19 長閑な日々
アイリとアイリのお父さんを家まで送り届けると、家の中からアイリの弟が出てきた。確かレベッカより二つ下だから、十三歳。この村では大人扱いされる年齢だ。
「おかえり父さん、姉ちゃん。……って、ええ? ラウト兄ちゃん!?」
「久しぶり、ヴィオ」
ヴィオは僕を見上げてのけぞった。たしかに背は伸びたけれど、ヴィオも大きくなったから身長差で言うとあまり変わってないと思う。
「冒険者やると背が伸びるの? でも姉ちゃんは……」
「お黙り、ヴィオ」
アイリがヴィオの口を手で塞ぐと、ヴィオがふごふごと文句をつけた。
ちなみにアイリは女性としても背が低い方だ。そこが可愛いと思うんだけどな。って、何を言ってるんだ僕は。
「ラウト、この後どうする?」
ヴィオはアイリの手から解放されると、僕の背後に隠れた。
「二日くらいゆっくりしてからオルガノへ戻るのはどうかな。アイリは?」
「わかっ……」
「ええー!? たった二日!?」
抗議の声を上げたのはヴィオだが……僕の父にアイリのお父さんまで、僕たちをしょんぼりした目で見ていた。親のそんな顔見たくなかった。
「み、三日……五日……いや七日……は羽伸ばそうか!」
「そうね!」
父たちの顔色を見ながら滞在期間の延長を提案すると、七日で「渋々妥協」の顔になった。アイリも僕と同じ気持ちだったのだろう。速攻で肯定した。
後でギロに連絡入れておかなくちゃ。
連絡手段には、スプリガンのマジックバッグを使う。内部空間を広げるだけかと思いきや、別のマジックバッグと繋げることができたのだ。手紙やちょっとした物が入るバッグ二つをその仕様にしてもらい、片方を家に、もう片方を僕が持っている。家に置いてある方はギロが一日数回確認してくれるので、手紙を入れておけば連絡ができる。本当に便利だ。
「じゃあ、またね」
改めてアイリ達と挨拶しあって、僕と父は家へ帰った。
昨日帰ってきてからずっとそうなのだけど、家では至れり尽くせりのもてなしを受けている。
村を出てから自分のことは全て自分でしていたし、何なら
かといって家族の厚意を無下にできないので、ありがたく受け取っている。
「ラウト坊ちゃま、お待たせしました。こちらはどうでしょう?」
ドムラが持ってきてくれたのは、新しい服だ。
早速着替えると、今度は丁度よかった。
「ありがとう。ピッタリだよ」
但し、いつもの普段着や装備よりはかなり動きづらい。冒険者になる前は毎日着ていた形の服なのに。慣れって怖いな。
夕方近くになってから、また服を着替えた。剣の鍛錬をするためだ。
僕が動きやすい格好で敷地の一角にある修練場へ行こうとすると、兄二人とレベッカがついてきた。
「ラウト、手合わせしよう。どのくらいになったか見てやるよ」
フィドラが木剣を素振りしながら、そんな事を言う。
五年前は兄達に勝てなかったが、今は……。
「僕はずっと魔物を相手にしてるんだよ、兄上」
「やってみなきゃわからないだろう? ほら、いくぞ!」
フィドラの剣さばきは五年前より腕を上げていた。
しかし今の僕にはフィドラの動きが全て遅く見える。
フィドラの剣を全て紙一重で避け、攻撃と攻撃の間にある一瞬の隙に、フィドラの喉元に剣を突きつけた。
「えっ?」
「フィドラ兄様?」
ラバスとレベッカが素っ頓狂な声を上げる。
「……俺は負けたのか?」
「そうなりますね」
当事者であるフィドラまでそんな事を言い出す。
剣の構えを解くと、フィドラは僕を見上げて首を振った。
「参った。予想以上というか、想像以上というか……強くなったんだなぁ、ラウト」
「ありがとうございます」
「そんなに強いのに、毎日鍛錬しているの?」
「毎日しないと意味がなくなるんだよ」
僕とレベッカが話している間に、フィドラが頭をかきながら空けた場所へ、今度はラバスが立った。
「動かない的よりマシだろう?」
フィドラからもぎ取った木剣を構えながら、そんな事を言う。
兄二人は昔から文武両道だが、学問はフィドラ、剣はラバスのほうが僅差で上だ。
つまりフィドラよりラバスのほうが強いのだが……正直、的無しで素振りしていたほうが手加減しなくて済むからやりやすい。
