29 決着

「おっと、その剣でも斬るのは止めたほうがいいのではないか? 身体は人間だからな……おおおぅ!?」

 そいつに剣で斬り掛かる直前で、どうにか寸止めできた。

 心が読めるらしい魔王ですらも僕の動きは速いと感じるようだ。

「ラウト殿、その身体は第二騎士団の団長と瓜二つだ」

 フィオが声を絞り出す。

 第二騎士団……。そういえばナリオ国王が「第二騎士団の仇」と言っていたような。

「あの烏合の衆か。鍛えてある人間というのは美味でな。生け捕りにして一人ずつ、だ、だから止せ!」

 もう一度振りかぶると、今度は距離を取られた。

 心が読めるということは、僕がどう動こうとしているかも読めるのか。

「そうだ。貴様の身体は素晴らしいな。我が依代に相応しい。どうだ? 明け渡せば他の者たちは見逃してやるぞ」

 この惨状を見てまだそんな台詞が吐けるのか。

 嫌悪感を顕にすればするほど、魔王はニタニタした笑みを深めた。

「人間は、己が取って喰われるなどと微塵も考えていない。だからこそ、身体の端から少しずつ喰らってやると、よい悲鳴を聞かせ、絶望で心を満たしてくれるのだよ」

 黙らないかな、こいつ。

 これ以上、心を読まれるのも不快だ。


 精霊に確認してから、僕は全身を脱力させた。

 剣と盾も一旦手放し、隙だらけの無防備な体勢になった。


「なんだ? もう諦めたか? ……んむう?」


 僕の身体が勝手に動き出す。

 手にはレプラコーンが新たな剣と盾を創り出し、どちらもサラマンダの炎を纏った。

 シルフの風で跳躍し、僕の身体を支配したウンディーヌが剣撃を放つ。

 僕の思考はスプリガンとドモヴォーイに封じてもらい、ノームは「人間は絶対に斬らない」と岩のように硬く誓ってくれている。


 魔物は精霊の助力を得られないのなら、精霊の心も読めないだろう。


「がはっ!? な、何が」

 第二騎士団長の身体が倒れ、黒い靄が吹き出る。靄はすぐに人の形をとったが、その姿は第二騎士団長にそっくりだった。

「おのれ、精霊か! 小賢しい!」

 黒い刃が無数に飛んでくる。

 避けきれず傷ついた身体は、ナーイアスが即座に癒やした。

「だが所詮は精霊! 魔王たる我が精霊ごときに遅れを取るものかっ!」

 黒い刃は更に数と速さを増し、ナーイアスの治癒が追いつかなくなってきた。


 おいしいところを持っていくようで申し訳なかったが、精霊から身体の全権限を返してもらった。

「はっ! 人ならば心を……がはああああ!」

 心を読まれて返事されるのが嫌で精霊に頼ってしまったが、元々魔王は僕の心を読んでも動きについてこれていなかった。

 第二騎士団長の身体も無事返ってきた。後は僕が、やれる。


 魔王の首をあっさり斬り落とした。普通の魔物ならこれで死んで消滅が始まるが、魔王はまだ消える気配がない。

「……?」

 地に崩れ落ちる魔王の身体を、魔王の首が逆さまになって不思議そうに眺めている。

「あれは、我が身体? おかしい、身体が、何一つ動かぬ。貴様、何をした」

 しかもまだ喋る元気がある。流石魔王、なのかな。

「貴様、まだ精霊に身体を操らせているのか? おい、我はどうなったのだ。答えよ」

 僕の心は読めなくなったようだ。

 こうなってしまうと、口頭で説明するの面倒くさいな。

「魔王。お前は僕に斬られて、首だけになってるんだよ」

 アイリから「親切ねぇ」、フィオから「なんと慈悲深い」なんて声が聞こえてくる。

 そうだよな、これまでさんざん人間を殺してきた魔王だ。これ以上何かを与えて死なせるのは、勿体ない。

「おい、まさか、我に止めを!? や、やめ……っ!」


 断末魔を出せないよう、頭を粉々に斬り裂いた。

 頭が消え去っても身体は残ったままだったから、こちらも念のために切り刻み、サラマンダの炎で焼却した。


「終わった……?」

 レオが不吉なことを口にする。

「終わりました。魔王は完全に滅しました。もう大丈夫です」

 早口で言い募って全員建物から出た後、建物も燃やし尽くした。

 建物に使われていた魔物のものであろう無数の細かい核が、辺りに散らばっている。

「集めてくれ、スプリガン」

 もう既に王子たちの前で散々精霊の力を使ってしまったから、スプリガンに核の回収を頼んだ。

「なあ、ラウト殿。魔物はその、消えると『魔物の核』を落とすのだな? それに例外は無いか」

「例外?」

 フィオが辺りをキョロキョロと見回しながら、妙なことを言いはじめた。

「魔王の核は、どこだ?」

