第13話 『5食目:もぎたてニードルアイビーの実』

「へー。そっかーシーくんもギフト持ちなんだ~」

「そうだよ。ということは、ロゼッタも?」

「うん。私のギフトは特殊異能スペシャルランクBの状況観察サーベイだよ。視界の違和感を直感的に読み取るギフトなんだって。まだうまく使えないけどねー」


その日の午後、ロゼッタに誘われて、俺は孤児院の裏の森に来ていた。


道中で孤児院のことをいろいろとロゼッタに聞いた。


孤児院は、裕福ではない。というか、領主からの援助は一切ないらしい。昔は生活できる程度にはあったようだが、最近になって完全に切られてしまったらしい。


孤児院の財政はここを巣立った大人たちの援助と、広い畑の自給自足で成り立っていた。とは言え、巣だった中には大成功した商人や高レベルのハンターもいるため、貧しくも、飢えるような環境とはほど遠いらしい。


まぁ、どう考えても、サバンナの辺境の村とは比べるべくもなく、穏やかな場所なんだろうけど。


「でも、いくらお金がないって言っても、ご飯を食べたんだから、次はおやつだって食べたいじゃない?私たち子供だもん。で、せっかくだからシーくんにおいしいおやつを食べてもらいたいじゃん!」


エッヘン、とばかりに胸を張るロゼッタ。さっきから、ロゼッタが、あまりにも生意気可愛いので、ロリコンおじさんがいたら、無限に殺到してきそうだなーとか、そんな考えが頭に浮かんだ。


「ロゼッタありがとう。で、裏山に生えているおいしいものってなんなの?」

「えーと、ニードルアイビーってモンスターを知ってる??」

「ニードルアイビー?」


ロゼッタはうーんと、と言いながら人差し指を下唇にあてる仕草をする。…くそ、また可愛いと思ってしまった。俺の心…ロリコンおじさんらしい。いや、俺の肉体は同年齢だからセーフだよ?な?


「ニードルアイビーは、植物モンスターなんだ」

「植物モンスター?」


地球では、バカでかい生物なんかを「モンスター級の」とか「モンスター並みの」などと比喩表現を使うことがある。しかし、これはそういう意味ではないだろう。本当に植物でありながら、モンスターということなんだろう。


「そうそう。植物のモンスター。やばいってなると、ピピって、でっかい棘を飛ばしてくるんだよ」

「へー」

「でも、安全に実を取れる方法があるから、大丈夫。とっても、おいしいんだよ」


しかし、とは言え、モンスターだ。モンスターの定義はよくわからないが、普通、モンスターは、ハンターという専門家が退治するのではないのか?


「で…でも子供だけでモンスターなんかのところに行って大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫!私も何度も取ってるから…トゲトゲ飛ばす以外なにもしないし」


何度も取ってるのか。こんな山に何度も取りに行くなんて、なんつーか、ロゼッタってすっごくお転婆さんなんだな。かわいい。


山道を歩き続けること、30分。ほとんど獣道の山を30分も歩くのはかなりしんどい。ただ女の子のロゼッタがすいすいと歩いているのに、俺が疲れるわけにもいかない。男はどうしてもこういうときに可愛い女の子の前でカッコつけたくなる悲しい生き物なのだ。


「ほら、シーくん、あれだよ、あれ」


ロゼッタの指指す先を見る。と、大きな広葉樹に蔦が絡まっていて、そこから青紫色の真ん丸な実が成っている。ピンポン球程度の大きさで、表面は磨いたかのようにツルンとしている。


(これは地球で言うところの、いわゆる野ブドウってやつだな)


「これをね…ちょっと離れてね…あ、その木の影に隠れててね」


3メートルほど離れると近くの石を握って、ニードルアイビーが巻き付いている木に向かって投げつけた。そしてすぐに俺が隠れている木の後ろにきた。


ニードルアイビーから棘というより、ナイフに近いものがびっしりと生えている。ロゼッタの投げた石が木に当たると、無数の棘ナイフが射出された。


それは、まるで散弾銃のようにあたりにばら蒔かれる。俺とロゼッタが隠れていた木にも10本ほど突き刺さっていた。そう木に突き刺さる勢いなのだ。


「え、なにこれ、こわっ!」

「ニードルアイビーのことを知らない動物の子供とかは、実の匂いに釣られて…食べて…やられちゃうの」


よく見れば、木の根本には白骨化した動物の死体が何体もあった。そしてニードルアイビーの蔦が骨に纏わりついている。


「ニードルアイビーは、それで殺した小動物を栄養にしているんだって」


食虫植物のものすごく怖い版だな。うん。異世界の植物、アグレッシブすぎるわ!ドン引きだわ。


「さ、これを何回かすると、しばらくは飛ばす棘がなくなるので、そしたら、実を取って食べよう」

「なるほど、単純明快な方法だね」


ロゼッタが、何度も石を投げつけた結果、見える限り棘がなくなった。俺とロゼッタは、2人でトゲがもうないことを確認すると、恐る恐る実をもぎ取った。棘がないので、もちろんニードルアイビーは反応できない。続けてガンガン、実を取り、片手いっぱいなると、その場を離れる。


