【ホラー】霧の山道
やはり来るべきではなかったか。
霧の中を彷徨い歩きながら川田は後悔し始めていた。
川田は登山が趣味だった。
毎週末どこかの山へ出かけているほどだったのだが、最近仕事が忙しくなったせいでまるで時間が取れず、時間が取れても今度は天候に恵まれない。そんな感じでなかなか機会に恵まれず、ずっと山を登れていなかった。
そして今日は久々の休日。天気は予報の通りどんよりした曇り空。
本来ならば諦めるべきだったのだが、ストレスの溜まっていた川田は慣れた山なら大丈夫だろうと近所の山へやって来たのだ。
そして現在、見事に遭難していた。
深い霧の中、川田は気付かぬ内に山道から外れ、見知らぬ場所を延々歩き続けていた。
いくら歩いても同じ景色に見える。
こんな経験は初めてで川田は途方に暮れていた。
そんな時だ。
「おじちゃん、迷子?」
不意に声を掛けられた。
見れば、子供が立っていた。
目が合うと子供はにこりと笑った。
「お父さんがね、困ってるみたいだから呼んで来なさいって。こっちだよ。ついて来て」
子供はそう言って駆け出した。
どうやら他の登山者が見つけてくれたらしい。助かった。
川田はほっとして子供の後を追おうとした。
しかし歩き出したところで、また背後から声を掛けられた。
「あんた、川田さんか? こんなところで何してるんだ?」
山のふもとに店を出している老人だった。この山を登るときはほぼ毎回立ち寄っていたのですっかり顔馴染みになっていたのだ。
老人は驚いていたようだったが、川田も驚いていた。
この老人が登山をしているところなど初めて見た。そもそも店はどうしたのか。
「何言ってるんだあんた。ここ、店のすぐ近くだぞ?」
老人の言う通りだった。
霧が晴れてくると、そこは見慣れた山の入り口付近だった。
老人によると、川田はずっとその周辺をぐるぐる回っていたらしい。
輪形彷徨とかいう現象だそうで、霧や吹雪など視界の悪い状況で行動すると起こることがあるのだそうだ。
これに嵌まったせいで心身ともに疲弊し、何でもない場所なのに遭難して死亡した事例もあるのだとか。
「山が好きなのは知ってるが、無理はしないでくれよ」
老人の店で休ませて貰ってから川田は家路に就いた。
今度からは無理な山行はしないようにしよう、と肝に銘じた。
ただ、一つだけわからないことがある。
あの子供は一体何だったのだろう。
自分をどこへ連れていくつもりだったんだ?
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