2 通過します
今のツインクを家に上げるのは何か嫌だったので、ギロに旅の荷物を任せてから、ツインクを連れて近くの喫茶店に入った。
僕とアイリが飲み物を注文している間に、ツインクはがっつりした食事を三人分ほど注文していた。
「念のために言っとくが、僕たちは食べないし奢らないぞ」
ツインクはそれを聞くや「今の全部ナシで」と店員さんに告げ、一番安いお茶のみを頼み直した。
店員さんは顔をしかめながら注文書を書き直して奥へ引っ込んでいった。
「悪いことしちゃったわね」
去っていく店員さんの後ろ姿にアイリが掛けたのは、こんな臭いのを店に連れ込んで申し訳ない、という意味だ。
せめてテラス席のあるところにすればよかった。
「で、何の用? 聞かないけど」
「一度だけでも聞いてくれよ!」
「帰れ」
「話を聞けってば!」
「じゃあさっさと話せ。こっちは長旅から帰ってきたばかりで疲れてるんだ」
僕に肉体的な疲労は全くないが、アイリはだいぶヘトヘトだ。しかしアイリを家に置いていこうとしたら「ついていく」と言い張ったので、ここにいる。
「だからさ、言っただろう? 俺もパーティを追い出されたから……」
「僕が追い出された時、お前どんな顔してた?」
当時レベル十の僕が脱退通告を受けた時、ツインクは嘲りの目で僕を見ていた。
足を引っ張っているのだから当然、と言わんばかりに。
「あの時はほら、確かにレベル低かったから当然だと思ったんだよ。冒険者は実力主義だ。わかるだろ?」
「私はそうは思わなかったわ」
アイリは冷静に突っ込むと、果実水の入っていたコップを天井まで傾けて飲み干し、テーブルにだん!と勢いよく置いた。
「ラウトは誰より頑張ってた。レベルが上がらないだけで下に見て、自分がどれだけラウトに頼ってたのか認めない人なんか、元仲間だったこと自体が黒歴史よ。パーティに入れるのは願い下げだわ。それ以外に用事がないなら帰って! 二度とその顔見せないで!」
アイリは僕が言いたかったことも含めてすらすら喋ると、話は終わりとばかりに店員さんを呼び、会計を頼んだ。
「ま、待ってくれって! 助けてくれよ! 元仲間を見捨てる気か!?」
ツインクはもはや何も取り繕わず、元仲間を強調して叫んだ。
店内には店員さん以外に、他のお客さんもいる。
事情を知らない人たちが、ざわざわしはじめた。
店に連れてくるのは悪手だったなぁ。
「助けて、って何から?」
ツインクは一瞬厭らしい笑みを浮かべたが、隣のアイリが拳に力を溜めているのを見て、慌てて笑みを引っ込めた。
「そ、その……追い出されてからひとりじゃクエストもまともにこなせなくて、パーティも見つからないんだ。ずっとパーティに入れてくれなくていいから、少しだけ一緒にクエストを受けてくれないか」
ツインクの頼みは本当にささやかなものだった。今の僕が、勇者という立場じゃなかったら、受け入れていたかもしれない。
「こっちにも事情があって、アイリ以外とクエストを請けるわけにいかないんだ。そうだな、知り合いの冒険者を当たってやるよ」
「お人好しすぎるわ、ラウト」
アイリが呆れているが、僕はアイリが思うほどお人好しじゃない。
三人で冒険者ギルドハウスに入る。時刻は夕方に近く、クエストから戻ってきた冒険者でごった返していた。
「ヤトガ、今いい?」
以前、魔王軍の拠点を潰しにいくクエストで知り合いになったヤトガを見つけて、声を掛けた。
「おお、ラウトか。随分久しぶりだな。どうしてたんだ?」
「ちょっと旅行してて。ところでパーティに空きはある?」
冒険者のパーティは、三人から六人のところが多い。戦闘中の連携が取りやすく、報酬の取り分が充分なのが、このあたりの人数なのだ。
ヤトガのパーティは僕の知る限り四人で、僕とアイリをまとめて引き入れたいと言ってくれたこともある。
「なんだ、俺のパーティに入ってくれるのか?」
「僕じゃなくて、こいつなんだけど。弓使いのツインクっていうんだ」
僕はツインクをぐい、と前へ押した。ヤトガは顔を顰めて、僕とツインクを交互に見た。
ツインクはというと、僕とアイリにはニヤニヤ笑みを浮かべながら人懐っこそうに話すくせに、ヤトガを見て明らかに萎縮している。何なら顔色も悪い。
