【コメディ】鉄分摂取

 徹夜明けの仕事終わり。

 自宅へ帰る途中に気晴らしに公園へ立ち寄ったところ、スーツ姿の男がベンチの足をかじっていた。

 変な人がいるな、と私は思った。


「何してるんですか?」


 私が声を掛けると男は顔を上げた。

 明らかに目の焦点が合っていない。

 本当に変な人のようだ、と私は思った


「軽い眩暈を感じてね。どうやら最近徹夜続きだったせいで貧血のようなんだ」

「はあ」

「貧血には鉄分がいいと言うだろう?」

「そうなんですか?」

「そうだよ。そしてこの椅子の足はスチール製だ」

「そうですね」

「つまり鉄分を取るにはこうするのが一番手っ取り早いんだ」


 男はそう言ってニヤリと笑うと再び椅子をガジガジやり始めた。

 確かに貧血のようだ、と私は思った。

 明らかに脳がまともに動いていないらしい。


 そのまましばらく様子を見ていたが、男は突然スッと立ち上がった。


「やれやれ、すっきりした。半信半疑だったが本当に効果があるらしい」


 その目には生気がみなぎっていて、背筋も伸びている。

 それまでとはまるで別人のようだ。

 驚く私をその場に残し、男は何事も無かったかのようにスタスタと立ち去っていった。

 私はじっとベンチを見つめた。

 ひょっとして本当に何か効能があるのか?

 かなり迷ったが羞恥心よりも興味のほうが上回った。

 私は屈み込むとベンチの椅子をかじり始めた。

 すると、背後から声を掛けられた。


「何をしてるんですか?」


 顔を上げてみると女性が一人立っていた。

 気味悪そうに私を見つめている。

 不味いな、と私は思ったが今更ごまかしようがない。

 先ほどの男の真似をしてそのまま乗り切ろう。

 私はニヤリと笑顔を作って言った。


「最近徹夜続きだったんでね。鉄分を取っていたんだ」

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