17 精霊のレッスン

 勢ぞろいした精霊たちは、僕と同じくらいの大きさになっている。

 見た目は猫とはいえ、この大きさの生き物に囲まれたら普通は怖いのだが、精霊たちは全く怖くない。

 むしろ可愛い。こんな時でなければ皆の毛並みを堪能したい。

「過去の勇者の記憶って、どうしてそれがこの国にあんな形で?」

 疑問を口にしながら、自分の頭の中も整理する。

 確かに行ったことのない場所へ空間魔法で飛べそうな気がするし、倒したことのない魔物や魔族、そして魔王との戦闘の記憶や、どこの国がどういうところかといった情報まで、きっかけさえあれば思い出せそうだ。

「この世界に魔王が現れたのは、今回が五度目ノム。勇者の記憶は三度目以降のものノム。魔王は現れる度に前の魔王の記憶を持っていて、勇者たちは苦戦したノム」

「対抗するために、勇者たちも記憶を遺したのか」

「そうノム。四度目のとき、勇者がこの国の出身だったから、代々真面目なここの王族に預けたノム」

 ノームが答えをくれた頃には、僕の頭の中も落ち着いてきた。

「でも、この前倒した魔王は記憶がある素振りなんてなかったよ」

 ラーマ大陸のナリオ国に影を落とした魔王は、ナリオ国の王子の体を乗っ取り、人質にした。

 レプラコーンが作った斬りたいものだけ斬ってくれる剣でないと、王子たちは救えなかった。

 王族を人質にするのは効果的だったかもしれないが、過去の記憶なんか無くても思いつきそうな策だ。

「現れた魔王は全部で四体いるノムから、そのうちの一体だけが記憶を持っているかもしれないノム」

「複数の魔王が現れたことは、過去になかったのか?」

 ノームは頷いた。

「魔族が力を得たら魔王になるのも、知らないノム」

「過去とは違う事態が起きてるのか」

 ここで、過去の勇者の記憶がよぎった。

 魔王の周囲にいる魔物は多少強かったが、魔族ほどではなく、せいぜい難易度Aの魔物が増えただけだった。

 しかし魔王の力は強大で、四度目のときの勇者は何人も仲間を失い、自身も魔王討伐時の大怪我が原因で、凱旋後ほどなくして命を終えていた。記憶は精霊たちが勇者の魂から抜き取ったものだ。

 過去の勇者の記憶とともに、感情も流れ込んでくる。

 魔王を倒せたという誇らしさは、守りきれなかった人々や仲間たちへの後悔よりはるかに小さい。自身の死を悟った時は、記憶を得た僕のほうが辛くなるほど落ち着いていた。勇者としての自覚や覚悟、責任感が強い人だ。

 僕はどうだろう。薄々感づいていたのにギリギリまで自分が勇者であることを隠し通し、今も自分が勇者であることを大っぴらにしていない。冒険者ギルドや国から頼まれれば魔物討伐はするが報酬目当てで、生活のためにやっている。

 あと、今回の魔王はだいぶ弱体化しているのではないか。四体と数は多いが、一体は呆気なく倒せてしまったし。

「魔王の強さは変わってないネナ。ラウトが強いネナ」

 精霊たちに僕の考えは筒抜けらしい。口に出していないのに、ナーイアスが僕の無言の独り言に返事をした。

「だから過去の記憶が無くても大丈夫だったネナ。なのにスプリガンが……」

「移動時間が短縮できたら、ラウトが怪我をする機会が減るスプー!」

 ナーイアスとスプリガンが言い争いをはじめてしまった。

「止めなよナーイアス。僕は記憶を貰って良かったよ。多くの知識が簡単に手に入ったし。今後きっと、すごく役立つ」

「ネナ……」

「心配してくれたんだよね、ありがとう」

 しゅん、としてしまったナーイアスの頭をなでてやると、目を細めて喉からゴロゴロと音を出した。精霊たちは精霊なのに、本当に猫っぽい。

「最初の話に戻るけど、この記憶を元に空間魔法で飛んでも大丈夫かな」

 僕は魔法にまだ自信が持てない。空間魔法は魔法の中でも特殊で、一般的にはマジックバッグを作成するのが主な使用方法だ。転移魔法は超高等技術で、少なくとも僕はまだ使える人に会ったことがない。

