悪役令嬢は知らないところで災害をまき散らした!
すらなりとな
聖女災害警報!
ナイアがその黒い古びた日記を手にしたのは、学生の頃だった。
教授に連れてこらてた書庫。普段は立入禁止となっているそこで、レポートに使う文献を探している途中。価値のないものと断じられた文献が入ってるという、粗末な箱が、やけに目についた。
つまらない課題への反発もあったのかもしれない。
ナイアは箱の中の文献を読み漁り、
――そして、見つけた。
一見、なんの変哲もない日記帳。
文献、と言うには新しく、五十年ほど前の日付から始まっている。
ちょうど戦争のあった時代である。
後に聖女戦争と呼ばれたそれは、どこからともなく現れた化け物を、聖剣を受け継いだ聖女が殲滅するという、お伽噺のような結末を迎えた。
もちろん、現実は、違う。
化け物、というのは、聖剣を研究していた中で生まれた「副産物」に他ならない。
伝説にある聖剣は、特定の血筋を持つものに、身体能力の向上を始めとした「力」を与える。ならば、この「力」を、選ばれた個人だけではなく、兵士全体が持つことができれば。
そんな思いから進められた研究が作り出したのは、人間を理性のない怪物に変える、おぞましい毒だったのである。
この古びた日記帳は、「毒」の開発に携わった研究員の一名が書いたものらしい。
もっとも、日記自体は、価値のないと断じられるだけあり、大したものではない。
上司の愚痴だとか、研究所の待遇への不満だとかが並んでいる。
が、ナイアは日記帳の分厚い表紙の中に、メモが隠されているのに気付いた。
広げてみると、かつて生み出された毒の調合法。
ナイアは興奮しながらその毒の調合の再現を行った。
もちろん、怪物を作り出そうなどと思ってもいない。
第一、戦争など五十年も前。文献にも、特効薬の開発方法が示唆されている。示唆されているだけで、誰も再現に成功していないのだが、仮に毒を売り出したとしても、すぐに対策として特効薬が生成され、意味がなくなるだろう。
ただ、当時の最先端技術の結晶を、一介の学生である自分が再現する現実に、異様な興奮を覚えた。
調合の難しい、複雑な毒の生成。
その功績が認められた時に受ける賛美を夢想しながら、ナイアは開発をつづけ、
結果、拒絶された。
五十年前の毒への恐怖は、誰も忘れていなかったのである。
が、ナイアは、より毒にのめりこむようになった。
自分の作品は、最高なのダ!
そうダ! 改良しよウ!
そしテ、この私を拒絶した世界ニ、認めさせるのダ!
野望に燃えるナイアは、実験を次々と行い、毒を強化していった。
が、文献にある特効薬への対応が、どうしてもできない。
実物があれば話が違うのだが、残念ながら特効薬は文献のみの存在。だが、再現のための時間を取る暇はない。毒の強化は、続けなければならないのだ。
なら、誰かに手伝ってもらえばいい。
そう考えたナイアは、同じ研究室の学生の中でも、最も優秀と思われる男をだまし、特効薬を再現させた。
そして、その完成した特効薬を奪った。
これで私の作品は完成すル!
意気揚々と帰ってきた研究室。
が、盗んだ特効薬を解析にかけて、すぐに気づく。
これは、特効薬ではない!
ただの、狩猟用の麻酔薬だ!
おそらく、意図的に違うものを盗ませたのだろう。
ナイアは、ただ危険な薬品を持つだけの、犯罪者になってしまった。
ナイアは逃げた。
王都を離れ、スラムへと転がり込む。
そんな中でも、ナイアはまだ作品の完成を夢見続け、
「このスラムに、聖女様がいらっしゃるそうだよ?」
そんな噂を聞いた。
そうだ、何も特効薬にこだわる必要はない。
オリジナルの聖剣を調べれば、もっと優秀な作品に仕上げることができるハズだ。
ナイアはうすら笑いを浮かべながら、お守りのように持ち歩いている古びた日記帳を抱いて、聖女が訪ねるという修道院へと歩き始めた。
# # # #
聖女アーティアは、ようやくたどり着いた修道院を見上げていた。
アーティアは、生まれ持っての聖女ではない。
下級貴族として生まれ、貴族の学園に通い、意地悪な貴族に押し付けられた旧聖堂の手入れをしている途中、小汚い剣を引き抜いたと思ったら、何が何やらよく分からぬうちに、聖女に祭り上げられていた。
そして、聖女となった途端、周囲がガラリと変わった。
今までアーティアを虐めていた位の高い貴族達はアーティアを恐れ、
仲の良かった者はアーティアを利用しようとし、
縁のなかった者もおこぼれに預かろうと寄ってくる。
変わらなかったのは、親友のアリスと、好意を寄せる男子生徒
「ああ、ここにイザラお姉さまがいらっしゃるのね!」
ではなく、お姉様と慕うイザラである。
イザラは、アーティアとは、真逆の運命をたどっていた。
公爵令嬢として生まれ、貴族の学園に通い、下級貴族のアーティアを含めたあらゆる貴族に分け隔てなく接していたが、婚約者である王子の不興を買い、修道女へと貶められた。
このような理不尽があっていいはずはない!
