23 狼藉者がいる村
魔族の縄張りが解けたストリア村に近づいてきた魔物のうち、強いものから順にこっそり倒すこと二日。
転移魔法を駆使したお陰で短距離の転移に関しては自信がつき、難易度SとAのほとんどを討伐できたと思う。
念のためにもう一日様子を見てから、ストリア村を発った。
サラミヤはその後、王城で暮らしている。
伯爵と伯爵夫人は非業の死を遂げ、サラミヤの姉たちは回復の兆しはあれど元の生活に戻れるかどうかの見通しは立っていないそうだ。
国としては伯爵家を魔物なんかのせいで潰したくないので、サラミヤを特別に保護し、貴族教育を施すことにした。
とはいえ、今のところは国が勝手に方針を決めただけなので、本当に教育を受けて伯爵になるかどうかはサラミヤ本人次第だ。
そのサラミヤは、すっかりギロを気に入ってしまった。
徐々に他の人と話すようになり、言動も年齢相応のものを取り戻しつつあるが、夜はギロが見守っていないと眠れず、何かあるとすぐギロに縋りつき、抱っこをせがんでいるそうだ。
「今後どうするのかしらね、ギロは」
「本人の希望通りにさせるよ」
ギロがサラミヤを選んでも、異存はない。
ただ問題は本人のことだ。
元人間で現魔族であることを、誰よりも気にしている。
魔族の姿はレプラコーンの幻惑の腕輪の効果で誰にも気づかれず過ごすこともできるし、何よりギロの心は人間のままだ。
ギロと魔族は決定的に違う。魔族を何体も見てきて、実感した。
「私もそれがいいと思う。色々と複雑だろうけど、あの二人なら大丈夫だわ」
久しぶりにアイリの「理由も理屈もないが、大丈夫」が聞けた。
ストリア村から更に山へ向かって北上していく。
無事な村と、そうでない村をそれぞれいくつか通り過ぎた。
僕は宰相経由でユジカル国王の許可を得て、村の防護結界魔法の魔道具が壊れていたら「国からの支給です」と言ってレプラコーン製の魔道具を設置した。
これなら「国から仕事で来ましたから」と言い張れる。僕個人に対する感謝の矛先が逸らせると考えたのだ。
甘かった。
「こんな僻地までよく来てくれた! 悪路で大変だっただろう」
「魔物もいたのに、どうやって……え、倒してきた!?」
「国の命令? でも来てくれたのは貴方たちが初めてだ」
最後のはちょっと聞き逃がせなかったので王様に
感謝されること自体は嬉しいが、連動して宴に招待されるのが少し困る。
いちいち村に立ち寄って魔物の被害を確認して回っていて今更かもしれないが、僕たちは一刻も早く魔王を倒しに行きたいのだ。
そういう村を二回ほど経験してから、作戦を変更した。
魔物を倒すのと同様に、こっそり設置していくことにしたのだ。
魔道具が勝手に直っているのも不自然だから、これも宰相経由で王様に頼んで、王様直筆の「魔道具は国の使者が直しました」という書状を何枚か書いてもらい、設置した村の村長の家に投函しておいた。
これは上手くいった。
そしてついに、山の手前側最後の村まで辿り着いた。
魔道具は正常に機能していて見た目は魔物の被害も少なく見える、村の空気が沈んでいて重い。
行き交う人は僕たちの姿を見ると、嫌悪感を露わにしながら急ぎ足に離れていってしまう。
「よそ者お断り系の村かしら」
「それだけなら良いんだけど」
僕たちの物資はマジックバッグ経由で国から支給されている。
僕の転移魔法で城へ帰って寝泊まりしてまたここへ戻ってくる、なんてこともできる。
村の宿に泊まったり買い物したりするのは、情報収集が目的だ。
先程の村人の様子では、それが難しいかもしれない。
村を通り抜けようとまっすぐ北側を目指して歩いていると、冒険者の格好をしているだけで睨まれていた理由にぶち当たった。
「あぁん? すぐにでもこんな村から出てってやってもいいんだぞ?」
「やめてください、もう報酬は払っているじゃないですか!」
「足りねぇよ! 魔王がすぐ近くにいるんだぞ! こっちは命がけなんだ!」
「いやっ、お父さんっ!」
不穏な会話と、殴打音に、女性の悲鳴。揃ってはいけないものが、物陰で揃っている。
僕とアイリは同時に駆け出した。
「何してる!」
僕が一喝すると、その場にいた全員が僕を見た。