けれど家族の厚意を無下にできない。
本格的な鍛錬は夜中にこっそりやることにして、ラバスとも手合わせした。
兄二人は交互に僕と剣を交え、最終的に二人がかりで本気になって僕から一本取ろうとしてきた。
僕の鍛錬にはならなかったが、楽しかった。
滞在三日目はアーコの買い出しに付き合った。というか、無理やりついていった。
村の様子を見たかったし、家にいれば家族に寄ってたかって構われるので、気分転換だ。
「坊ちゃまに荷物持ちさせるなんて……」
「これ着てれば、新しい従者でも雇ったって誤魔化せないかな」
いま着ているのは、いつもの普段着だ。少し伸びていた髪を後ろで束ねて帽子を目深に被り、アーコのまえで「どう?」と手を広げてみせた。
「すぐにバレると思いますよ」
「それならそれでいいや。さ、行こう」
アーコとドムラは僕たち兄妹が子供の頃から家に仕えている。時に親代わり、兄や姉代わりの二人は、僕たちを厳しく躾けつつも、根本的なところで甘い。だから僕がぐいぐい押すと「仕方ないですねぇ」と頬を緩めて許してくれるのだ。
アーコの予想通り、僕の変装は買い物一軒目の野菜屋さんで呆気なく見破られた。
「あんたラウト坊っちゃんかい? いやー、大きゅうなったなぁ」
「あらー、久しぶりねぇ。元気してた?」
行く先々で声をかけられ、品物を買うと大量のオマケがついてくる。遠慮するのは諦めた。
「みなさんもお変わりない様子で何よりです」
「あっはっは、相変わらず礼儀正しいねぇ」
冒険者をやっている時はだいぶ丁寧口調が抜けるようになったのに、故郷へ帰った途端こうだ。不思議である。
一通り買い物を終えた頃、アイリとばったり出会った。
アイリはヴィオと二人で、ひとり一つずつ紙袋を持ち、串に刺さった何かをもぐもぐやっていた。
「買い物?」
「うん。家だと指一本動かす必要が無いくらい至れり尽くせりで、体を動かしたいからって出てきたわ」
僕と似たような状況になっていた。
「あれからセルパンがどうなったか聞いてる?」
「いや。何かあったらうちの父が対応するとは言ってたけど」
セルパンは村長が「躾け直すために」と、どこかの騎士団か傭兵団へ送り込むつもりらしい。募集中のところを探していて、我が家の糸より細い伝手も辿っている最中だ。
更に言えば、セルパン本人は村長宅にある罪人一時預かり用の牢に放り込まれているはずだ。
息子に甘い村長にしては、かなり厳しい対応だと思う。
「じゃあ家から出てないのよね?」
「どういうこと?」
アイリが首を傾げている。
「村の外れで見かけた気がするのだけど、他人の空似だったのかしらね」
「村の外れ? ……アーコ、荷物どこかに預けて、すぐ家に帰って。ヴィオは村長さんに知らせて。魔物が来る」
常時展開していた気配察知が魔物の気配を感じ取った。今、村の南側から魔物の群れが迫ってきている。
魔物は人の多いところを避けるが、ひと思いに襲うなら逆に大きな町を狙う。
村には防護魔法の魔道具が設置してあるし、襲う場所としては小規模だから、僕が知る限りこんな大きな群れには一度も襲われたことはない。
「ほ、本当ですか、坊ちゃま」
「嘘なんか吐かないよ。早く、父たちにも知らせて」
村長と男爵である父が動けば、的確に村民の避難指示ができるだろう。
「杖とってくるわ」
「僕は先に迎え撃ってくる」
「坊ちゃま、武器は――」
僕のいつもの剣と盾は部屋に置いたままだが、精霊が作ってくれる。アーコに説明している場合ではないので、そのまま走り出した。
村の南の外れで、レプラコーンに頼んで剣と盾を創ってもらった。どちらも普段使ってるものより質が良い。レプラコーンの武具は一度創ったら破壊されない限り消えないから、もうこれをこのまま使おうかな。
そんな事を考えながら魔物が向かってくる方角を見据えていると、後ろから人の気配がやってきた。
「ここは危ないので村の中へ……って、セルパン!?」
「なんでお前が先にいるんだよ!」
村長の家の牢に閉じ込められているはずのセルパンが、剣で僕の方を指していた。
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