21 見つかった

 セルパンは村へ戻るなり、「魔物が襲ってくるぞ!」と大声を出したらしい。

 自分が魔物の第一発見者で、群れを一つ片付けてきたような言い方をしたそうだ。

 アイリとアーコが先んじて村長さんや僕の父たちに連絡していたこともあり、まず父が「ラウトが魔物を食い止めている」と告げ、村の人たちを落ち着かせた。

 次に僕の兄たちが、言うだけ言って村を混乱させかけた後しれっと村長の家に帰ろうとしていたセルパンを捕獲。レベル四十五のセルパンが、剣術や体術の心得はあれどレベルなんて殆ど上げていない兄二人に捕まったのだ。冒険者ギルドで請けられるクエストにレベルで制限をつけるシステムの根底を覆す事件だが、これはセルパンが日頃の鍛錬を怠りすぎた結果だと思いたい。

 セルパンが牢に入っているはずだという情報は、僕の家とアイリの家と村長さんしか把握していなかったため、村の人はセルパンを見かけても「里帰りしてたのか」程度の認識だった。

 村長さんは村の人の騒ぎを収めるのに必死でセルパンに気づかなかったと証言したが……。

「魔物が来たって叫んだのはセルパンよ。声で気づかなかったの?」

 アイリが冷たい表情と声で村長さんを問い詰める。

 もはやアイリにとって、セルパンの親である村長さんも軽蔑の対象のようだ。

 村長はしばらく黙っていたが、皆の無言の圧力に耐えきれなくなったかのように、声を絞り出した。

「……良い考えがある、一度だけチャンスをと言われて、儂が解放した。まさか、防護結界魔法の魔道具を破壊して魔物を誘き寄せるとは……」

 最後まで信じたかったのに、息子がやったのは最悪の事態を招きかねない犯罪だった。村長さんはとうとう顔を覆って嗚咽を漏らした。

「こうなっては、もう貴方に村を任せられない。一旦私が、長の権利を預かる」

 うちは領地も領民も持たない男爵家だが、僕から見て曽祖父の代まではこの村の村長を歴任していた。

 祖父の代に、農業の方面で画期的な技術を編み出して広め、結果的に国を豊かにしたという功績で男爵位を賜った。祖父は爵位と村長の二つは荷が重いからという理由で、今の村長の祖父に村を任せた。

 この村の村長に関する背景について、僕の家では親から教わるのだが、多分村の人達やセルパンは知らないと思う。知っていても知らなくても、村の人達の暮らしには何の影響もないからね。

 しかし、村長が問題のある息子を野放しにし、果ては村を危険に晒したとあっては、話が変わってくる。

 父は他の適任者が見つかるまで村長を勤めることになった。


 防護結界魔法の魔道具は、国から支給されている。それを意図的に壊したセルパンは重犯罪者扱いとなり、王城にある地下牢へ収監されることになった。

 おそらく数年は労働奴隷をやることになるだろうとは父の推測だ。

 村長も責任を問われて収監されたが、実行犯ではないので数ヶ月の投獄で済むとのこと。

 そして、刑期が明けても、もうこの村には住めない。

 危険に晒された村の人達は怒り心頭で、村長の家を物理的に取り潰そうとしたのだ。

 僕が止めに入ったら、何故かすぐにやめてくれたけど。


 国への連絡や防護結界魔法の魔道具の修理と再設置の手配など、事後処理が終わったのは、夜も遅くなってからだった。


「実は五年前、セルパンが冒険者になるから村を出ると言い出して心配だと村長……元村長に相談されてな。ラウトを推したのは私なのだ。お前は昔から学問も武術も良く出来て努力家だから、村に閉じ込めておくより広い世界を見聞させたほうが良いと思ってな。しかし、あそこまで愚か者だったとは……苦労しただろう。すまなかった」

