1-33 相浦実玲奈について③
元の世界に戻った玲子は、今までの葛藤を振り払い、とにかくやってくる仕事をこなしていった。すぐにでももう一度ミノルに会いに行きたかったが、異世界旅行は高額だったので、費用を捻出する必要があった。
次に会いに行くときは、もうこちらには戻ってこない。そう決めてしまうと、不思議と今まで悩んでいたことはすべて吹き飛んだ。嫌なことがあっても、異世界での出来事であるかのように静観することができた。
そして、およそ一年が経った頃、ようやく貯まったお金で二度目の異世界旅行へと旅立つ。
「久しぶりだね」
一年ぶりに再会したミノルは、ただでさえ細かった身体が一段と痩せていて、目はひどく落ち窪んで、老け込んだ姿だった。
このときはじめて二人は二つの世界の間で流れる時間が大きく異なることを認識する。
「およそ五倍か」
玲子が元の世界に戻って一年を過ごす間に、ミノルは五年の時を過ごしていた。
「そんなにも長い間待たせてしまっていたなんて……」
「いや、いいんだ。こうしてまた会えるなら、何年だって待つよ」
こうして二人は再会することができた。
「実はね、ミノルに伝えなければならないことがあるの」
そう言って鞄から一枚の紙を取り出す。
「これは……赤ちゃん?」
そこには瞼も開いていないような、生まれたばかりの赤子の絵が写っていた。
「ええ。私とミノル、二人の子よ」
「それって、まさか!?」
「あのときに妊娠してしまったみたい」
前回の旅行でミノルと夜を過ごし、そのときに玲子は二人の子を宿していた。それに気付いたのは、元の世界に戻ってしばらくしてからで、彼女は悩む間もなく生むことを選んだ。
「本当は連れてきてあなたにも会わせたかったんだけど……」
当然ながら異世界旅行というリスクのある場に赤子を連れてくるわけにはいかない。そもそも旅行会社側も受け付けてくれるはずがなかった。
事情を話せばあるいは、とも考えたが、異世界人との間の子という特異点に対して、どういう反応が返ってくるかもわからない。
「それでね、あなたにお願いがあるの」
状況を読み込めず、うろたえているミノルに対して、玲子はお構いなしに話を続ける。
「私に転移魔法を教えてほしい」
「転移魔法だって?」
ただでさえ理解の追いついていないところに、さらにとんでもない語句を詰め込まれて、ミノルはほとんどパニック状態だった。
「旅行会社があるくらいなのだから、転移魔法を使える人間は存在するってことでしょ? それを私が使えるようになれば、子どもをあなたに会わせられる」
「転移魔法は禁忌中の禁忌で、その方法はごく一部の人間しか知らないと言われてるんだ。そもそも莫大な魔力と繊細な技術を要するから、現実的に不可能だ。勇者ソウハとその仲間は、転移魔法を使って二つの世界を行き来していたというけれど……」
この世界では、転移魔法というのはほとんどおとぎ話に近いものだった。
「でも条件は揃ってる」
しかし、玲子は確信めいた口調で続ける。
「勇者ソウハ並みの魔力なら、ここにある」
玲子は自分の胸を指さして言った。
「転移魔法のやり方は、ミノルが知ってるんでしょ?」
魔法学者であるミノルの書斎には、禁忌魔法に関する書物も数多く存在していた。そうしたものには偽物や眉唾も多く、どこまで信用に足るものかは精査が必要だが、転移魔法に関する記述があるものもあるのは確かだった。
「わかった、協力するよ。自分の娘と会うためだ」
すべてを見透かされたミノルは、諦めて彼女に従うしかなかった。
「私はまた元の世界に戻らなくちゃいけない。半年後、こちらで言う二年半後に、もう一度こっちの世界へ来るわ。だから、それまでに転移魔法について調べておいてほしい」
そんな無理難題をミノルは承諾した。父としての責任と学者としての矜持が交じり合ったような不思議な感覚に満たされていた。
そしてそこから二年半の間は研究に没頭し、彼はついに転移魔法を完成させた。
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