 すぐに気配察知を展開させる。が、遅かった。


「きゃあっ!」

 地面の下から青黒い腕が伸び、アイリの足首を掴んで引きずり込もうとしていた。

「はははははあ! 身体が朽ちた程度で我が死ぬと思ったか! 軽忽、軽忽!」


 アイリだけは、お前の好きにさせない。


 僕の思考はそれでいっぱいになり、あとは自分がどう動いたか、よく覚えていない。


 王子二人と第二騎士団長はドモヴォーイの結界に護られた状態で、僕はアイリを抱きかかえてそれぞれシルフの風で空に浮かんでいた。

 足元には、巨大なクレーター状に抉れた大地がある。

 よくよく見ると、その中心に、身体のパーツがちぎれ飛び重たいものに潰されたような、かろうじて人の形をした何かの残骸とわかるものがあった。

 手足の感覚が戻ってくる。剣を握る右手はじりじりと痺れ、全身の関節がやたらと痛む。

 左手と腕にあるアイリの温もりが、妙に安心する。

「アイリ、僕、何をした?」

「覚えてないの? 確かに、我を忘れてたように見えたけれど……」



 アイリは突然足を引っ張られ、思わず悲鳴を上げた。

 魔王の声がしたかと思うと、僕がすぐ目の前にやってきて、アイリを掴む手首を斬り落とした。


 僕は「見たこと無いほど怖い顔」をして、地面に向かって思い切り剣を振り下ろし、地面の下にいた何かもろとも吹き飛ばして、このクレーターを作り出した、らしい。


「そっか……。あ、ちゃんと止め刺さないとね」

 アイリをシルフの風に任せて、僕は魔王の残骸のもとへ降りた。


「ぐ……ぐ……」

 まだ生きてるし、再生しようとしている。

 このしぶとさが、魔王たる所以なのかな。

「燃やしても駄目だったから、どうしたらいいかな」

 精霊たちに相談すると、ナーイアスが出てきた。

「治癒の反対は破壊ネナ。ラウト、私の力を逆転させて使うネナ」

「わかった。……完全に破壊してくれ、ナーイアス」

 治療の時は暖かい光を放つナーイアスから、身震いするほどの冷気が流れ出した。

 冷気は魔王の残骸をくまなく包むと、残骸をさらに細かい塵にした。


 魔王が完全に消え去ると、後には僕の頭より大きな魔物の核が残った。

「スプリガン、これを預けても大丈夫か?」

「心配いらないスプー」

 魔力に関して鈍い僕にも、この魔物の核が異常すぎることくらいわかる。

 そんなものをスプリガンに預けるのは不安だったが、スプリガン自身が気軽に請け負った。



 シルフの風を解いて王子たちとアイリを地面へと降ろした。

「ラウト殿。此度の魔王討伐、確かに見届けた」

「ありがとうございました。貴方は命の、この国の恩人です」

 王子二人が急に王子らしい改まった口調で、僕に頭を下げた。

「いえ、その。お二人もお疲れでしょうから、まずは城へ帰りましょう。あの、今更なのですが、僕が精霊たちに力を借りていることは……」

「心得ております。誰にも話しません」

 フィオがそう言うと、隣でレオも頷いた。

「助かります。ではしばらく、目を閉じていてください。アイリはこっち」

「えっ、えっ!? ちょ、ちょっと、王子様たちが見てるのよ!?」

「我々は目を閉じております」

「はて、何が起きているのやら」

 王子二人がしらばっくれたので、僕は二人に感謝しながらアイリを抱き上げて、シルフに力を借りた。




 城へ戻ると、僕たちは大歓迎を受けた。

 レオは牢に入れられそうになったが、フィオが全力で止めたので、王様も「ならば先に話を聞いてから処罰を決めよう」と保留になった。

 第二騎士団長もアイリの回復魔法が奏功し、無事意識を取り戻した。

 最低限の人間のみが入室を許された謁見の間で、僕は魔王の核を披露した。それと同時に、これを他の魔物の核と同様に扱うのは危険な気がする、と提言した。

 普通の魔物の核は意外と脆くて、金床と金槌で簡単に潰せてしまうのだが、魔王の核は僕がどうやっても壊せなかった。

 魔王は完全に消滅させたが、あの魔王ならこの核から生き返っても、何の不思議もない。

 核は一先ず僕が預かり、核自体を消滅させる方法を探すことになった。レプラコーンに魔力封じの枷を作ってもらって厳重に封印し、スプリガンが「絶対安全スプー」という空間へ放り込んでおいた。




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次回、第一章最終話です。

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