第17話 作戦開始

 勇者たちは少女の姉を救うべく準備に取り掛かる。


 先ずは手分けして村に残された資材から使えそうなものを手早くかき集める。さながら火事場泥棒であるが、これより向かう先は死地であり、僅かでも生き残る確率を高める為に手段は選んでいられない。

 水薬ポーションや数種の薬草など、役に立ちそうなものを片っ端から背嚢に詰め込んだ。


 次に"白骸"が村人の屍体を片っ端から骸骨スケルトンに変え使役する。少女が見たら卒倒しそうな光景であるが、今は少しでも戦力が欲しかった。──供養や懺悔など、生きて帰ってからすれば良いのだ。

 これで戦力は勇者4人と骨魔狼が1匹、そして骸骨が十数体。後は現地調達で賄うことにする。


 暫くして出撃の準備が整った。

 少女には日が暮れる頃には戻って来ることを伝え、再び戸棚の中に隠れるよう指示した。水と食糧を分け与えると共に、他の冒険者が来た際の情報伝達の為に"鬼謀"が文をしたため少女に持たせておいた。──これで同盟に万が一が起こっても次に繋がるはずだ。



「それにしても"鬼謀"の、お前も乗って来るとは正直驚いたぜ。以前のお前のなら、捕虜は見捨ててトンズラこくとばかり思ってたからな」


「正直なところ、今からでもそうしたいというのが本音ですよ。ですが……私とて勇者です。幼子の涙を前にして、私一人だけ見捨てるような真似は出来ませんよ。それに、仮に私が行かなくても、貴方たちだけで行くつもりだったでしょう? ……全く、無茶にも程がある。捨て置けませんよ」


「へへっ、よくわかってるじゃねぇか。頼りにしてるぜ、臆病者マンチキン


「ええ、お任せを。ですが、無理だと判断したら即座に撤退を進言しますよ。我々の本来の目的はあくまで異変の調査なのですから」



 "鬼謀"の野伏力を頼りに、一行は残された足跡を辿り森へと歩を進めた。


 程無くして敵の本拠地らしき場所へと辿り着いた一行は茂みや木の上に身を潜めると、注意深く周囲を観察する。


 元々は村であったと思わしき打ち捨てられた廃墟は、今やゴブリンたちの前哨基地と化していた。

 村の出入口に立つ見張りのゴブリンは呑気に船を漕いでいるが、その後ろで寝息を立てている魔狼がいつ起き出すかわかったものではない。──幸いこちらが風下なので、まだこちらの接近には気付かれていないようだ。


 村の周囲は木の柵で覆われているが、所々劣化しその役目を果たせていない場所もあるように見える。──侵入あるいは逃走経路として使えなくは無いだろう。逆を言えば、そこから敵の増援が来ることも想定しなくてはいけない。


 村の中央には人骨や獣骨で出来た不気味なトーテムが立ち並び、異様な様相を表していた。その周りには数匹のゴブリンと、見える範囲で2、3匹程魔獣の眠りこけている姿が確認できる。──他にも見えない位置に敵が潜んでいると見て間違いは無いだろう。


 そして、少女の姉を含む拐われた人が居るとするならば、いずれかの建物の中であろうことは容易に想像がつく。

 だが、先ずは目の前の驚異を退けるのが先決であった。



「さぁて"鬼謀"の、お前ならどう攻める?」

「ふむ……閃きました。単純に正面から挑むのは下策も下策。ならばここは、内側から崩すと致しましょう」


 そう言うと彼は草の束を背嚢から取り出すと、何やら細工を始めた。


「"鬼謀"さん、なんですかそれは?」

「先程の村から拝借して来ました、薬草です。……ただし薬とは、使用法を誤れば毒に変わります。これらの薬草を特定の草木と共に油を染み込ませ着火すれば、簡易的な幻覚剤の完成です。ああ、皆さんは間違っても吸わないように。地方では薬なんて呼ばれて栽培されてますが、ぶっちゃけ違法な薬イリーガルなヤクですので。……癖になっても知りませんよ?」


 "鬼謀"がニヤリと口角を上げる。全く、この男はろくでもないことばかり思い付くものだ。3人は"鬼謀"から毒消しの薬草を挟んだ手拭いを手渡されると、鼻と口を覆った。


「二手に別れましょう。私と令嬢勇者殿は風上に回り毒を散布します。"暴勇"と"白骸"は、混乱に乗じて骸骨部隊と共に正面から吶喊してください。我々は裏から突入し、逃げる連中を叩きます」

「了解だ。タイミングは任せるぜ」

「令嬢勇者さんも無茶はしないでくださいね」

「わかりましたわ。皆様、ご武運を」

「では諸君、作戦開始ミッションスタートです」



 "鬼謀"と令嬢の2人は魔狼から剥ぎ取った毛皮を被ると風上へと向かった。毛皮の臭いと色が良いカモフラージュになることを狙ってのことだ。

 無事目標地点に到達した"鬼謀"は、草の束に火を着けると村の中央に向けて投げ込んだ。臭いを嗅ぎ付けたのか魔獣たちが目を覚ます。だが、燃える薬草から立ち上る煙をモロに吸ってしまい、狂ったように暴れ回り、ついには同士討ちを始めたではないか。


 村の中心で混沌が巻き起こる。

 薬草の幻覚作用により恐慌状態に陥ったゴブリンは逃げ惑い、魔獣同士の殺し合いに巻き込まれ徐々にその数を減らし始めていた。



「行くぞオラアァァァァァッ!!!」


 騒ぎを合図に、村の正面からは"暴勇"を筆頭に骸骨部隊が吶喊を始める。

 入口を守護していた魔狼も起き出し"暴勇"に襲い掛かるが、すれ違い様に前足を切り落とされバランスを崩し地面に這いつくばる。続く骸骨の集団に囲まれ骨の槍で滅多刺しにされた魔狼は敢えなく絶命した。



 混沌に乗じて"鬼謀"と令嬢勇者も村に侵入する。狂乱し逃げ惑うゴブリンどもを次々と屠りながら"暴勇"らとの合流を目指し駆けた。

 滑り出しは順調そのもの。このまま一気呵成に殲滅できるかもしれない。



 ──だが、そんな淡い期待を打ち砕くが如く、大柄な影が2人の前に立ち塞がった。

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