冒険者のような格好をした男が、頬を腫らした壮年の男性の胸ぐらを掴んでいる。別の冒険者が二人、僕たちと同じくらいの年齢に見える女性の両腕をそれぞれ掴み、動けないように抑えていた。
更にもう一人冒険者がいて、そいつは腕を組んで少し離れた場所からこれらの様子を楽しそうに眺めていた。
冒険者は全員、二十代後半から三十代前半くらいだろう。
「なんだお前? このオッサンと同じ目に遭いたくなかったら……」
男性の胸ぐらを掴んでいた男がなにか喋りだしている間に、僕は男性をアイリの横に運び、女性を二人の冒険者から解放した。
「……あれ?」
誰かが素っ頓狂な声を上げる。
アイリだけは僕の動きをしっかり把握していて、男性に回復魔法を掛けていた。
「え、ええ?」
回復魔法を掛けられている男性も、一呼吸遅れて反応した。女性はまだ目をギュッっと瞑っている。
男性に魔法を掛け終えたアイリが、女性の肩をぽんぽんと叩いた。
「何しやがった、お前も冒険者だろう?」
「お前らと一緒にされたくないが、冒険者だ。こちらの二人が不当な目に遭っていると判断した」
「はっ。どこから来たか知らないが、俺たちをそこらの冒険者と一緒にするなよ」
「あ、それは自分から言うんだ」
僕が思わず感心してしまうと、自称冒険者が殴りかかってきた。
そこそこ速いし、狙いも的確だ。自信たっぷりな言動に見合った実力はある。
だけどこれでは、最近僕に付き合って魔物を倒しまくり、レベル六十になったアイリにも敵わないだろう。
向かってくる拳の横に足を踏み出し、通り過ぎる時に後頭部に手刀を叩き込んだ。次に、女性を掴んでいた姿勢のまま固まっている二人の意識も刈り取る。
残ったのは、離れて見ている男だけだ。
そいつに視線をやると、男は何度も目を擦ってからくるりと身体を反転させ、逃げ出した。
「ノーム」
頭の中で精霊に声をかけると、ノームが男の足元に蔦を生やして転ばせ、そのまま絡めて捕らえた。
「もう大丈夫ですよ。お父上もご無事です」
アイリが女性に声をかけると、女性はようやく目を開けて周囲を見た。
「へ!? お、お父さん!」
「ラナ!」
親子はしっかり抱き合った。
村には冒険者を閉じ込めておけそうな建物や設備がなかった。牢が必要な時は山の中腹にある洞窟を利用していたのだが、魔王が現れてから山の魔物が凶暴化したため、この十年は一度も使っていないとか。
一先ず、頑丈なノームの蔓で縛ってそのあたりに転がしておいた。
「ありがとうございました。ですが、その、お礼が……」
「お礼なんてとんでもない。同じ冒険者として恥ずかしい連中を捕まえただけですから。彼らの処遇はどうしましょうか」
男性は、僕が「お礼なんてとんでもない」と言った瞬間には目を見張り、「同じ冒険者として恥ずかしい」のところでぽかんと口を開け、「処遇はどうしましょうか」と尋ねるとその場に膝から崩れ落ちた。
「えっ!? ど、どうしました?」
「いえ、すいません、己の偏狭さを恥じただけです」
「?」
「あ、あの、ありがとうございました。私も、父と同じ気持ちでした……」
女性まで男性の横で頭を下げた。
僕とアイリが顔を見合わせると、男性――ヤタクさんは村と冒険者の関係について話してくれた。
険しい山に近いこの村は、昔から防護結界魔法以外にも冒険者に頼って魔物の脅威を退けていた。
転機は十年前、魔王が現れた時だ。
山の魔物が凶暴化し、村に常駐していた冒険者たちが次々に命を落とすか、大怪我に回復魔法が間に合わず後遺症が出て冒険者を引退してしまった。
しばらくは防護結界魔法で持ちこたえていたが、村人たちは不安になる。
どんな条件でも飲むからと、冒険者を募集した。
やってきたのが、先程の連中だ。他にもいたが、皆魔物にやられてしまった。
腕は確かで、難易度Sの魔物も無難に討伐してくれる。
規定の報酬以外にも、村をあげて住処と食事の世話までした。
それが彼らを増長させてしまった。
村が「これ以上は払えない」と言うと、先程のような行動に出るようになったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます