【ジャンル不明】タヌキの木
休日。日曜日。
天気もいいので近所の山を散策しに行ったところ、一匹の狸を見掛けた。
狸は何やら急いでいるようで、こちらに気付く様子もなく本道からそれた細い獣道を走っていく。
なんとなく興味が湧いたので付いて行ってみると、ひらけた場所に出た。
中央には巨大な何かの木が生えている。
この山には何度か来たことがあったがこんな場所があったのか。
そんなことを考えていると先程の狸が目に入った。
何かを探す様子で木の周りをうろうろしている。
私が物陰に身を隠して窺っていると、狸は落ちていた葉を一枚拾い上げ、頭に乗せた。
すると、ぼわんと煙が昇り――狸は眼鏡をかけたスーツの男に姿を変えた。
私が唖然としていると、狸、いや眼鏡の男はもと来た道をさっさと帰ってしまった。
不思議なこともあるものだ。
私はさっきの男が戻ってこないのを確認すると、落ちていた葉を冗談半分に頭にのせてみた。
ぼわん。
私は煙に包まれ、次の瞬間には狸になっていた。
驚いて別の葉を乗せると今度は人間の老婆になった。次のを乗せるとロードバイク。
どうやら頭の中に思い描いたものに変化してしまうらしい。
それならば、と私は自分の姿を思い浮かべながら葉っぱを乗せた。
ぼわん。
煙とともに体が元通りになった。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「いや、元に戻れてよかった。しかし戻り方さえわかっていれば中々楽しいかもしれないな。いい気分転換になるし、たまにはまたここに来て楽しむのもいいかもしれない」
そんなことを呟きながら私の休日は終わりを告げたのだった。
休みが明けるといつも通りの日常生活が始まった。
朝起きてご飯を食べて、会社で働き、帰ってきてご飯を食べて風呂に入って寝る。
ひたすらそれの繰り返し。
そんな中であの葉っぱによる変化のことを思い返すと、どうも現実味がない。
ひょっとして全部夢だったんじゃないか。そんなことを考えたりもした。
しかし、それが夢などではなかったことを私は思い知らされることになった。
長い平日がようやく終わり、週末がやって来た。
そして休日の朝に私が目を覚ますと、私の体は狸に姿を変えていた。
何が起きたのかわからず私はパニックになった。
思い当たるとすればあの広場の変化の葉だ。
私が大急ぎで木の元へ向かうと、あの眼鏡の男が立っていた。
眼鏡の男は私に気が付くと、何とも言えない笑みを浮かべた。
「おや、あなたもこの木の葉を使ってしまったようですね。この木は人を狸に変えてしまうのです。さらに葉を使えば元の姿に変化できますが、変化していられるのはせいぜい一週間程度。効果が切れる前にここへ来て変化し直さなければなりません。大変だとは思いますが頑張って下さいね」
苦労する仲間が増えて嬉しい。そう言いたげな顔だった。
男は愕然とする私を置き去りにしたまま立ち去ろうとした。
だが、思い出しように振り返り、こう言った。
「そうそう。私が先輩方から貰ったアドバイスを教えてあげましょう。家を買って庭にこの木の種を植えなさい。その種が立派に成長して安定して葉を付けてくれればいちいちここへ来る必要も無くなるそうです。もちろん育つには数年かかりますから、それまではこうして定期的にここへ葉を貰いに来る必要がありますがね」
恐らくそうして自分の種を育てさせるのがこの木の狙い――子孫を増やす戦略なのでしょう。
男はそう言うと今度こそ帰ってしまった。
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