さっきから何度も棘を受け止めていた木の陰に2人で、腰を掛けると、皮を剥いて、早速一口頂くことにした。


「うわっ!これ美味しい!」

「でしょ?私いつもこっそり取りに来てるんだ~まだこっちにもいっぱい成ってる~」


見た目通りブドウ…それも巨峰だ。かなり瑞々しくてウマい。糖度もかなり高く、甘い。一方で酸味も強く、甘さをくどさに感じさせないバランスだ。


口に含んだ瞬間、森を感じさせるウッディな香りが口内を満たして、飲み込むときには、ほのかな渋みも舌に存在感をしめしてくる。これワインにしたら美味しそうだなぁ。確かに動物が寄って来ちゃうのもわかる。


もう一つ口に含む。今度は皮ごと食べて見るが、やはり美味しいな。さっき剥きながら、皮がうっすいなぁと思っていたんだよね。


「うーん。皮と一緒に食べると気持ち、甘さが少し控えめになり酸味、渋み、香りが増す。特に香りが圧倒的に変わるなぁ。大人の味って感じがする。どっちがいいかと聞かれても、甲乙付けがたい…」


ゆっくり味わいながら食べていたら、早くもロゼッタが最初に取った分を食べ終わったようだ。


「もうちょっと食ーべようっと」


そう言いながら、ロゼッタはさらに実を取ろうとして、ニードルアイビーのところに戻っていった。何気なくロゼッタの方を見て、俺はギョッとする。ロゼッタが取ろうとしている実と葉の陰、ちょうどロゼッタから死角となるところにまだ棘が1本残っているのが見えたのだ。


「ロゼッタ!!ダメだまだ棘が残ってる!」

「へ?」


俺の声は、一歩間に合わず、まさにいまロゼッタが実をプチ、と取った瞬間だった。その衝撃で死角にあった棘が勢いよく射出されると、ロゼッタの太ももの端を貫くように切り裂いたのだ。


「ロゼッタ!?」

「あっ!?」


ロゼッタが倒れそうになる。俺は慌ててロゼッタに駆け寄り抱き止め、地面との激突を防いだ。


「ロゼッタ!大丈夫か!?」

「痛いっ!痛いよおおおおお!」


見るからに痛そうなキズだ。悲鳴を上げるロゼッタは、体を丸めるようにしながら、手で脚の傷を押さえていた。


「傷口を見せて!?」

「血が…血がすごい出てるよぉ…」


ロゼッタの手をどけて傷口を確認する。太ももは、ニードルアイビーの棘で、かなり深く切られており、血は溢れるように流れ出ていた。


「ど…どうしよう?…そうだ止血…止血しないと…」


血は傷口から流れ続け、止まる気配がない。足は血管も太いので、場合によっては、放っておくと失血死しかねないと聞いたことがある。


まずは流血を止めるのが先決だろう。俺は自分がいま来ている上着を裂いて、縛るための布にしようと思ったが、俺の力では上手く上着が裂けない。


「ど…どうすれば…あっ」


思案したの一瞬、目に止まった落ちているニードルアイビーの棘を使って、上着を裂く。今度は簡単に、細長く切り裂くことが出来た。


裂いた元上着の布切れで、力いっぱい足の付け根を縛って、止血しようとする。しかし、子供の力のせいか、うまく止血できない。縛った布をひたすら赤く染められていくだけだった。


「血が止まらないよ…何とか…しなくっちゃ…」


何の役に立つかも頭が回らない。両手を使って傷口を押さえるが、やはり手を血で染めただけだった。


「どうすれば…」

「シーくん…ごめん…ごめんね…ちゃんと…ニードルアイビーの棘を見てなくて」

「ばっ…ロゼッタ!謝んなっ!」


いくら手を押し付けても、腕を滴ってくる血の赤。俺は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。


「ちくしょう…何がギフトだ!ランクAだ!こんな…大事なときに…全然役に立たねぇじゃないかよ!!!」


俺が絶叫したその瞬間。ロゼッタの脚の傷口を押さえていた、手が光りだした。


「え?うわ!?なんだこれ?」


数秒、突然の発光に驚き、ぼーっとしてしまった。まもなく光が収まり、我に返る。しかし、すぐに傷口を押さえている手に違和感を覚える。手をどかして見ると……なんと血が止まっていたのだ。


「え…なんで…血が止まって…」


離した手から、はらり、と1枚の葉が落ちた。ロゼッタの足の方は、血が止まるどころではない。跡形もなく傷が、消えて、もちろん流血も完全に止まっていた。

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