第10話 狂戦士と書いて勇者と読む

 同盟の拠点の維持費を稼ぐ為、そしてお互いの連携の確認を兼ねて、3人の勇者たちは午後から依頼クエストを受けることとなった。

 依頼内容は、街の郊外にある古城に住み着いたゴブリンの掃討である。


「しっかし『討伐』ではなく『掃討』と来たか……」


 "暴勇"が面倒臭そうに呟いた。

 『討伐』とは所謂間引きであり、指定された数倒すだけでよいが『掃討』とは即ち『1匹残らず狩り尽くせ』という意味だ。

 普通は『討伐』がいいところだが『掃討』依頼とまでなると、大方間引きをサボった結果手が付けらなくなるまで群れの規模が大きくなったか……あるいは近隣の村から人が拐われたか、討伐に向かった冒険者が敗北し緊急を擁することを意味していた。


 昨日の今日でゴブリンを相手することになった少女勇者は不安で手が震えていた。


「大丈夫だ、俺の後ろにゃ1匹も通さねぇよ」


 そんな彼女の心境を察してか"暴勇"が少女の頭をクシャクシャと撫でた。ゴツゴツした大きな手が頼もしい反面、撫でられると少々痛かったようで少女は苦笑いした。


 馬車で揺られること2時間程で件の古城に到着した。

 道中、"鬼謀"が最寄りの村に立ち寄り、古城周辺の簡易的な見取り図や抜け道など、役に立ちそうな情報を仕入れて来ていた。手荷物が増えていることから察するに、必要な情報は高い買い物をしてでも手に入れて来たようだ。


「諸君、念のため毒消しは持ちましたね? ヘルメットは? よろしい、では参りましょうか」


 少女勇者は渡されたヘルメット──というより、ただの鉄鍋のように見える何か──を被ると2人の後を追った。


 古城前の茂みに潜み、辺りを警戒する。視認できる範囲で見張りのゴブリンは入口前に2匹……城壁の離れた位置にもう1匹、計3匹。


「城壁の1匹は私が、"暴勇"は正面を」

「おうよっ!」


 言い終わるか否かで"暴勇"は既に駆け出しており、腰に下げた手斧ハンドアックスを1匹に投げつけていた。突然の襲撃に驚いたゴブリンたちは、抵抗する間もなく2匹とも頭をカチ割られて絶命した。

 騒ぎに気付いた城壁のゴブリンも、飛来した矢を受け即死する。


「ふむ、幸先は上々ですね」


 短弓を構えながら"鬼謀"は呟いた。


「こっちも終わったぞ。嬢ちゃん、出番だぜ」

「は、はい!」


 少女勇者はゴブリンの死骸に手をかざす。魔力のパスが繋がり、肉が骨から剥がれ落ち、屍が立ち上がる。骨ゴブリンの完成だ。


 一度作ってしまえば後は慣れたもので、2匹目も即座に組み上がる。

 頭蓋を砕かれてようが背骨を両断されてようが多少部位が欠損してようが魔力による擬似的な結合で補われるため、ある程度は屍体の状態を問わないのがこの魔法の良いところである。


 骨ゴブリンを得てからの探索はと言えば快適そのものであり、多少の損害は意に介さないアンデッドの特性を生かした罠の解除や、待ち伏せの有りそうな場面では囮として先行させその悉くを無害化したり、逆に陽動に使って背面を叩いたりと八面六臂の活躍であった。

 ここまで怒涛の快進撃なれど、少女勇者は現状に一抹の不安を抱いていた。


「(良いのかな、私ばっかり活躍しちゃって……"暴勇"さんの仕事まで奪っちゃってるんじゃ……?)」


 事前に"鬼謀"より聞いていた"暴勇"の経歴によれば、彼は一党の闇魔術師に自身の活躍の機会を奪われたことに腹を立てて追放を言い渡したという。

 自分がかつての闇魔術師の二の舞になってしまってないかと少女勇者は内心不安に思うも、その不安は杞憂であった。


 寧ろ"暴勇"は自ら積極的に前線に立ち、ゴブリンどもの頭を悉くカチ割っていた。

 骨ゴブリンたちは共に全線で戦う"暴勇"を自分たちの頭目リーダーだと思ってるのか、術者である少女勇者の指示が無くとも自然と統率が取れるようになっていた。


「す、凄い……でも、どうして"暴勇"さんは何故自ら前に? もう少しくらい体力を温存しても良いのでは……?」

「あぁん?」


 "暴勇"が少女勇者を睨む。

 しまった失言だったか。思わず少女は身を竦める。

 すると"暴勇"は──


「さぁてな、本当はそうした方がいいんだろうが、このチビ骨どもを見てると俺も何かしなきゃならねぇって気にさせられるんだ。何より身体を動かしてる方が性に合ってるからな!」


 と、ガハハと上機嫌に笑った。どうやら癇に触った訳ではなかったらしい。



 加えて少女がもう一つ気になったのは、効率厨であるはずの"鬼謀"が"暴勇"に対して何も言わないことである。端から見れば明らかに『労力の無駄だ』とか『前に出過ぎだ』と説教が始まりそうなものだが──


「いやいや、何も全く無駄なことなどありませんよ。確かに、端から見たら一見非効率的に見えるかもしれません。ですが、彼にとってはこれが一番良いのです」

「これが一番良い……?」


 "鬼謀"の言葉に少女は首を傾げた。


「彼の戦いを見てきて、何か感じませんでしたか?」

「……戦いを楽しんでいる?」

「その通り。彼は……そう、所謂狂戦士バーサーカーなんです」

「誰が狂戦士だ、俺は勇者だぞ」


 ゴブリンを次々と蹴散らしながら"暴勇"が答えた。


「ええ、勿論存じてますとも。ただ、客観的に見ると貴方の戦い方は狂戦士のそれです」


 確かに、傷付くことを恐れず嗤いながら敵陣に吶喊する……"暴勇"の戦い方は"鬼謀"が指摘する通り、勇者というよりも戦士──それも狂戦士の戦い方であった。


「三大欲求より戦うことが好きな狂戦士に『戦うな』と言う方が非効率的だと思いませんか?」

「……確かに」

「何事もオーダーメイド、個人の特性に合わせたプランニングが重要なのですよ」


 なるほど、"鬼謀"の言葉は道理である。実際"暴勇"もあの通り調子が良さそうに見える。


「つまり"暴勇"さんが言ってた『何かしなくちゃいけない気分』……というのは優先した方が良い訳ですね?」

「概ねその通りです。勿論、時には優先順位というものがありますが、『直感』や『衝動』は大事にした方が良いでしょう。……いやはや、それにしても凄い戦い方だ。およそ勇者のそれじゃありませんな」


「ハッ、誰がなんと言おうと俺は勇者だがな」


 ゴブリンの首を素手でねじ切りながら、我らの"暴勇"の勇者殿はどんどん奥へと進んで行った。





【Tips.】 ゴブリンの生態 #1

 小鬼。地方ではオークなどとも呼ばれる。

 闇より湧き出る魔物の中でも最弱に分類される怪物。"混沌の勢力"における雑兵のような存在。

 緑色の肌を持つ醜い小人型の種族であり、成体に育っても知能や力は人間の子供と同程度。しばしばナイフや石斧、粗末な弓矢などの武具を扱うこともある。

 されど見た目で侮ってはいけない。性格は狡猾にして残忍であり、その知性は専ら略奪の為に用いられる。

 森や洞窟、廃墟などの暗がりを好み、影に紛れて人を襲い、奪い、そして食らうのだ。

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