第7話 落ちこぼれの兵士 【ざまぁ前編】

 僕は地面に指を付けて魔力湿度を体感で計った。


 本当は魔力計器が必要なんだがな。


 今から研究所に取りに戻るわけにもいかん。


 僕は見習い魔法兵士のビクターに指示を出した。


 彼のファイヤーボールが20メートル先の的に当たるようにする魔法の設計をするのである。


 この騒動を面白がってみんなが集まって来ていた。


 訓練兵士と見習いで、100人以上はいるだろうか。

 

「おいおい。落ちこぼれのビクターがファイヤーボールを撃つらしいぞ」

「ぎゃはは。身のほど知らずだなぁ」

「おいアレ見ろよ! カルナ騎士団長だぜ! あんな素敵な人に情けない姿を晒すなんて、地獄だよな」

「みんなで無様なビクターを笑ってやろうぜ」


 彼は野次馬の言葉に顔を伏せるだけだった。


「ビクター。まずは両手で詠唱姿勢に入るんだ」


「りょ、両手!?」


 これには兵士長ボーバンが黙っていなかった。


「ふざけるなアリアス!! 我がジルベスタル魔法兵団は300年続いた伝統があるのだぞ!! 詠唱姿勢は片手で行う!! こんなことは当たり前のことなんだ!!」


 やれやれ。

 古いしきたりか。


「ビクター。君も兵士長の言うことを聞くのかい?」


「は、はい。僕は入団して家族の仇を討ちたいです。ですから、す、すいません。両手で詠唱姿勢は取れません」


「がはは!! それこそ我が兵団見習いよ!!」


 風習は根深いな。


「ビクター。君の家族のことを聞いてもいいか?」


「か、家族はハードアントにやられました。僕はファイヤーボールで仇を討ちたいんです」


 ハードアント……。


 高防御の蟻型モンスターだな。

 

 アント系は群れで人を襲う厄介な敵なんだ。


 ハード系は物理打撃が通じにくいから魔法攻撃で倒す。


「じゃあ、尚更、ファイヤーボールを撃つ必要があるじゃないか」


「で、でも……。ジルベスタルにはアーシャーという英雄がいます。僕は彼のように強くなりたいんです!」


 なるほど。


 英雄は片手で詠唱姿勢を取っていたんだな。

 

 模倣の意味もあるのか。


 しかし、それは300年も前の話だ。


「魔法は進化しているんだ。僕の言うとおりにしてくれたら、絶対にファイヤーボールが的に当たる。僕を信じて欲しい」


「…………」


「がはは!! 騙されるなよビクター。そんな花火屋の戯言。落ちこぼれの貴様なんて、唯一褒めれる所といったら真面目さだけなのだからなぁ!」


 ビクターは顔を伏せた。


 これは彼が決めることだ。


 ただ、これだけは言っておこうか。



「敵討ちとはいえ。家族のためにがんばる人間を笑うなんて……僕は許せないがな」



 ビクターは両手を構えた。


「アリアスさん。次はどうするのですか?」


 ふむ。

 いいじゃないか。


「ビ、ビクター!! このバカモンがぁああ!! 伝統を踏み躙るのかぁ!? アーシャーは泣いているぞ!!」


 無視だ。


「魔力量は200固定でいこう」


「に、200!?」


 これには設計士のララが黙っていなかった。


「待ってください!! 魔力量を400固定で放っていたファイヤーボールですよ!? 200だなんて、不発を起こします! それどころか体外発射されずに体内爆発を起こしてしまいますよ!!」


 ボーバンは腹を抱えた。


「ガハハ!! 200だとぉお!? バカも休み休み言え!! 見習いの死亡事故を知らんようだな! 訓練時、事故死するほとんどが不発による体内爆発なのだ!!」 


「アリアスさん。ボーバンさんの言うとおりです! どうかやめてください!!」


「ちょ、ちょっとアリアス! なんだかわからないけど危ないことはやめなさいよね!!」


 やれやれ、と眼鏡を上げる。





「魔力量は200固定だ」





 場は騒然とした。


 覚悟を決めるのはビクターだ。


 さて、彼の覚悟は本物か?


「アリアスさん……。1つ教えていただきたい」


「なんだ?」


「ファイヤーボールを放つ時、英雄の名前を呼んでもいいのでしょうか?」


 そんなことか。


「英雄は国の創立に携さわった存在だ。敬うのは個人の自由だろう」


 ビクターは力強く笑った。


「わかりました! 魔力量は200でいきます!」


 うむ。

 覚悟ができたようだな。


「ビクター! 貴様、死ぬ気か!?」

「ビクターさん! 死んでしまいます!!」

「あなた! アリアスの言うことなんか聞いてたら家族の敵討ちができなくなるわよ!!」


 ビクターは両手を地面に掲げた。


「アリアスさん! 指示を!」


「詠唱時間はいつもどおりだ。手の平の角度だけに注意しろ」


「はい!」


 めざすは20メートル先の的。


「撃て!」


 彼は炎を放った。






「アーシャーのように! ファイヤーボーーーール!!」





 訓練場にいた、みんなの髪が揺れた。


 それはビクターを発生源とする風の仕業だった。


 大きな火球は凄まじい速度で的に命中。


 的を支える強固なポールごと木っ端微塵に破壊した。






ドカンッ!!





 みんなはその威力に言葉が出ない。


 何が起こったのかと目を瞬かせた。


「ギ、ギガファイヤー………だとぉ!? ファイヤーボールの上位魔法ではないか!? アリアス貴様、どういうつもりだ!?」


 やれやれ、混乱しすぎて意味不明だ。


「落ち着けよ。あれはファイヤーボールだ」


「そ、そんなバカな……。あ、あんな威力の高いファイヤーボールがあるか!?」


「そもそも、ファイヤーボールを撃てない人間が上位魔法を使える訳がないだろう?」


「うう……。た、確かに……。で、でもどうして!? いつもは魔力量400で撃っていた魔法だぞ? それを半分の200で撃って威力が何倍にもなった!」


 みんなは僕の説明を今か今かと待ち望む。


 ふむ。


 この空気感。

 

 悪くないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る