正義感とストーカーじみた愛情から、追うと決心したアーティアは、イザラの飛ばされた修道院を探し回り、ついに発見。王都の大教会を飛び出し、この修道院へやってきたのである。
「さあ、さっそくイザラお姉様に――」
「お待ちください」
が、そんなアーティアに、制止の声がかかった。
振り向いた先にいたのは、一人のメイド。
王都の大教会で、この場所にイザラがいるという密告の手紙を取り次いだメイドである。あまり話したことはないが、手紙の取次だけでなく、アーティアの身の回りの世話を引き受けてくれているため、顔見知り程度の関係はある。
「ええっと、あなたは、確か、大教会のメイドさん?」
「はい。ブルネットと申します。
私、もとはと言えば、イザラお嬢様にお仕えしておりまして。
聖女様にお仕えしたのも、何とかして、イザラお嬢様の行先の情報が得られないかと考えてのことでした」
その言葉と、強い視線。
アーティアは、すぐに悟った。
ああ、この人も、イザラお姉様が好きなのだ、と。
「ですので、アーティア様がイザラお嬢様にふさわしいか、確かめさせていただきたいと思います」
そして、すぐに悟った。
この人、敵だ、と。
「はあ? なんでブルネットさんに確かめられないといけないのさ?」
「私は、イザラお嬢様のメイドですので」
「元でしょ? 今は関係ないじゃん」
「たまたま、今は離れているだけなので」
「離れてる時点で、イザラお姉さまにはふさわしくないんじゃないの?」
「……言いますね? 確かめてみますか?」
「……聖女に喧嘩売るなんて、いい度胸だね?」
聖剣を引き抜く、アーティア。
どこからか取り出した薙刀を構える、ブルネット。
二人のストーカーが、ぶつかった!
# # # #
「どうしてこうなった」
そんなぶつかり合いを前に、この地方の領主であるジャックは、情けない声を上げていた。
聖女にイザラがこの修道院にいると密告したのは、このジャックである。
密告と言っても、別に悪意があったわけではない。
領土が抱えるスラムを何とかしたい一心で、聖女に恩を売ろうと、イザラの所在を告げたのである。
「ま、自業自得さね」
そんなジャックに容赦のない声をかけたのは、齢八十八になる老シスター。
「自業自得って、バアさん、そりゃねぇぜ。
聖女様がお友達の失踪で心を痛めてるって聞いたら、助けてやりたくなるだろ?
で、ついでに褒章金なんかも貰えたらなーっておもうだろ?
褒章金がありゃ、このスラムだって復興できるかもしれねぇ」
「復興ねぇ。私にゃ、きれいさっぱり壊そうとしてるようにしか見えないけどねぇ」
聖女が政権をふるう! ブルネットが避ける! 民家に亀裂が走る!
ブルネットが薙刀をふるう! アーティアが受け止める! 地面が砕け散る!
「聖女様が大暴れするなんて、普通は考えねぇだろ!」
「聖女は戦争の象徴だからね。つまりは災害だ。利用するもんじゃないよ」
「じゃあ、あのメイドは何なんだよ」
「だから、災害の一部だろう。聖女が現れた以上、ああいうのは出てくるさ」
戦時の思い出にでも浸っているのか、どこか懐かしそうに言う老シスターに嘆息し、あきらめた目で外の災害を見つめる。
トンでもねぇな。スラムの荒くれ者がかわいく見えるぜ。
あ、なんか本持った一般人がふっ飛ばされた。
つーか、こっち飛んできた!?
慌てて老シスターを抱えて退避するジャック。
そこへ、聖女とメイドがなだれ込んできた!
「ちょっと、だいじょうぶですか!」
さすがにまずいと思ったのか、一般人を気遣う聖女。
「一般人を傷つけるなんて、やはり貴女はイザラお嬢様にふさわしくありませんね」
「はあ? 吹っ飛ばしたの、そっちじゃん!」
が、あっという間に臨戦態勢になる。
「止めなさい!」
が、そんな二人を、第三者が止めた。
アーティアの親友である、アリスである。
「あーもう、こんなにしちゃって。帰るわよ、アーティア」
「え、ヤダよ、イザラお姉様に会ってから」
「残念ながら、イザラ様はここにはいません! そうですよね?」
ジャックの方へ顔を向けるアリス。
慌ててうなずくジャック。
そんなジャックに、メイドから殺気が飛んできた
「貴方、手紙を送ってきた領主様ですよね? 嘘をついたのですか?」
震えあがるジャック。
が、それをアリスが制した。
「違うから。
さっきアンタたちが吹っ飛ばしたヤツ、そいつがイザラ様の命を狙ってたから、危なくなってイザラ様は避難したの」
同時に、騎士団がなだれ込んでくる。
そして、あっという間に哀れな男を拘束すると、素早く去っていった。
この間、ものの数秒である。
「あ、ちょっと待って、そいつ処刑するの、私の仕事だよ!」
「いいえ、私が!」
そして、聖女とメイドもすさまじいスピードで去っていく。
残されたのは、ジャックと老シスター、そして、すっかり寒い風が通るようになった修道院のみ。
「修道院の修理費、きっちり払ってもらうよ」
男が残した日記帳を暖炉に放り込みながら言う老シスターに、ジャックは一言。
「ああ、もう聖女はこりごりだ」
悪役令嬢は知らないところで災害をまき散らした! すらなりとな @roulusu
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