ヤトガはツインクに背を向け、僕の肩に腕を回してツインクから少し離れた。内緒話をする格好だ。
「ラウト、こいつと知り合いなのか? 何か弱みでも握られているのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、面倒を見ざるを得ないというか」
諸々の事情を話すと、ヤトガは声のトーンを更に一段落とした。
「クレレが少し前に『酷い弓使いを引いた』とぼやいていた。名と人相が一致している」
クレレもヤトガと同じ経緯で知り合った冒険者だ。臨時だったがパーティを組んだこともある。面倒見の良い、模範的な冒険者であるクレレにそんな事を言わせるなんて、何をやらかしたんだよ、ツインク。
「詳しい話が聞きたかったらクレレに聞いてみろ。ツインクといえばこのあたりの冒険者の中で、疫病神扱いされている」
「疫病神!?」
思わず大きな声が出た。背後のツインクがびくりと肩を震わせ、じりじりと僕たちから離れる気配がする。
「よし、ならば俺のパーティで少々揉んでやろう」
「いいの?」
「ああ、いいさ。先日も大きめのクエストが上手くいって、余裕があるからな」
内緒話を終えて振り返ると、アイリがツインクの服の端を掴んで逃さないようにしていた。
「こちらのヤトガがパーティ入れてくれるって。よかったなツインク」
「う、あの、よ、よろしくおねがいします……」
僕たちへの態度はどこへやら、挨拶が言葉尻になるほど小さくなっていく。
ツインクがパーティ加入申請を出している間に、ヤトガにお礼を言った。
「助かるよ。この礼は必ず。もし何かあったら」
「遠くに放り出してきてやるさ」
ツインクが何かしでかしたら適当に放置しておいてくれ、と言おうとしたら先回りされた。
「パーティの面倒を見るなんて、お人好し以外の何者でもないじゃない」
ツインクを残してギルドハウスを後にすると、アイリがぶちぶちと文句を言いはじめた。
「あ、そっか。アイリはヤトガのこと、あまり知らないよね」
「ちょっと話したくらいね。ラウトは何を知っているの?」
ヤトガはレベル五十を超えるベテラン冒険者だ。パーティメンバーも粒ぞろいで、オルガノの町では知らない冒険者はいない。
そんな冒険者の元には、年に何人か、パーティ加入希望者が現れる。
「僕とアイリは気に入られてるから、親切にしてくれてる。でもヤトガって身の程を知らない人とか、礼儀がなってない人にはすごく厳しいんだ」
年に何人か現れるパーティ加入希望者は、ほぼ全員がオルガノの町へ来たばかりの冒険者で、しかもろくに情報収集も行わず、レベルや実績だけを見てヤトガのパーティを選ぶ人だ。
「仲間の面倒見はいいから、ツインクもちゃんとやれば食いっぱぐれはしないと思う。だけど、冒険者として求められる技量が高いからね。技量が低いってわかったら、クエストの前に厳しい訓練を課せられる。今ヤトガのパーティにいるのは、それを乗り越えた人だけなんだよ。逃げ出した人は二度とこの町に近づかないんだって」
……という話を、僕はクレレから聞いた。
「じゃあツインクは……ふふっ、そういうことだったのね」
アイリは悪い笑みを浮かべた。僕も似たような表情をしていたと思う。
「さ、帰ろう。ギロのご飯が待ってる」
「そうね」
お城の料理や船上で食べた新鮮な魚も美味しかったが、ギロの料理が恋しかった。
勇者になったからといって、普通のクエストを請けなくていいというわけではない。
むしろ、勇者たるもの率先して魔物を討伐するべきだ。
というわけで帰宅三日後にはアイリと二人でクエストを請けるため、冒険者ギルドへ足を運んだ。
「よお、ラウト」
声を掛けてきたのはヤトガだ。その後ろにはヤトガのパーティの仲間もいる。
「やあ、ヤトガ。あれからどうなった?」
仲間のなかにツインクの姿が見えず、思わず聞いてしまった。
「逃げた」
「へっ?」
「今朝、叩き起こしに行ったらもぬけの殻だった。ありゃ確かに疫病神だ」
ツインク、音を上げるの早すぎない?
「ごめん。ここまで根性なしだったとは思わなかったよ」
僕が頭を下げると、ヤトガは「気にするな、顔を上げてくれ」と言い、詳しい話を聞かせてくれた。
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