【ラブコメ】恋する古本

 本棚の整理をしていると、買った覚えのない本がある事に気が付いた。

 ぱらぱらと中身を読んでみた感じ、恋愛小説のようだ。

 およそ私の趣味ではない。どうしてこんな本があるんだろう。

 私は首を傾げたがとりあえずその本を棚に戻した。


 その夜、私は夢を見た。

 私は暗闇の中にいて、目の前には美しい女性が立っていた。

 何故かはわからないが一目見て理解できた。この女性はあの恋愛小説が化けたものらしい。

 買った覚えがないとは思っていたが、呪いの本とかそういう類の本だったようだ。

 女性は目に涙を浮かべ、懇願するように言った。

「ようやく運命の人に巡り合うことができました。お願いです、連れて行かせては頂けませんか?」

 どうやら私は惚れられてしまったようだ。

 連れて行く、というのは恐らくあの世とかそういった所へ連れていくという意味だろう。

 私はしばし考えたが、こう答えた。

「ええ、構いませんよ」

 やり残したことが無いではないが、本に惚れられて命を奪われるというのはなかなか経験できることではない。

 読書家としてはある意味理想の最期な気もする。

 できることなら、好みのジャンルの本に好かれたかったと思わなくもないが……。

 私の返事を聞いて女性は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。この御恩は決して忘れません」

 周囲が暖かく輝き始め、次第に何も見えなくなっていく。

 これで私の人生も終わりか、と私は他人事のように考えた。



 ところが次の日の朝、私は普通に目を覚ました。

 はて。てっきり死ぬものと思ったのだが……。


 本棚を確認すると、あの恋愛小説は無くなっていた。

 そしてもう一冊。この間買ったばかりの掘り出し物の推理小説も消えていた。


 なるほど。

 あの恋愛小説が言っていた運命の人というのは、私のことではなくあの推理小説のことだったようだ。


 あの二冊はどちらもかなり古いものだった。

 長い年月の末にようやく巡り合えたのだろう。

 お幸せに、と言ってやりたいところだが……。


 せめて、読み終えてからいなくなって欲しかったなあ。

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