13 報酬をもらうのも仕事のうち
船旅は、三日目までの嵐や魔物の襲撃が嘘だったかのように穏やかに進み、無事サート大陸の港町へ到着した。
下船の準備をしていると、船室の扉がノックされた。
「こちらに冒険者殿はいらっしゃいますか」
変わった呼びかけ方をするなと思いつつ、ギロが扉を開けると、そこには船員さん数名と船長さんがいた。
「ああ、あの方です」
「間違いない。黒髪に紫の瞳の剣士さんだ」
皆さんは僕に用事がある様子だ。
「そちらの銀髪のお嬢さんも、頑張ってましたよ」
「私?」
僕とアイリが顔を見合わせていると、船長さんが「いいですか?」と断ってから船室へ入ってきた。
「二晩、ろくな休息もとらずに船を守っていただき、ありがとうございました。船を任されるようになって二十年余り経ちますが、今回ほど絶望的状況だったことはありませんでした。是非、お礼をしたく」
船長さんの言葉を聞いた僕は「そんなこともあったっけなぁ」という気分だった。冒険者で勇者だから、魔物を倒すのは当然のことだ。二晩ほぼぶっ通しで魔物を倒し続けたのは初めてだったから、良い経験になった。
「あのう……?」
ついぼんやりしてしまって、船長さんに心配させてしまった。
「あっ、すみません。ええと、お気持ちだけで」
魔物を倒した証拠の核はできるだけ回収してある。これを冒険者ギルドへ持っていけばそこそこの額になるだろう。
だから本気で辞退したかった。
「そういうわけには参りません。まずは、これを」
手渡されたのは、ずしりと重い革袋だ。確かめるまでもなく、中身は金貨だ。
船長さんによると、一万ナル金貨百枚、つまり百万ナル入っているらしい。
「こんなに頂けません」
「いいえ、少ないくらいですよ。足りない分の代わりと言っては何ですが、こちらを。当社の船の永久フリーパスです。お連れの方の分は後ほどお送りします」
フリーパスは僕とアイリの分を渡された。これは有り難い。ギロが僕に補給をし続けていたのも船員さんが見ていたらしく、ギロの分も後でいただけるようだ。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらです。我々の命と船を守っていただいて、本当にありがとうございました」
船長さんと船員さん達が頭を下げる中、その向こうで以前ギロに絡んでいた連中が縄で両手を縛られ、別の船員さん達に連行されていた。あれは一体何事だろう。
僕の視線に気づいた船長さんが、連中に忌々しげな目を向ける。
「あの者たちが魔物と戦う所は見ましたか?」
何組かの冒険者は交代で出てきてくれていたが、彼らは最初に少し見かけただけだ。
「僕は自分のことで手一杯で、他の人が魔物を倒したかどうかまでは」
「ええ、貴方が誰より戦ってくださっていたことは、船員たちが見ておりました。一方あの者たちは我々が雇った冒険者で、護衛を任せたはずなのですが、お客様であるラウト殿に押し付けてほとんど働かず、混乱に乗じて船の食料を盗もうとまでしておりましたので」
ギロが明後日の方向を向いて、眉間を揉んだ。うん、元仲間がそういうことするのって、遣る瀬無いよね。僕も同じ冒険者として恥ずかしい。
「重ねてになりますが、この度は本当にありがとうございました。またの船旅の際も是非ご利用ください」
船長さん達は最初から最後まで丁寧に応対して去っていった。
船を降りると、今度はユジカル国の紋章がついた豪奢な馬車が待っていた。
結局、魔王の居所は教えてもらえることになったので、港町での滞在は取りやめて、一旦城へ向かうのだ。
近くにもう一台、国の紋章は入っているが少々見劣りどころか明らかに罪人護送用の檻付き馬車もある。
「失礼、貴方がラウト様でお間違えないでしょうか」
豪奢な馬車についていた騎士さんがひとり、僕に話しかけてきた。はい、と答えると流れるように馬車へ案内される。
ちらりと隣の馬車を見ると、例の使者殿が、簡素なローブ姿で入っていた。魂が抜けたかのように呆然としている。
「ああ、あの者が大変失礼をしたと伺っております。処罰に関してご要望があれば城で伺います」
「とんでもない。僕は実害を被っていません」
確かにやり取りは面倒くさかったし時間は取られたけれど、それだけだ。
「なんと寛大な。ま、ともかくお乗りください。途中、町の宿も手配済みでございます」