「できるスプ!」

 スプリガンが後ろ足で立ち上がり、前足を腰に当てて胸を張った。自信満々だ。

「不安なら、この部屋の端から端までで使ってみるといいスプ」

「うーん、どうイメージすればいいかな」

「ヒュってなって、パってなるスプ」

「???」

「ラウト、風が運ぶイメージでもいいルー」

「燃え上がる炎が伸びるンダ」

「水のように流れるヌゥ」

「大地はどこにでもあるノムから、それを伝うノム」

「ちょ、ちょっと待って」

 精霊たちが一斉にアドバイスをくれた。

 全員の意見を総合すると、目的地を鮮明に思い描いてそこまで流れていく、という感じだろうか。

 でもそれだと、今見えているこの室内ならどこでも行けるが、勇者の記憶にある異国の地なんかは……。

「大丈夫スプ」

 スプリガンが僕の肩に前足を乗せる。

「大丈夫か、そっか」

 精霊は僕に嘘をつかない。……例えば、僕の魂が清く澄んでるだとか、住心地がいいというのも本当のことだと、認めざるを得ない。魂を自分で取り出してこの目で見るわけにはいかないから、何とも言えないというのも本音だけれど。

 その精霊スプリガンが「大丈夫」というのだ。

 だから、大丈夫。

 まずは言われた通り、部屋の端から端までで試した。

 僕の身体は空間を流れるように通り抜けて、部屋の反対側の端へ。

 自然と閉じていた目を開けると、一歩も動いていなかったのに、景色が変わっていた。

「できたっ」

 夜中だということを忘れて、大きな声が出てしまった。慌てて口を抑えても出た音はもとに戻らない。

 いや、ドモヴォーイが遮音の結界を張ってくれているのだった。

 安心してから、転移魔法が成功したという実感が湧いてきた。もう少し試したいが、夜も遅い。

 この先いくらでも練習の機会はあるだろう。

「皆、ありがとう。そろそろ休むよ」

 精霊に解散を告げた。




「ラウト様、やはり、連れて行っては」

「駄目、反省してて」

 翌朝、ギロが朝食の後で僕に同行を願い出た。

 前言撤回はしない。ギロの謹慎処分は、僕がこの大陸の魔王を討伐するまで続ける。

「これ着けて」

 僕が手渡したのは、今朝思いついてレプラコーンに創ってもらった細い銀の腕輪だ。ギロの耳元で効果や使い方を小声で告げると、ギロは「承知しました。ありがとうございます」と、早速腕輪を左手首に着けた。

 腕輪は「幻惑の腕輪」。ギロが魔族の姿になっても、他の人からは人の姿のままに見える、という優れものだ。

 勇者が魔王城を目指すという情報は、魔物側に伝わっているかもしれない。

 僕がいない間にこの国の人たちを人質にでも取られたら、魔王を叩くどころの話ではなくなってしまう。

 それを未然に防ぐか、解決するのがギロに押し付けた役目だ。

「それ、謹慎処分って言えるのかしら」

「何もなければ城から出るなって言ってあるから、実質謹慎だよ」

 アイリの鋭い突っ込みに、僕はなるべく平静を装って返す。

 僕はこれから魔王城を目指す訳だが、あえて転移魔法は使わない。

 道中で魔物や魔族たちをできるだけ討伐して進むつもりだ。

 派手に暴れることで魔族や魔王の目をこちらに引き付けられれば、ギロの出番はなくなる。

「いくらラウトでも、無茶じゃない?」

「船で二晩寝なくても平気だったんだよ。あの時、十日くらいならいけるって思ったんだ」

「私はそんなに起きていられないわ」

「ちゃんと休みながら行くから」


 出立の儀式は無しにしてもらった。王様や宰相といった国の偉い人たちの見送りも、城の中で簡素に済ませた。

 僕とアイリはいつもより少し日数が掛かるクエストへ出かけるような装備で、二人で国を出た。



 道中、早速魔物が襲いかかってきた。

 事前に冒険者ギルドから、魔物が強くなっている地域を教えてもらってある。

 その魔物が直接僕を襲ってくるということは、やはり魔物側へ僕の情報が漏れている。

「心が読める魔王がいたくらいだし、人が隠しきれるとは思わないよ、っと」

 四つ足の身体に人に似た頭部のついた魔物、マンティコアの最後の一匹の攻撃を避けながら、急所に剣を突き刺す。

「難易度Bのはず、よね。また上位種なのかしら」

 アイリは僕の動きを見ることはできるが、動きについてくることはできない。

 マンティコアにオマケのようについてきたゴブリンを、杖術で相手するのがやっとだ。

「謹慎するのは私のほうが良かったのでは」

「それはだめ。アイリは僕の目の届くところにいて」

 僕の居ないところでアイリになにかあったら、僕は立ち直れる気がしない。

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