20 疑惑の村
マジッグバッグは物や人以外にも、声を
バッグに向かってギロに呼びかけ、事情を説明した。
「流石にここからではわかりかねます」
「だよなぁ。そっちは今どう?」
「ラウト様が大方討伐してくださったお陰で、静かなものです」
「じゃあ、謹慎は解除するから、一度こっちへ来てくれる?」
元々、殆ど見たことのなかったアイリの涙に混乱して思わず言ってしまった謹慎だった。
それなのにギロは文句ひとつ言わず不服だという態度も見せず、素直に従ってくれた。
「そもそも謹慎はやりすぎだったね、ごめん」
「とんでもない。お二人が私を大切に扱ってくださっているのがよくわかりましたから。私も反省しました」
村で宿を取り、僕だけで転移魔法を使った。マジックバッグでギロを呼び寄せてもよかったが、転移魔法を長距離で試したかったのだ。一瞬でユジカル城の、ギロの部屋へ到着する。
ギロはいつもの、ゆったりしたシャツとスラックス姿で待っていた。
「早速だけど、行こう。複数人での転移は初めてだけど、いいかな。不安だったらやめておくよ」
「ラウト様の魔法ですから、信じます」
何かあったらスプリガンに助けてもらおう。
初めての複数人での転移は、無事成功した。
「ギロ、久しぶり」
「お久しぶりです、アイリ様」
城を出て数日しか経っていないが、僕もギロの姿を見た時は確かに久しぶりという気がした。
ギロはアイリとの挨拶を終えると辺りをきょろきょろと見回し、鼻をひくつかせた。
「確かに魔族の気配がします。私でもごく薄くしか感知できません。ラウト様、よくお気づきになられましたね」
「魔族のだったんだ。てっきり魔物のほうかと」
「魔物の気配は、薄まれば完全に消え去ります。ここまで薄まっても残るのならば魔族です」
「なるほど」
気配察知には慣れも重要な要素なのかもしれない。今後は、魔物や魔族に出会い目視できたらすぐに察知をやめることはせず、気配をじっくり読もう。
「魔族はどこに?」
僕が問うと、ギロは部屋中を歩き回り、時折足を止めて目を閉じたり何かを嗅ぐような仕草を繰り返した。
「ここからでは、この辺り一帯、ほとんど同じ薄さの臭いがするとしかわかりません。空へ出てもよろしいでしょうか」
「僕も行くよ。アイリはここにいて」
「うん。気をつけてね」
ギロが空へ連れていけるのは、物理的にひとりまでだ。アイリは大人しく引き下がった。
真夜中の村の上空は、星明かりのみでも意外に明るかった。
山に近いせいか、空気が冷たい。ドモヴォーイの結界内をサラマンダに軽く温めてもらった。
「ギロは寒くないの?」
「そういえば平気ですね。魔族の姿でいるときは暑さ寒さをほとんど感じません」
「ちょっと羨ましい」
僕は暑いのが苦手だ。素直に本音を言うと、ギロは小さく苦笑した。
両手を繋いだ僕をぶら下げたギロは、村をぐるりと一周し、丁度真ん中あたりで北を向いて停止した。
「あちらですね。臭いが続いています」
「強さはわかる?」
「推測ですが、私では敵わないかと。ラウト様ならひとひねりです」
ギロは素直に自分と相手の力量差を認めた。少し前までは、相手の強さが自分を少しだけ上回る程度なら「私が」と言っていたのに。
本当にちゃんとわかってくれた。
「じゃあ、そこへ連れていってくれ」
「お任せください」
ギロは手が僕としっかり握られていることを確認すると、北へ向かって飛んだ。
村から数十秒ほど、多分十キロメートルは離れた場所に、荒野には不釣り合いなほど立派な屋敷があった。
ここまで近づけば僕にもわかる。ギロより少し強い程度の魔族と、人の気配がある。
「どうして人が……。また核を埋め込まれた人かな」
「違うかと。核が埋め込まれた気配はしません」
「そうなの? ……うーん、わからないや。ギロすごいな」
「しかし、何もされていない人間が魔族の元にいる理由はわかりかねます」
僕とギロは嫌な想像を膨らませながら、屋敷の屋根の上に降り立った。
屋根には人がひとりなんとか通れる大きさのドーマーがついていた。ドモヴォーイに頼んで遮音結界を張ってから、ドーマーの扉を壊す。
僕はどうにか屋敷内部へ入れたが、ギロは人の姿になっても元々体格が良いから入れそうにない。