馬車はゆっくりと進み、日が暮れる前でも予定の町に到着すると宿屋へ案内された。
どこでも一番いい部屋を一人一室あてがってくれて、僕たちはのびのび過ごしている……ように見せかけることが出来た。
「ここから西に三キロメートルほどに、一体」
ギロが僕の部屋へやってきて、魔族や魔王の位置を報告してくれる。
僕とギロは夜中を待って宿を抜け出し、討伐して回った。
最初はギロに居場所を聞いて僕だけで討伐しようとしたが、移動されたり、気づかれて逃げられたらお手上げだった。
なので、ギロにも来てもらうことにした。
ギロの魔族の姿には少し驚いたが、ギロはギロのままだったので気にならなかった。
何より飛べるのが便利すぎる。
「ここです。離しますよ」
「うん」
空を飛ぶギロと両手を繋いでぶら下がり、魔族や魔王の頭上で落としてもらい、殆どの場合問答無用で斬り捨てた。
時折、乗っ取られている人とも遭遇するが、毎回レプラコーンの武器で「人は斬らない、魔物たちだけ斬る」と堅く誓って斬っているため、人は傷つけずに済んでいる。魔族や魔王が抜けてもとに戻った人は僕の拙い回復魔法を一生懸命かけてから、近くの町まで運んだ。
「最近、行方不明だった者が町へ戻ってくるということが増えているのです。お心当たりは?」
港町からユジカル国城下町まで、馬車で十日の道のりの半分を過ぎた。朝食の後、馬車に乗り込む前に、ついてくれている騎士さんに訊かれた。
「さあ、僕は馬車で移動して宿で寝ているだけですし」
「助かったものは、黒髪の男に助けられたと証言しておるのです」
もう証言までとってるのか。仕事早いなぁ。
僕が黙ってしまうと、騎士さんは苦笑した。
「疚しい事をしているわけではないでしょう。むしろ感謝しておるのです。何故ラウト様は感謝を受け取ってくださらないのですか」
「手段を秘密にしておきたいので、問われると困るのです」
魔族と魔王の居場所の特定手段や移動手段はギロの力によるものだ。倒して回っている相手と手を貸してもらっている相手が紙一重だなんて、おいそれと言えない。
「事情があるのでしたら詮索はしませんから、お礼くらいはさせてくださいね」
僕が馬車へ乗り込む寸前、騎士さんは笑顔で台詞を滑り込ませてきた。
港町を出て十日後。ユジカル国城下町へ予定通りに到着した。
馬車から降りると、近くに例の護送用の馬車が止めてあった。檻の中には誰もいない。僕たちより二日ほど先に着いていたらしい。
魔王を倒しに来たというのに、こんなにのんびりした行程でいいのかと、騎士さんに聞いた。
返ってきたのは、こんな答えだった。
「魔王討伐という大仕事の前に、勇者様を疲れさせてはいけませんから」
僕としては旅程がゆっくり過ぎて、魔族たちを討伐するくらいで丁度良かった。アイリも「体が鈍る」と部屋でできる範囲の鍛錬を積んでいた。丁重に扱われすぎるのも困りものだ。
城へ着いたからには国王に挨拶するのかと思いきや、一晩休んだら早速討伐に向かって欲しいとのことだった。
そしてその前に、例の使者殿や大臣たちから謝罪があるという。
口まで出掛かった「いらないです」を、ぐっと飲み込んだ。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
僕たちの前に並んでいるのは、左から大臣、大臣補佐、大臣補佐代理、そして後ろ手に縄で縛られた使者殿。
第一声が謝罪だったのは大臣のみで、他はふてくされた表情をしている。
「貴様らっ!」
大臣が一喝すると、補佐以下が渋々といったふうに頭を下げた。使者殿に至っては隣りにいる騎士さんに無理やり頭を押さえつけられている。
「こんな、蛮族の国の小僧に……」
大臣補佐が割と大きな声で言い放つと、大臣が後ろから容赦のない喧嘩キックを入れた。補佐はべちゃりと床に倒れ込んだ。顔面が痛そうだ。
「勇者殿だと言っているだろう! 既に、我々に成し得なかったことをしてくださったのだぞ」
「そんなまさか」
我々に成し得なかったこととは、例の魔物等にされた人たちのことを指していた。
書類を持った騎士さんが、謎の黒髪の男に助けられたという人の名前や出身地を上げていくと、途中で補佐、補佐代理の顔がぴくりと反応した。
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