第38話 最後の戦い

 ファイヤーボールによる壁の破壊競争は熾烈を極めた。


 硝煙と焦げた臭いが競技場を埋め尽くす。


 観客の興奮は頂点に達していた。


「さぁ、両チームは8枚目の鋼の壁に差し掛かりました! おおっと先に破壊したのはラジソンチームです!! このまま突破かぁああ!?」


 両者のチームはそれぞれ1000人。

 ファイヤーボールを発射する者、待機して休む者、と繰り返す。


「9枚目の壁は魔石鋼の壁です。アリアスチームは8枚目の鋼の壁で苦戦している模様!!」


 ふむ。

 火力差が出ているな。


 僕の方は300人を発射に回し、他の者を休憩させている。


 ラジソンの方も似たようなやり方だが、サイクルが僕のチームより早い。


 おそらく、1発のファイヤーボールを撃つ魔力量が低いんだ。


「ま、負けてますよ所長!?」


 と、ララは不安げな顔を見せる。


「うん。多分、消費魔力量の差が出ているな。僕のチームは魔力量を100で固定している。向こうは100を切っているんだ。おそらく50程度」


「ご、50!? そんなに低い魔力量で不発を起こさないんですか!?」


「わからない……。でも、不発ギリギリの設計だと思う。詠唱姿勢が少しでも崩れたら……」


 そう。魔力量が低い場合、詠唱姿勢が重要なんだ。






 それは今朝のこと──。



 僕が第四兵団にファイヤーボールの指導をしている時だった。


 ビクターが手を上げた。


「アリアスさん。僕のファイヤーボールは火力が低いような気がします」


「ある程度は個人差が出るからな。比較テストは1000人で行うんだ。気にすることはないよ」


「でも、もしか負けてしまったら大変です。絶対に勝てる火力の高いファイヤーボールを教えてください」


「火力の高いか……。そうなると詠唱姿勢は大地に向けて、ではなく、両手を天にかざす形になるな。角度は……」


 ビクターがファイヤーボールを発射すると、それは倍の威力になっていた。


「凄い! これはもう上位魔法のメガファイヤーですね」


「いや。あくまでもファイヤーボールだ。炎の質がメガファイヤーとは違うからな」


「では、これを使えば絶対勝てますね!!」


「いや……。却下だな」


「なぜです?」


「詠唱姿勢の維持が繊細すぎる。少しでも角度が狂えば不発事故だ。指示したとおり、手の平は大地に向けて詠唱姿勢を保つんだ」


「不発事故は怖いですもんね」


「そうだ。繊細な詠唱姿勢は維持が難しい。疲労した時を想定して、設計は安全なものを選択するに限る」


 





 ────そう、繊細な詠唱姿勢は危険なんだ。


 僕の不安は的中した。


「ぎゃああああああッ!!」


 ラジソンチームの兵士が叫ぶ。

 1人の兵士が身体中から発火したのだ。


 いかん! 不発だ!


「おおっと! 事故です!! ラジソンチーム、不発を起こしています!!」


 疲れが出たんだ。

 

 何発もファイヤーボールを撃っているから詠唱姿勢が崩れた。


 早く魔法で消火しないと大変なことになるぞ。


 にもかかわらず、ラジソンの恐ろしい選択が競技場に響いた。


「気にするな! 他の兵士は休まずに撃て。全ての壁を破壊すれば消火してやる」


 ふざけるな! 


「1秒でも遅れたら命に関わるんだぞ」


 ラジソンたちは動こうともしなかった。

 

 あのシンでさえも、発火する兵士から目を逸らす。


「ぎゃああああああああああッ!!」

「うわぁああああ!!」

「ひぃいいいいッ!!」


 兵士たちは次々に発火した。


「構わん! ファイヤーボールを撃ち続けろ。100人程度が発火したところでチーム全体の火力はさほど変わらん。それどころか兵力を回復に回せば火力が落ちてしまう。ならば、目の前の任務を遂行しろ。お前たちは誇り高き魔法兵団だろうが!」


 めちゃくちゃな理論だ。


 しかも、誇りを盾にされたのでは、兵団のみんなは指示に従わずを得ないぞ。


 助けに行きたい……。


 しかし、僕が助けに行けばラジソンチームの援護になってしまう。


 怪我人を治せば、兵力が維持されるだろう。


 例え、微量であっても奴の援護は避けるべきだ。


 それが僕のチームを勝たせる思考。


 実益に適った行動……。


「ぎゃあああ!! 火がぁああ!!」

「うわぁああああ!!」

「ひぃいいいいいい!!」


 突然。頭の中に、カルナがよぎる。


 こんな時だというのに、ダンスパーティーの日のことを思い出した。


 カルナが握ってくれた手は温かい。


 とても、心が安らいだ。



『私の温もり……。伝わるでしょ?』



 そうだ、


 人は生きているんだ。


 人を助ける為に設計士はいる。


 例え、実益に反しても、


 設計で人が命を落とすなんてことは、あってはならないんだ!


 カルナの言葉が脳裏をよぎる。





『心と心よ』




 

 そうだ。理屈じゃない!