魔族は起きている様子だから、こちらが気配を消していても屋敷正面から入るのは得策ではないだろう。
「なるべく早く終わらせてくるから、上空で待機してて」
「畏まりました。お気をつけて」
屋敷内部は光源がひとつもなくて、ほとんど真っ暗だった。
僕は気配察知を応用し、物の位置を把握して、ぶつからないように進んだ。
魔族の気配は、屋敷の中央にある。物の位置は把握できても、それが壁なのか扉なのかまでは区別がつかない。魔族のいる部屋の前へたどり着くまで、やや時間がかかってしまった。
結果、屋敷の中にいた人間に見つかった。
「あ、なたは、だれ?」
妹のレベッカより少し年下くらいの女性が声を上げる。
咄嗟にドモヴォーイの遮音結界を張らなければ、魔族に聞こえてしまっていただろう。
「ここにいる魔族を討伐しに来ました。冒険者のラウトと申します」
「ぼうけんしゃ? えっと、あの」
女性は白いワンピース型の寝衣を着て、片手に燭台を持っている。紺色の髪は丁寧に梳かれ背中に長く伸びていて、顔の色艶も良い。
魔族のいる屋敷だというのに、この人はこの屋敷に相応しい、裕福な家の令嬢といって差し支えない見た目をしていた。
「屋敷に勝手に入ったことは謝ります。しかし魔族は見過ごせません。少し話を伺いたいのですが、宜しいでしょうか」
まだ起きている魔族のことも気になるが、この人から詳しい話も聞きたい。
「あ、あなたは、ここに、ま、まぞく、がいるって……まぞくって、なに?」
先程から女性の声は震えている。言葉遣いがやや幼稚なのも気になる。
「魔物より強い、魔王の手先です。人に似た姿をとることもあります。心当たりはありませんか?」
「まもの……まもの、いますけど、ちがいます」
女性は首をぶんぶんと横に振った。
「では、この家には他に誰がいますか?」
魔物が、魔族がいないはずがない。すぐ近くの扉の向こうにいる。
どこか様子のおかしい女性に対し、僕は少し強い口調で問いただしてしまった。
「ひっ……わ、あの、ごしゅじんさまと、おねえちゃんと……おねえちゃんが三人」
人の気配はこの女性を含めて四人。ご主人様、というのが怪しい。
「そのご主人様はどこに?」
その時、すっかり怯えきってしまった女性が突然動いた。僕のすぐ近くの扉の前に立ち、両手を広げた。
「だめです! ごしゅじんさまは……」
「サラミヤ、お客様かい?」
女性の後ろで扉が開く。現れたのは、貴族のような服に身を包んだ恰幅のいい、魔族だ。
僕はわずかに立ち方を変えた。自分では臨戦態勢を整えたつもりなのだが、アイリやギロに言わせると「普通に立ってるだけにしか見えない」らしい。
一方魔族は柔和な笑みを浮かべてサラミヤと呼んだ女性の頭を撫でた。
「お客様のご案内、ご苦労さま。私はこの人と話があるからね。もうおやすみ」
「……はい、おやすみなさいませ」
サラミヤはしっかりした口調で応えると、くるりと踵を返して立ち去った。
「そう身構えなさるな。何をしに来たのかはわかっている。だがその前に話を聞いてくれないか」
魔族はあくまで穏やかに、説き伏せるように語りかけてきた。
「仲間を外に待たせてる」
言外に「だからさっさと倒させろ」と含ませる。
「屋敷の中に入れてもらってかまわないよ。今度は窓を壊さないでくれると助かる」
最初から全て筒抜けだったが、それは構わない。
僕は遠慮なくギロを呼んだ。
僕とギロは魔族の部屋に招き入れられ、ソファーに座るよう促された。
ギロに経緯を軽く説明すると、ギロは眉をひそめた。僕と同様、信じられないといったふうだ。
僕だけ座り、ギロは僕の後ろに立った。
一方の魔族の方は、ギロが魔族の気配を発していることに気づいた様子だ。
「貴方も私と同じく、魔族と共存されているではないですか」
ギロは魔族の手によって魔族にさせられた人間だ。……ということを、丁寧に説明するつもりはない。魔族なら、ギロが元人間であることくらい見抜くはずだ。
僕が黙っていると、魔族が一方的に喋りだした。
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