 遅い夕食の席で、父から打ち明けられた。

 父から元村長へ話が繋がっていたとは。

「いいえ。お陰で僕は力をつけられましたし、村を守れましたから」

 きっかけはセルパンに誘われてだったが、僕は今、自分で冒険者を続けることを選んでいる。

 レベルや精霊については想像すらしていなかったから驚いたけれど、守りたいものを守れるなら悪くない。



 翌朝。国と最寄りの町の冒険者ギルドから使者が来て、村を襲った魔物に関する調査が行われた。

 僕は大人しく、例の巨大な魔物の核を差し出した。


「これは……難易度Aの上、Sでもなかなか見ない大きさですね」

 ギルドの人が魔物の核を見てそう断言すると、

「君、ステータスを見せてくれないか」

 国からの使者さんが僕にステータスの開示を求めてきた。


 今度こそ、腹を括った。




*****




 故郷のストリング村、セルパンたちとパーティを組んでいた頃の拠点があるパーカスの町、ギロが留守番をしている今の拠点があるオルガノの町は、ミューズ国の領地だ。

 ミューズ国城下町は、オルガノの町から北東へ馬で二日ほどの距離にある。

 僕とアイリは、一旦オルガノの町へ寄り、それから城下町へ向かうことになった。

 ついに勇者適性試験を受けろと命令されてしまったのだ。

 能力値測定のための魔道具は高価で希少なため、小さな町の冒険者ギルドには置いていない。ミューズ国城下町にある冒険者ギルドへ足を運ぶ必要があった。

 どのみち、試験には王城に仕える精鋭騎士との試合も含まれる。城下町へ行くのが手っ取り早い。

 ストリング村の防護結界魔法の魔道具の修理と再設置が終わるまでは、村の護衛として残ることを許されたが、国が超特急で手配してくれたお陰で、二日で再設置が済んでしまった。

 七日は滞在予定だったのに、結局五日で村を出ることになった。

「次に会うときは勇者様かぁ……」

 フィドラが暢気なことを言う。

「俺は勇者の兄ということになるな」

 ラバスまで調子に乗っている。

「ラウト兄様はラウト兄様よ。また、いつでも帰ってきてね」

 可愛いレベッカの頭を撫でると、レベッカは猫のように目を細めた。

「私はお前を誇りに思うよ、ラウト」

「まだ勇者と決まったわけではありませんよ」

 一番浮かれているのは父かもしれない。念のために釘を差しておいた。


「では、お元気で」

「気をつけてな」


 家族に別れを告げ、馬に乗ってアイリと共に村を出た。


 馬は急かさず、ゆっくりになりすぎないよう気をつけるだけの速度で走らせた。

「また溜息」

 アイリに指摘されて、思わず自分の口を手で押さえた。

「ごめん」

 同行者がこれでは、アイリも馬も気が散るだろう。気をつけないと。

「ううん。監査役に便宜を図ってもらうこともできなくなったものね」

 今回の件に、オルガノの町の冒険者ギルドの監査役は関係ない。アトラスの魔物の核を鑑定したのは、村にたまたま来ていた別の町のギルド職員だ。

 村と町の違いは単純に人の多さや土地の広さの差で、基本的に村には冒険者ギルドがない。

 魔王のせいで魔物が増えたため、一定の規模の村にもギルドを置くことになり、その調査で村を訪れていた。

 人為的とはいえ防護結界魔法の魔道具が壊れたら即魔物が攻めてきたことから、ストリング村にも冒険者ギルドを作ることが決定した。


 村の人からは「ラウトのお陰で助かった」「あの大きな魔物が村に来ていたらとんでもないことになっていた」と感謝された。

 元を辿れば、僕がセルパンについていかなければ、セルパンがこうなることもなかったのじゃないかな。

 僕がセルパンの世話を焼きすぎて、増長させてしまったんだ。

 だから僕には感謝を受け取る資格はない。ただ、自分のやったことの後始末をしただけだ。

「――なんて事、考えてるでしょ」

 アイリにまるっと言い当てられた。

「心が読めるの?」

「違うわよ。ラウトのことずっと見てたか……んんん、付き合い長いでしょ。ラウトの考えそうなことくらい、わかるわ」

「? そっか」

 なにか言い淀んだ部分があったが、アイリの話に耳を傾けることに専念した。

「セルパンがラウトの優しさに付け込んで、努力を怠った結果よ。ラウトは何も悪くないし、魔物を倒して感謝されて当然なの。あのアトラスだって、もし村に来なかったら他の人や村を襲ったかもしれない。それを未然に防いだのはラウト、貴方よ」

 アイリはいつも僕の心を軽くしてくれる。

「ありがとう」

 アイリに感謝を伝えると、アイリは何故か顔を真赤にして向こうを向き、突然馬を急かした。

「どうしたの、アイリ。待ってよ早い」

 アイリは「反則よ!」と叫びながら、ますます馬を飛ばす。

 馬が疲れてしまうからよくない。

 僕は慌てて追いかけつつ、どうにかアイリをなだめた。

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