 よし、


「行こう」


 と走り出した僕の前には、あの瞬足魔法で活躍した、マッハルの姿があった。


「アリアスさん。行くんだろ?」


 そう言って手を差し出す。




「ああ。助けに行く」




 その手を握ると、同時。


 彼は叫んだ。



「ホライゾン!!」



 瞬足魔法を発動する。




ギュゥウウウウウウウウウウウウンッ!!


 


 僕は、彼に引っ張られて凄まじい速さで移動した。


 瞬く間に、相手サイドに到達する。


「コーールド!!」


 僕の氷魔法が発火した兵士の火を消す。


「んぐぅ……」


 ま、魔力が足りない。


 連発がキツすぎる。


 僕の魔力は合成魔法で使い切ったんだ。


「おおっと! 敵チームであるアリアスさんがラジソンチームの兵士を消火しています!!」


 マッハルも消火にあたってくれているが、発火人数が多すぎる。


 ダメだ。


 このままでは死人が出るぞ!


 人手が欲しい。


 ラジソンは僕の姿に歯噛むだけ。


 その横にはシンがいた。


 そうだ。彼しかいない!


「シン!! 手伝え!! 人手が足りん!!」


 ラジソンは目を細めた。


「聞くな。これは命令だ」


「し、しかし……。兵士たちの命が……」


「ふん。兵士は上官の命令で命を賭ける物だ。単なる道具。駒にすぎん。我々が手を汚すことはない」


「し、しかし……」


 シン……。


 ラジソンの言うことなんか聞くな。


 君は自分の思うとおりに行動すればいいんだ。


 目の前で人が死にそうになっているんだぞ。


 君はそんな人間か!?





「シン!! 君の助けが必要なんだ!!」





 彼は涙を流した。


「うう……ううう!」


 そして、飛び出した。



「うぉおおおおおおおおッ!!」 


 

 僕の目の前に立ったシンは、氷魔法を発動した。



「コーーーールドォオオオオッ!!」



 彼の魔法で発火した兵士は氷に包まれる。瞬く間に消火された。


「ごめんなさいアリアスさん。ごめんなさいぃいいいい……。うう……」


 ラジソンの呆れた声が聞こえる。


「フン。バカな奴め。私の命令に反くことは魔法の契約書違反に当たるのだ。神界の審判で雷が落ちるぞ」


「わ、わたしはもう……。耐えられないんだ! コーーーールドォオオオ!!」


 なるほど。

 魔法の契約書でシンの行動が制限されていたのか……。

 確かに、違反を起こせば落雷が来る。


 しかし、


「バカはお前だラジソン!」


「な、なんだと!?」


「シンに雷は落ちない」


「なぜそう言い切れる?」


「シンは魔研連に加入する契約書を書いたんであって、お前の奴隷になったわけではないからだ」


「バカめ! 魔研連とは私の組織だ。私の命令に反することは契約違反になるのだ!」


「まだわからないのか? よく考えろ」


「なに!?」


「シンの契約は、魔研連に不利益な命令違反に対して約束したものなんだよ」


「……は!?」


 ラジソンは青ざめた。


「気がついたようだな。シンが今やっている行動は魔研連のチームの援助だ。だから、彼に雷が落ちることはないんだよ」


「ぐぬぅううう……」


「バカはそっちだったようだな」


「フン……! その行動が裏目に出なければ良いがなぁ! ガーーハッハッハッ!」


 僕の予想どおり、シンには雷が落ちなかった。


 ラジソンは捲し立てる。


「最高の好機だ! 回復した者は全力でファイヤーボールを撃てぇええ!!」


 火が消えた兵士は、僕の目の前に立った。


「ありがとうございます。あなたは命の恩人だ……。し、しかし、私は魔法兵士だ。上官の命令には逆らえない」


「構わないさ。正々堂々、悔いのないように戦おう」


「うう……。アリアス所長……。ありがとうございます」


 兵士は泣きながら壁の破壊へと戻った。


 アンナが声を張り上げる。


「おおっとぉおお!! アリアスさんは敵陣の助けをしたぁあああああ!! しかし、これが勝敗を分けることになるかもしれません!! ラジソンチームは10枚目に到達! 最後の壁に突入したぁああああ!! アリアスチームはまだ8枚目です!! ラジソンチームの圧勝かぁああ!?」


 あとはシンに任せて僕は戻ろう……。


 と、踵を返したその時。


「なんでしょうか!? アリアスチームの兵士たちの詠唱姿勢が今までとは違います!! 全員が両手の平を天にかざしていますよ!? これはどういうことでしょうかぁああ!?」


 なんだとぉ!?


 あれは、今朝、ビクターに教えた火力の高いファイヤーボールだ!


 僕のチームは、あの最低魔力量の持ち主だったビクターが、先人を切って大きな声を張り上げていた。


「アリアスさんが負けたら大陸追放だ!! そんなことは絶対にさせなぃいいッ!! みんなぁああ! 気合い入れろよぉおお!!」


「「「 おおーーーー!! 」」」


「アリアスさんに勝たせるんだぁああああああああッ!!」


「「「 うぉおおおおおッ!! 」」」


 なんて無茶な!


 少しでも詠唱姿勢が崩れたら発火するんだぞ!!


 僕は、君たちに事故を起こさせないとアーシャーに誓ったんだ。


「やめろぉおおおおおおおッ!!」

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