第13話 言葉にしなければ

「"光輝"の……!?」


 その通り名は田舎娘の"白骸"でも知っている。

 新進気鋭の冒険者一党パーティーの顔であり、若くして竜殺しの偉業を成し得た、光り輝く聖剣の担い手。それが"光輝"の勇者だ。

 だが、それらの功績は彼だけで成し得た訳ではない。

 勇者とは対照的に黒衣を纏った青年が隣ににこやかに佇んでいる。

 そう、彼こそ"光輝"の勇者を竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーへと導いた者。かつて"暴勇"に追放された闇魔術師その人である。


「……"暴勇"様? そこに居るのは"暴勇"の勇者様ではありませんか!?」

「ゲッ……」


 闇魔術師は"暴勇"の姿を確認するとこちらに向かって来た。人垣が独りでに割れ道ができる。

 ──"暴勇"もこの時ばかりは自分の目立つ体格を呪った。


「ああ、やはり"暴勇"様だ……! 息災で何よりです!」

「チッ……お前は相変わらずだな……」

 "暴勇"はこの優等生めいた闇魔術師が未だに苦手であった。


「"暴勇"様の下を離れてから、僕は"光輝"の勇者様の下でお世話になっております。僕の真価を活かせる機会を与えてくださり、感謝の……」

「もういいわかった」

「え、あ……"暴勇"様!? ちょっ、お待ちを……!」

 闇魔術師の言葉を遮り、"暴勇"は踵を返してそそくさと行ってしまった。"白骸"たちも"暴勇"の後を追う。


「何もあんな態度取らなくても……」

「気に食わねぇ……気に食わねぇんだよ。わざわざ好き好んで気に食わねぇ奴と話す必要がどこにある?」

 "暴勇"はそれ以上何も言わなかった。


「……教会の説法に『人は誰しも悪になり得る』という教えがあります。解釈の仕方は色々ありますが、『善意の行動が、受け手次第では悪意に見える』ということもあります。……彼の闇魔術師の心の底からの感謝の言葉も、"暴勇"にとっては嫌味にしか聞こえないことだってあるんですよ」


 "鬼謀"の解説は概ね的を射ていた。

 あの優等生には恨まれこそすれ、感謝されるようなことはしなかったはずだ。なのに彼はこちらの身を案じるだけでなく感謝までしてきたのだ。それも"暴勇"を知る人々の前で、だ。

 恨み言の1つや2つ覚悟していた"暴勇"からすれば、何よりもプライドを傷付けられたのだ。


「……あの闇魔術師優等生……あいつは優秀で、何でも出来た。自慢の闇魔術で偵察から敵の殲滅、作戦立案から日常の雑務まで何でもだ。……お陰で、勇者で頭目リーダーの俺の出番が無くなるくらいに、だ。次第に、仲間の心はあいつに引かれて行きやがる。あいつにその気が無くてもな。……このままじゃ、一党をあいつに奪われるんじゃないか、俺はそう思うようになった。……端から見りゃ俺の独り善がりな被害妄想にしか見えないだろうがな」

 "暴勇"が己の腹の中を吐き出す。

 

「それに……あいつは何でも出来るが、人の心を汲み取ることが出来てなかったんだ。あいつ1人が全員分の仕事をこなしちゃ、全員がそのうちあいつに依存しちまうようになる。それじゃ駄目だ、一党が弱くなる。……結局、追放されるその時まで変わらず終いだったがな」


「……それ直接伝えなかったんですか?」


「あ゛……? "白骸"の……テメェ、今何て言った?」


 しまった口が滑った、と"白骸"は焦った。

 "暴勇"は"白骸"の顔を覗き込む。"暴勇"の不興を買ってしまったことを察し、殴り殺されることを覚悟した少女は意を決して思いの丈をぶつけてやった。


「それ、追放する前に直接あの人に伝えなかったんですか!? 人の気持ちを考えろって! 人の仕事を奪うなって! 一言言えば何か変わったんじゃないですか!?」

「そ、それは……」


 "暴勇"は言葉に詰まった。

 そして苦虫を噛み潰したような顔になり、図体と反比例したような小さな声で──


「…………言ってませんでした……」


 と、今まで一言も指摘してなかったことに気付かされたことを告げた。


「"暴勇"さん……"暴勇"さんが今まで気付いてなかったように、言ってあげなきゃわからないこともあるんですよ……? 『言わなくても察しろ』は無理ですって……」

「……それも、そうだな。すまねぇ……馬鹿だな、俺は」


 "暴勇"は頭を抱えた。自分は何て単純な解決法を見逃していたのか、と。顔から火が出そうだった。

 そして"白骸"たちも苦笑し、頭を抱えた。やっぱりこの人、不器用だ、と。


「……今からでも伝えに行きます?」

「……出来るかァ!」


 真っ赤になりながら提案を一蹴する"暴勇"。

 ……優等生との溝は前よりも深まったようである。


「『言わなければ伝わらない』……はは、良い教訓になったではありませんか。よく話し合うことも頭目の努めですよ」

「ぐうの音も出ねぇ……」


 頭目の努めと聞き、獣人勇者はハッとし、自分を省みた。

 果たして自分は仲間の話しを聞けていただろうか? もし、立場や先入観に囚われず、しっかりと仲間と話し合えていたなら……?

 獣人勇者が頭を悩ませている姿を"鬼謀"は微笑ましく眺めていた。


「悩んでますね? ええ、沢山悩みなさい。どうすればより良い方向に導けるか、考え続けることもまた頭目の努め。ですが、悩みに悩んで、それでもわからないなら素直に仲間に頼りなさい。『どうしたらいい?』と遠慮無く聞いてください。遠慮なんて要りませんよ、仲間なんですから。守られてるだけでは仲間ではありません。助け合うから、仲間なんです」


「仲間を頼る……助け合うから、仲間……」

「それもまた、頭目の特権ですよ」

 と、"鬼謀"は付け加える。


「さてさて、困りました。酒場は"光輝"のが居て半ば貸切状態。となると夕食は別の店にしなくては。どこか行きたいところはありますかな? 皆さんの意見をお聞かせください」

「俺ぁ酒が飲めりゃそれでいい……」

「あ、でしたら私行きたいところが!」


 己一人で全てを決めようとせず、仲間と話し合い意見を交わし合う……この短いやり取りの中で"鬼謀"が頭目の手本を見せてくれたのだと獣人勇者は悟った。

 "暴勇"の言う通り、この男もまた武力以外の独自の強さを持つ勇士であると理解した。


 獣人勇者の中で師と呼べる人物がまた一人増えた瞬間であった。

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