第18話 『6食目:イブニングバード拳骨だしのシチュー』
院長先生から許可を得たので、わめく豚を無視して、放置することにした。クソ豚のことはもう忘れよう。
それより晩御飯だよ晩御飯。早速、シチューをよそってもらうために、器を持って、ロゼッタのところに行った。
ロゼッタは、クソ豚が
「シーくんの分、はい、どうぞ」
たっぷり、木製の容器から溢れんばかりに盛られたシチューをロゼッタから受け取る。
まーだ、あっちではクソ豚が喚いているが気にしないことにした。むしろゆったり気味に席について、実食と行こう!
見た目は間違いなくシチューだ。さて、まずはスープだけ掬って1口。
おおお!このシチュー、すげぇ美味い。イブニングバードの出汁、恐るべし。野生味の溢れる出汁だと思ったら臭みよりただひたすらコク深い。
出汁を取ったスープは、やっぱり全然ちがうなぁ。牛よりも臭みの強いヤギの乳にも負けていない。むしろ退治して、中和している。
次は肉だ。ゴロっと、気持ちよく1口で頬張れるサイズに切られたイブニングバードのモモ肉は、プリプリしていて、歯応えが楽しすぎる。
骨のスーブ同様、肉にもやはり癖がない。スープの旨みを存分に含みつつも、バランスのよい赤肉の旨みだけが残されている。
イブニングバードは、鳥は鳥でも大きさも形も地球で言うところのダチョウだ。モモ肉は、地球の鶏肉と比べると圧倒的に赤身肉なのだ。
そして、肉だけではないこいつもいい感じになっている。孤児院の畑で栽培しているじゃがいも…みたいなイモ、マーガイモって言うらしい…ものだ。
このホクホクのマーガイモが、憎いほどに、鶏ガラと、イブニングバードのモモ肉の脂、一緒に煮たくった野菜クズの出汁まで吸っている。
ロゼッタもいもが煮られて小さくなることを想定した上で切っているのだろう、ピッタリなサイズだ。
「え?うそ、なにこれ?めっちゃおいしい…」
俺によそった後、自らにもよそって食べ始めたロゼッタが驚きで目を丸くする。いま彼女が食べた、今回の秘密兵器がこれ…!
「このもちっとした食感のこれ?ものすごくおいしいし、初めて食べたんだけど…何?」
本来なら溶かしてとろみを付けるための小麦粉だが、鶏ガラを使えば、コラーゲンがいっぱいでるので、それが必要なくなる。そこで浮いた分の小麦粉を、すいとんにしたのだ。
ちなみに小麦粉にしか見えないが、名前は小麦粉ではなく、スイル、スイル粉という。
「…もちもちがおいしいすぎるぅ」
ロゼッタの、満面に浮かぶほどの嬉しさで、左手で頬を押さえる。よっぽどハマったのか、うん。ロゼッタが嬉しそうにしてるの…美しい…尊い。
「斬新な食感ですねースープをよく吸ってて、おいしいです」
院長先生も絶賛のすいとん。そうだよねー。そして腹持ちもいいから、孤児院にはぴったりなんだよね。
「シダンのにいちゃん、おいしいよこれ!」
「おーよかった…リマが気に入ってくれて。でも材料は出したけど、作ったのはロゼッタだから、ロゼッタにお礼をいいな」
リマはロゼッタの方を向いて、ペコリ、と頭を下げた。
「うん!ロゼッタおねえちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
リマの頭を撫でるロゼッタ。頭を撫でられてニコニコしてるリマ。ほうほうほう…ほうほうほうほうっ!幼女と美少女エルフの絡み…これは神だ…絵に残したい…。
さて、クソ豚所属の2人の取り巻きの方だが展開が早すぎたせいか完全に置いていかれていた。だが、置いていかれたせいで、俺に文句をつけてはいないし、だから束縛もされていない。
もしクソ豚の束縛を外そうとしたら、自分も縛られる、と想像できるくらいの頭はあるようだ。外せと喚く豚を宥めつつ、よそられた肉なしのシチューを、食べさせてあげていた。
大満足の食事を終え、数時間後。
寝る準備をしていたところ、イワが「ごめんなさいー」と言う絶叫が孤児院に響いた。俺が食堂に行くとイワが足をもぞもぞさせながら、泣き叫んで居た。
「シダン様、すみませんでしたー」と泣き叫ぶイワに、もう俺に絡まないことを確認して、
解除後、豚は慌ててどこかに走っていったが、まもなく、また泣き声が聞こえてきた。
何があったのか、孤児院のメンバーが泣き声のところに行くと…尻餅をついた豚が廊下に、あれをぶちまける大失態をさらしていた。
ロゼッタはゴミを見るような目で見ていた。いや、何か、すごい顔になってる…折角の美少女が勿体ない。
リマが「私だってちゃんとトイレで出来るのに」と呟いてトドメを刺していた。
流石の豚もこれ以上、俺に突っかかる余裕はなかったようだ。みなも関わりたくないのか、無視して解散となった。院長先生すら「自分で掃除しておきなさい」とだけ言って部屋に戻っていった。
俺もあくびをしながら、部屋に再び戻ってベッドに寝転がった。ようやく1日が終わる。
「
しかし、今日は、いろんなことがあった。ありすぎた。振り返ろうかと思ったが、疲れきった俺はベッドに転がるや否や、意識が暗闇に落ちていった。
※※※※※※
翌日。朝御飯の準備、ロゼッタと一緒にやろう、と思い、夜明けと共にベットから起き上がった。あ、この世界は夜明けと共に活動を始めるのは珍しくないので、すっかり起きるのには慣れている。
廊下に出ると、ちょうどロゼッタも部屋から出てきたところだった。朝からパッチリお目々なロゼッタは、俺を見るや否や、いい笑顔を見せてくれる。
「おはよう、ロゼッタ」
「おはよう、シーくん。朝御飯、一緒に用意してくれる?」
「もちろん。そのつもりで起きたから」
ロゼッタと並んで、キッチンに行くため、食堂につくと、玄関の方から気配がした。
「ん?誰か玄関にいるのかな?」
俺が食堂から玄関に繋がる扉を開けると、院長先生と、豚、その取り巻きがいた。
イワと取り巻き2人の計3人は、俺の顔を見ると「じゃあな!」と院長先生に言って、俺から逃げるように出ていった。
「ふう。結局、ハンター志望は変えなかったのね」
院長先生がぼやいている。そういえば、あのクソ豚は、ハンター志望って言ってたっけか?昨日の「神の恩寵云々」の口振りだと、ギフトは持ってないっぽかったけど…。
「うーん。昨日、タガラさんが、ギフトなしでハンターになるのは結構、厳しいと言ってましたよね」
「そうね。ハンターはギフト持ちの
「私もそう聞きました」
「ですから…逆に言えばギフトを持っていない
昨日登録するときに、タガラさんから、ハンターについても、いろいろと話を聞いた。
深い樹海、狭くて暗い洞窟、大陸から離れた島。ハンターはとにかく人里離れたところに狩りに行くことが多い。だから、移動に金がかかる軍隊のような組織だと運用し辛い。
結果として、極めて小さな集団で、ゲリラ的に狩りを行うのが最適解となる。小さな集団となれば個人個人の能力が求められる。
「その中でギフトがない。となると、渡り合っていくのは、すごく厳しいんだろうなぁ」
ギフトは強力だ。
「せいぜい死なないでくれよ」
もうすでに、誰もいない玄関扉の外に向かって呟いた。
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