立場の人…すぐ隣の建物にいるのだが…が治療院に来て、俺のハンター証を新しくしていった。
そのとき「
なるほど、そういうことなのね。
「ま、ハンターになって、困るのは定住したいときかなぁ。どこかの国民ではないこともあって、ハンターの仕事をせず同じ国にいることができるのは1年って決まってるし、特別な理由で許可されない限り、ハンター協会関係以外の仕事も禁止されている」
地球のビザみたいなもんか。観光ビザ、留学ビザ、就労ビザいろいろあるが、取得のハードルはものによって異なる。国にきて仕事をするということは、その分、国民の仕事を奪う危険もあるからだ。
単なる観光ならば、お金を国に落としてくれるだけなので、簡単に取れる。しかし就労ビザは、遥かに取得が難しいのだ。
ハンターも同じだ。だから、就労と定住に関しては慎重なのだろう。
「旅が好きなら、便利ですね」
「そうだね…結局のところ、シダン君が大人になってから、何をしたいか…それにつきるのかも…どこかに家を持ちたいっていうならハンターは難しいしね」
「何をしたいか…ですか…」
俺は何がしたいのかな?生活もようやくまともになってきた。その中である程度の年齢になって、自分のことができるようになったら1つしたいことはある。それは、姉の捜索だ。
俺に唯一まともに接してくれた姉は俺が5歳のときに売られていった。あのヨーダの商隊が全滅したので、手がかりがないのだ。
コーダエに来てから、知り合った人や、ハンター協会でもちょこちょこ聞き込みはしている。
しかし、あまり大きな商隊ではなかったのだろう、今のところあの商隊のことを知っている人に出会ったことがない。
姉の捜索は、どのような境遇でも、何らかの形で続けたいとは思っている。となれば、ここ以外の街にも行って聞き込む必要があるかもされない。
もう一つやりたいことと言えば、食べることだ。最近の楽しみはもっぱら食べることに集中している。ハンター協会からもらう食材をロゼッタといろいろと工夫して調理して食べるのは実に楽しい。いろいろなものを食べる…。
「いろいろな…もの…」
初めて食べたロゼッタのシチューが頭に浮かんだ。そうだ。俺は…俺は餓死してこちらに転生したのに、さらに生まれてから9年もろくなものが食べられなかった。だからだろう。
いろいろな、甘いもの、辛いもの、しょっぱいもの、柔らかいもの、固いもの、苦いもの、酸っぱいもの、コク深いもの、臭いがキツいもの、熱いのも、冷たいのも、何でも食べたい…!
「いろいろな…世界中のいろいろなものを食べてみたいです!うん。食べてみたいです!」
食べられる喜び。美味しいものを食べて揺さぶられる感情。あれは何事にも変えがたい体験だ。
そうだ、この異世界で、おいしいものを食らいつくしたい!いろいろな感動をしてみたい!
「キースさん、ハンターになって世界をめぐったら、美味しいものを食べられますか?」
「そりゃあ、いくらでもできるぞー。むしろハンターでそういう趣味のやつは多いぞー。猛獣は、害獣であると同時に高級な食材でもあるからなー」
そういえば、イブニングバードも、モンスターって聞いたな。あ、ニードルアイビーもか…モンスターっておいしいのが、この世界では一般的なのか。
「モンスターが多い街では、食材持ち込み料理専門の店があるほど、モンスター料理は人気だぞ」
「うおおおおお!」
食べてみたい!この世界にはどれだけおいしいものがあるのか。食べに行きたい!そうだ、世界を巡っていれば、コーダエにずっといるよりも、姉の手がかりも得やすいかもしれない。
「ぼく、なります!ハンターになります!」
気づけば、俺はキースさんの手を握り返していた。
※※※※※※
「シーくん、ハンターになるの?」
夕方。いつもの通り、ロゼッタと晩御飯の用意をしていたら、ポツリ、と聞いてきた。
「ん?キースさんから聞いたの?」
こく、と頷くロゼッタ。なんだか今日のロゼッタは、いつものキラキラ感が少なく見える。キースさんが治療のあと、孤児院にも来たのかな?そのときにそういう話もしたんだろうな。
「うん。キースさんが、ぼくのギフトを見て、是非パーティーにきてくれって誘ってくれて…」
「ふーん、じゃあ私も…」
私も…何だろう?残念ながら、続きを聞き取ることができなかった。
「え?なに?」
「なんでもない!シーくんのバカ!」
「えええええ?」
あれ?機嫌損ねちゃったか。「私もハンターやる」とか、「私も付いていく」とか、そんなことを言ってくれようとしたのだろうか?
まぁ…その、今、こうやって助け合いながら、一緒に生活している仲間が、何年かしたら遠くに行く、と聞いたら寂しくは感じるよね。
俺はそこらのニブチンな聞こえない系の主人公ではない。だからここで話を流したりは、しないのだ。
「ロゼッタも一緒に来てくれる?」
だから当然、誘う。男なら美少女エルフちゃんとフラグを立てるのだ。だから勇気を出して誘ってみた。しかし……。
しかし、ロゼッタは悲しげに、首を横に振った。がーん、フラれちまったぜ。
「私はもう予約があるの」
「えーと、仕事先決まってるってこと?」
「うん。ハンター協会の事務」
「へーすごいじゃん!」
うん。それは安定したよき就職先だ。それを棒に振るのは、確かに難しいだろう。
「私にもギフトがあるから。あまり戦闘向きじゃないけど、事務作業に生かせるから、引き合いがあったの」
「そっかぁ…」
「孤児院はみんな離れ離れが普通だからいいの」
この世界は、仕事につくだけでも大変なのだ。孤児院出身の子供が、その後も、同じところで、仲良く仕事なんて、難しいことは想像にかたくない。
「ボクさ、キースさんに何したい?って聞かれたときにさ、ロゼッタの作ってくれたシチューを思い浮かべた」
「私のシチュー?」
「そう。ボクの知ってる一番おいしい料理」
「シーくん…」
「あれを食べたときの、感動、喜びは、忘れられない…だから、さ」
決意を込めて、ぐ、と拳を握る。ロゼッタとは離れてしまうのは寂しいが、仕方ない。逆にこっちがついていくって訳にもいかないしね。
「だから…ハンターになって、世界中回っておいしいもの食べるんだ。もちろんロゼッタにもいっぱいおいしいものを持って帰るからさ!楽しみに待っててよ!」
それに、世界を回れば、そのうち姉の行方もわかるかもしれない。だから、俺はハンターになって世界を回る。そう決めた。明日から早速、いろいろな準備に取りかかることにしよう。
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